この記事は、世界経済フォーラムの地政学プラットフォーム
今日、米国、イスラエル、ロシア、中国、北朝鮮、シリア、イランをはじめとする多くの国が、攻撃的なサイバー能力を保有している。
その能力の幅と高度さには大きな差があると、『サイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器をめぐる論点:インドの大戦略と外交目標』と題するオブザーバー・リサーチ・ファウンデーション(ORF)の報告書は論じている。同じサイバー兵器が二つと存在する可能性は低い。兵器は特定のプロジェクトや目的に合わせて構想され、配備されるからだ。
しかし、こうした兵器を保有したり、兵器庫を維持したりしているからといって、必ずしもサイバー・ドクトリンが存在するとは限らない。例えば米国には、サイバー攻撃作戦を導く公式指令が数多くある一方、この分野で限られた能力しか持たない中国やシリアに、同様の戦略があるかどうかは明らかでない。
とりわけ、アジアの国で、サイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器を管理するためのサイバー能力やドクトリンを公表した国はない。
こうした不透明な状況を踏まえ、インドの軍事・政策立案者は、アジアの地政学的緊張がサイバー空間に波及するのか、それともデジタルネットワークの相互接続性によって、サイバー紛争の経済的代償が大きくなりすぎるのかを評価すべきである。
報告書は三つの想定シナリオを用いて、今日のアジアでサイバー不安定化のリスクが高まっていることを示している。
シナリオ1
常設仲裁裁判所は、南シナ海に対する領有権主張をめぐるフィリピンとの紛争で、中国が敗訴したと宣言した(相手国は同海域を「西フィリピン海」と呼ぶ)。
発表直後、フィリピンのメディア各社は持続的なサイバー攻撃を受ける。非国家主体によるこの巧妙な攻撃の結果、テレビ局は1週間にわたる放送停止を余儀なくされ、仲裁のニュースを伝えられなくなる。
シナリオ2
米国からパキスタンへの数百万ドル規模の防衛装備品売却を阻止したインドの取り組みが成功したと受け止められた後、ラーワルピンディーを拠点とするハッカーがボンベイ証券取引所を標的にする。
取引情報を操作するサイバー攻撃を受け、BSEの管理者は取引所を24時間閉鎖する。ただし、その前に数十億ドル相当の資産が清算される。
シナリオ3
北朝鮮は、マラッカ海峡を通過して韓国へ向かう石油タンカーのレーダーと追跡システムを標的とするサイバー兵器を配備する。
その結果生じる混乱で海峡の海上交通が滞り、世界有数の石油輸入国である韓国は、限られた戦略備蓄を取り崩さざるを得なくなる。
三つのシナリオはいずれも、機微な情報インフラへのサイバー攻撃を描いているが、必ずしも実力攻撃による報復を正当化する基準にはならない。
例えば二つ目のシナリオでは、ボンベイ証券取引所への攻撃に対抗して、インドがパキスタンに空爆を行う可能性は十分にある。しかしニューデリーは、攻撃をパキスタン政府に帰属させること、そして自衛を必要とする国連憲章第51条上の「武力攻撃」として行動を正当化することに苦慮するだろう。
複数の国は、サイバー攻撃が実力による報復を招き得ると、法律顧問を通じて国連に表明している。しかし、「必要かつ均衡の取れた」対応を引き起こす正確な基準については、依然として不明確さが残る。
二つの帰結
明確な国際規範や交戦規則がないなか、各国は低強度・高強度双方の紛争でサイバー能力を利用する可能性が高い。この状況はアジアで二つの帰結をもたらし得る。
アジアの小国は、通常戦における不利を補うため、サイバー兵器の開発を進めるだろう。一方、インドを含む地域の多くの大国は、サイバー能力を強化できなければ、軍事的な選択肢を封じられる可能性がある。
そのため、サイバー紛争が実力行使の領域に波及する可能性が高まり、地域全体の安定性が問われることになる。
各国の間で最適な規制方法について意見が分かれているため、サイバー・フィジカル兵器をめぐる規範的枠組みはさらに不透明だ。
国際人道法が適用されるかどうかに加え、こうしたシステムに対する「意味のある人間の制御」の問題や、特定の自律型プラットフォームを「自律型致死兵器システム」(LAWS)に指定することも、現在議論の対象となっている。
この過渡期には、通常型プラットフォームを補完するため、LAWSの能力が急速に拡大するとみられる。
サイバー兵器競争
死傷者が出るリスクが低いため、各国政府は戦闘での兵器使用を増やす傾向にあるかもしれない。その結果、サイバー・フィジカル兵器の競争が、アジアの地域安定を著しく損なうおそれがある。
インドのサイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器をめぐる大戦略は、三つの目標を追求しなければならない。
1) こうした兵器の国内開発を促進し、必要に応じて購入する。
2) その使用を導く国家安全保障ドクトリンを明確にする。
3) アジアにおけるサイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器の配備を制限する不拡散体制の構築に貢献する。
この三つの目標は、個別に追求されるものではない。
インドがサイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器を開発・購入できるかどうかは、軍民両用技術を規制するためにすでに設けられている輸出管理体制に左右される。
インドの交渉担当者は、ワッセナー・アレンジメントによる広範な制限がサイバー・プラットフォームの共同開発や購入を妨げないよう、外国の交渉相手と協議すべきである。これには米国、ロシア、欧州連合との二国間外交が最も有効だ。
またニューデリーには、新興技術だけでなく、それを開発し得るインド国内の個人や組織も対象とする制裁の枠組みを避ける十分な理由がある。
許可制は、現在サイバー能力を購入・共同開発できるインドの関係者や機関を大きく制約することになる。
能力の向上
したがってインド外交は、サイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器の開発が進んだ段階に達するまで、不拡散や輸出管理に関する政策上の約束を控えるべきである。
抑止を目的とする場合にも、紛争時のインドの交戦規則を明確にする場合にも、サイバー・ドクトリンを明示する意義がある。
サイバー兵器のドクトリン策定は、兵器がプロジェクトごとに異なるため複雑だが、次の重要な論点を示すことができる。
1) インドはどのような状況でサイバー兵器を配備するのか。
2) インドはサイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器について、先制使用または先制不使用の方針を採るのか。
3) インドは、重要情報インフラへのサイバー攻撃に対し、実力行使で応じるのか。
4) 全面紛争が起きた場合、インドは敵対国の重要情報インフラを標的にするのか。
最後に、インドはサイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器をめぐる新たな法的・政治的枠組みの構築に取り組まなければならない。
そのような秩序が生まれるなら、インドは単なる対象国としてではなく、運営を担う立場で参加し、既存の核不拡散体制との結びつきを切り分けるべきである。
体制構築という目標は、能力が十分に高まった段階で追求し、紛争での実際の配備を制限することを目指すべきである。
ニューデリーは、アジアで戦略的脅威となる主体がサイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器にアクセスできないようにすることに貢献すべきである。インド外交は、地域での低強度のサイバー小競り合いがもたらす大きな代償を効果的に伝えるとともに、必要な場合にはそうした兵器の配備をためらわない姿勢を示さなければならない。
『サイバー兵器およびサイバー・フィジカル兵器をめぐる論点:インドの大戦略と外交目標』、アルン・モハン・スクマール

