賃金上昇はインフレを加速させるのでしょうか。欧州では、歴史的にそうした関係が見られてきました。しかし近年、インフレ期待の低下、企業収益の堅調さ、そして強い競争圧力を背景に、賃金上昇とインフレの関係は弱まっています。
労働の価格(すなわち賃金)は、特にEU(欧州連合)の新規加盟国で力強いペースで上昇しています。それにもかかわらず、驚くべきことに、インフレ率はほとんど上昇していません。私たちは、『地域経済見通し:欧州』の第2章で、この謎の解明に取り組みました。
力強い賃金上昇が、近い将来にインフレを大きく押し上げる可能性は低いと考えられます。
今週のチャートは、世界金融危機以降の10年間で、欧州における賃金と物価の連動性が大幅に弱まったことを示しています。より正確に言えば、賃金上昇がコアインフレに与える影響は、危機前の時期と比べて3分の2の程度にとどまっています。

この変化の背景には何があるのでしょうか。当研究の分析によると、いくつかの要因が作用している可能性が高いとみられます。
第一に、インフレ率が低く、インフレ期待が十分に安定している場合、企業は人件費の上昇に応じて価格を引き上げることに慎重になります。言い換えれば、企業は賃金コストの上昇を一時的なものとみなし、競合他社も同様に行動するだろうという予想のもとで価格引き上げを抑えるのです。
第二に、当研究の分析によれば、企業の価格設定戦略は、国内外からの競争にさらされている度合いに大きく依存しています。このことは、製造業など海外との競争により直面する分野が、サービス業などと比べて賃金上昇を受けて価格を引き上げにくい理由を説明しています。
最後に、企業収益も重要な要因の一つです。当研究では、企業利益が健全な場合、賃金上昇がインフレに波及する度合いが大幅に低くなることがわかりました。なぜでしょうか。収益性の高い企業は、特に市場シェアの維持を望む場合、価格を引き上げることなく人件費の増加を吸収できるからです。
インフレ期待が歴史的な低水準にあり、競争圧力が高まり、利益率に余裕がある中で、欧州において賃金上昇とインフレの関係が弱まっているのは驚くべきことではありません。また、力強い賃金上昇が、近い将来にインフレを大きく押し上げる可能性は低いと考えられます。
これらの知見は、多くの欧州諸国において、インフレ率を目標水準へ持続的に引き上げるため、金融政策は今後も長期にわたり緩和的であるべきことを示唆しています。ただし、低金利が長く続くことでリスク選好が高まり、その結果生じうる金融の不安定化に対して、政策当局は警戒を怠ってはなりません。


