この記事は、世界経済フォーラムの地政学プラットフォーム
多種多様な技術が急速に発展し、融合することで、研究の進め方と、研究を実施できる人々が根本的に変わりつつある。
遺伝子編集、DNA合成、人工知能、自動化、クラウドコンピューティングなどが、研究所のインテリジェンスと接続性の向上に寄与していると、ウィルソン・センターの報告書は指摘する。報告書のタイトルは『第4次産業革命における未来のインテリジェントで相互接続されたバイオラボ:可能性と危険性』。
現在では、マウスを数回クリックするだけで、より多くの研究作業を自動かつ遠隔で実施できる。合成生物学ツールを利用する際の参入障壁が下がるにつれ、こうしたツールも間違いなく自動化の対象となり、遺伝子工学の力を最適化するため、人工知能と組み合わされる可能性さえある。
これは、これまで必要なツールを利用できなかった関係者による新たなワクチンや治療法の開発を促す一方、生物剤や毒素を設計・編集する悪意ある利用のリスクも生み出す。
悪意ある行為者が病原体や生物兵器を作るツールにアクセスする経路を制限するため、ガバナンスの取り組みが行われてきた。しかし、絶えず加速するイノベーションによって、悪用されかねない抜け穴が生じている。幸い、人工知能やシーケンシングなどの技術への投資は、生物剤の悪用という脅威の高まりに対する最善の防御策として機能する可能性もある。
脆弱性を検証する
高まる利用可能性
生物兵器禁止条約(BWC)や、生物攻撃を想定した初期の他のガバナンスが策定された当時とは異なり、最大の脅威はもはやBSL-4研究所(最高水準のバイオセーフティ研究所)から生物剤が流出することではないかもしれない。むしろ、危険をもたらす可能性のある手段が、ますます容易に利用でき、世界中に広がっている。
天然痘ウイルスの残存株は、厳重に警備された2カ所のBSL-4研究所(米国とロシアに各1カ所)にのみ保管されていると考えられている一方、完全な遺伝子配列はインターネットに接続できる人なら誰でも入手できる。現在、ウイルスを「蘇らせる」には専門知識が必要かもしれないが、いつまでもそうとは限らない。ウマ痘ウイルスの再構成は、実験能力を備えた行為者が実施すれば、現在でもこれが可能であることを示している。技術の進歩により、能力を持つ行為者の数は世界的に驚くべき速さで増加している。

脅威への注目
新たなバイオテクノロジーが兵器化される可能性は、米国の情報機関も見逃していない。同機関の2016年世界脅威評価は、次のように指摘した。
「西側諸国とは異なる規制基準や倫理基準を持つ国々で行われるゲノム編集研究は、有害となり得る生物剤や生物由来製品が作られるリスクを高める可能性が高い。このデュアルユース技術は広く普及し、低コストで、開発のペースも加速しているため、意図的または意図しない悪用は、経済や国家安全保障に広範な影響を及ぼしかねない。」
さらに、科学技術に関する大統領諮問委員会(PCAST)は2016年の報告書で、遺伝子編集ツールCRISPRなどの技術開発が意図的に悪用される可能性を指摘した。PCASTは、「病原体は、その伝播に影響を与えるため、あるいは現在の備えや対応能力に対する耐性を持たせるために、意図的に改変される可能性がある」と述べている。
しかし、これらの報告書はゲノム編集と合成生物学がもたらす脅威を認めているものの、生物学と他の新興技術との融合によってリスクが高まり、脅威が現実化するまでの時間が短くなることには言及していない。これまでのバイオテロ事件の多くは、炭疽菌や、馬に感染する伝染病である鼻疽菌など、研究所や病院から持ち出された既知の病原体の兵器化に依存していた。
こうした生物剤の多くは攻撃への対応を想定して研究されてきたため、対応策が準備されている。たとえば米国は、炭疽菌ワクチンを大量に保管する国家戦略備蓄を維持している。
しかし、合成生物学と人工知能が融合すれば、このように迅速な対応を取れない可能性がある。近い将来、現在のワクチンや治療法を回避できる病原体が設計され、大量破壊兵器(WMD)に匹敵する潜在的な被害をもたらす事態が意図的に引き起こされるかもしれない。
抜け穴の悪用
よりインテリジェントで相互接続された研究所を生み出す新興技術や融合技術には大きな可能性がある一方、確かに大きなリスクも伴う。
普及が進む合成生物学、AI、自動化を組み合わせることで、これまで大学や政府の研究所に限られていたツールが、徐々に幅広い層から利用できるようになっている。実際、合成生物学ツールを悪用して生物剤や毒素を再現し、その大部分を手作業なしで実現するための技術は、すでにほぼ整っている。
シナリオ
オンラインで中古のDNA合成装置を1万ドル未満で購入すれば、業者に組み立て済みのオリゴや遺伝子を注文することなく、生物剤を設計する力を行為者が手にする可能性がある。この装置は、はるかに大きな遺伝子やゲノムの組み立てにも使えるが、十分に危険な生物剤をより早く設計する方法は、短いガイドRNA配列を合成することだろう。容易に入手できるCas9酵素と組み合わせれば、CRISPRシステムを使ってウイルスや細菌を編集し、病原性を高めることができる。
わずか数カ所を編集するだけで、病原体の毒性や感染力を高められる可能性がある。たとえば鳥インフルエンザウイルスH7N9は、ヒトの集団内で容易に広がる性質を獲得するのに、わずか3つの変異しか必要としないようだ。
すでに死亡率が40%を超えるウイルスであることを考えると、H7N9を改変した型が医療制度や経済に大きな混乱をもたらすことは容易に想像できる。また近い将来、AIの進歩によって、誰もが入手したウイルスや細菌のゲノムを解析し、複数の危険な特性を高める可能性のある編集箇所を特定できるようになるかもしれない。
費用はきわめて低く、危害を企てる小規模な集団や単独犯でも十分に負担できる可能性がある。高度化するバイオインフォマティクスツールに加え、自動化されクラウドに接続された研究所の機能を利用すれば、広範囲に人々を行動不能にし、さらには死に至らせる生物剤を作るために、生物学実験の暗黙知をあまり必要としない可能性がある。また、実行前に生物剤を広範に取り扱う必要もない。
現時点では、遺伝子配列を利用して再構成された生物や毒素を入手する方が、病原性を高めるために編集するよりはるかに容易だが、遺伝子やゲノムを編集する障壁は着実に低下している。
今後ほかの技術も進歩すれば、生物剤や関連技術へのアクセスと販売をめぐる現在のガバナンスは、容易に回避される可能性がある。

報告書全文を読む:『第4次産業革命における未来のインテリジェントで相互接続されたバイオラボ:可能性と危険性』、ギャレット・ダンラップ、エレオノール・ポウェルズ著。


