ステークホルダー資本主義を知る日本の強み
安倍晋三首相と世界経済フォーラム会長・クラウス・シュワブによる議論(2019年年次総会にて) Image: REUTERS/Arnd Wiegmann
ステークホルダー資本主義(stakeholder capitalism)は、日本では昔からよく知られた概念です。日本企業は17世紀から19世紀にわたる江戸、明治時代より、複数のステークホルダーと関わることの大切さを理解し、社会のために活動してきました。
この考え方は、蚊帳、畳表、売薬、織物、肥料、その他多くの地元商品を日本全国で行商した近江商人から始まりました。近江商人は各地で購入した特産品を、地元近江国(現在の滋賀県)へ持ち帰って売るようになり、後には行商先で商売を展開するようになりました。近江商人の事業拡大の基本は、売り手、買い手、社会の三方を満足させる「三方よし」という経営理念です。
さまざまな地域や文化を渡り歩く商人の商売繁盛の秘訣は、買い手との信頼関係を築くことでした。地域の買い手から歓迎されて初めて、売り手はその地域にまた訪れることができたのです。またそのような地域社会が商売に投資をすることでその地域は発展し、利益増につながりました。
この「三方よし」の考え方は、売り手の利益だけでなく、買い手の満足や社会への貢献をも重視していました。商人にとって、商売繁盛を維持するために、その市場の長期にわたる持続可能性を重視することは不可欠でした。
20世紀になると日本企業は、数十年もの長きにわたり「三方よし」という経営理念を保持し続けながら、第二次世界大戦後の経済の遅れを取り戻して早急に立て直しを図ろうと、より近代的な「シェアホルダー資本主義」という考え方を取り入れました。日本企業が挑む世界市場での競争が激化するにつれ、「シェアホルダー資本主義」が重要視されるようになりました。
そして今日。グローバリゼーション、気候危機、人口動態の変動といった衝撃に直面し、振り子は戻ろうとしています。長期にわたって持続可能な価値創造を目指すという、歓迎すべき時代の訪れです。「三方よし」という考え方を基盤とする日本は、その経営理念をさらに広く知らしめることができるのです。
ただし、過去を踏襲するだけでは不十分です。それは、私たちが生きている21世紀は、テクノロジーの進化により社会の課題が世界規模で提起され、これまでに経験したことのない速度ですべてがつながる第四次産業革命(4IR)の時代だからです。
変化が加速しているという事は、企業自体が時代に合わせた変化をしなければならない事を意味しているのです。事業の質が変化し、過去の経営常識は脆弱になりました。もはや大切なことは繁栄ではなく、生き残り、それも健全に生き残ることとなりました。たとえば、10年前には企業の最優先事項ではなかったかもしれない気候危機は、現在では最優先される課題です。企業のステークホルダーがグローバルな市民であると認識すれば、問題解決への手法を変えなければなりません。
急速に進む今日の世界において、経済成長を促す為に重要なのは革新力です。世界経済フォーラムの世界競争力レポート2019では、日本は141か国中6位に位置していますが、日本には果たすべき明確な課題がまだ多く残っています。日本は、労働力の多様性を高め、技能格差を解消し、女性の参画を増やすよう尽力しなければなりません。そのためには、革新を促進し、ビジネスのダイナミズムを推進しつつも、高いリスク回避志向や柔軟性のない企業風土という課題の解決に真摯に取り組まなければなりません。
「ステークホルダー資本主義」の重要性をさらに高めるため、「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」をテーマに掲げる世界経済フォーラム年次総会2020では、エコロジー、経済、社会、テクノロジー、産業、地政学という6つの重要な側面に焦点を合わせます。官民部門のリーダー達が、この6分野の主要課題へ長期的に対処していくための方法と、包摂的でありながら同時に第四次産業革命のニーズを満たすためのこれからの発展のあり方について議論します。
「三方よし」というDNAを活用できる日本には、第四次産業革命時代の「ステークホルダー資本主義」においてリーダーとなり得る強みがあるのです。
世界経済フォーラム日本代表 江田麻季子
*この記事は、2020年1月21日~24日にスイスのダボス- クロスタースにて開催される世界経済フォーラム年次総会の一部です。
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