「体験の配当」とは、住民や働く人が、地域の施設やサービスを利用する日々の体験が以前より良くなっていると感じる場所に拠点を置くことで、組織が得る優位性です。
意外に思えるかもしれませんが、仕事の満足度を左右するのは都市にある施設やサービスの数ではなく、それらが時とともに改善していると住民が感じるかどうかです。重要なのは数ではなく、変化の方向です。
80を超える都市を対象にした調査から、体験の配当はほぼすべての業種で仕事の満足度を高めており、体験の質が高い都市と低い都市の間には30ポイントの差があることが分かりました。
人材獲得競争は変化しており、何が有効かについて企業が当然視してきた知識は、もはや通用しません。
数十年にわたり、企業は自社でコントロールできる要素、すなわち給与、福利厚生、企業文化、マネジメントに注力してきました。これらは今も重要です。しかし、人材をめぐる方程式のなかで、企業の外にある要素の比重が高まっています。企業の立地やその地域の特性が、必要な人材の獲得と定着に役立つのです。
リモートワークやハイブリッドワークの普及は、立地の重要性をさらに高めるとともに、働く人に柔軟性と選択肢をもたらし、どこで生活を築くかを自ら決める力を与えました。先進的な企業は、立地が人材戦略の中核をなすと理解しています。
一方、あまり目立たない形で、ロンドン、パリ、東京といった従来の世界の主要都市にはないものを提供し、優位に立つ都市もあります。こうしたおなじみの大都市には、レストラン、美術館、公園、大学、企業、文化施設が最も多く集まっているかもしれません。しかし、それらを利用する体験が常に最も手軽で満足度の高いものとは限りません。混雑、費用、距離、ストレス、さまざまな障壁が妨げになります。
人々にとって重要性を増しているのは、都市にどのような施設やサービスがあるかではなく、それらを利用する体験です。これを「体験の配当」と呼びます。住民や働く人に、より豊かな日々の体験をもたらす都市に拠点を置くことで、企業が得る人材面の優位性を指します。
この点をより深く理解するため、5大陸の80を超える都市で約17,000人の専門職を対象に実施した、BCGの「Cities of Choice」調査を活用しました。この調査では、混同されがちな2つの要素、すなわち都市が提供する施設やサービスの密度と、住民がそれらを実際に利用する際の体験を区別できます。
「体験の配当」が生まれる仕組み
住民の幸福度、満足度、都市や職場への愛着と、人口当たりの施設やサービスの数、それらを利用する人々の体験を比較しました。次に、体験型の施設が最も密集する都市で、最も満足度の高い労働力が生まれるのかを検証しました。
答えは否です。実際、体験型施設の密度(バー、レストラン、コンサート、美術館などの数)と仕事の満足度との関係は負でした。
施設やサービスが最も充実した都市が、働く人の幸福度が最も高く、定着する可能性も最も高い都市とは限りません。満足度を予測するのは別の要素です。特に娯楽や余暇、日々の暮らしの体験について、都市が良くなっていると住民が感じているかどうかです。企業の意思決定者が読み取るべきシグナルは、施設の数ではなく、変化の方向です。
このシグナルは、別の都市群を示しています。多くの企業が見過ごしてきたものの、体験の配当がすでに形になりつつある場所です。これをうまく実現している都市には、アラブ首長国連邦のドバイ、インドのベンガルール、マレーシアのクアラルンプール、米国のニューヨーク市、サウジアラビアのリヤド、アゼルバイジャンのバクーがあります。
配当は大きなものです。日々の暮らしの体験の質に住民が満足している都市では、働く人の78%が仕事を気に入っていると回答しました。住民が満足していない都市では、その割合は48%にとどまりました。企業のほぼすべてが見落としている都市生活の側面が、この30ポイントの差を生んでいます(図表A参照)。

仕事の満足度に最も大きな影響を与える要素を特定するため、経済的機会、住居、交通、医療、教育、公共空間、気候、安全、行政サービス、社会的結束、日々の暮らしの体験という、都市生活の11の側面を検証しました。
体験の側面は、経済的機会とほぼ同等の位置を占めました。住居、医療、交通、安全を上回っています。特筆すべきは、働く人がどこに住み、そこで日々の暮らしをどう体験するかが、仕事の内容と同じくらい重要だということです(図表B参照)。

この体験の配当は、人材の定着に特に大きな効果を発揮します。体験の質が高い都市で働く人は、現在の場所にとどまるつもりだと回答する割合が12ポイント高くなっています(図表C参照)。若い働き手では、その効果はさらに大きくなります。
25歳未満の働き手では、体験の質が高い都市と低い都市の間で、定着意向に20ポイントの差があります。50代後半の働き手では、わずか6ポイントです。日々の暮らしの体験は、企業がますます必要とし、獲得を競う若い人材にとって最も重要です(図表D参照)。


さらに、この配当は幅広く、あらゆる所得水準で見られます。業績のより良い都市に移ることは、所得階層が一段上がることとほぼ同じ程度に仕事の満足度を高めます。つまり、報酬だけでは差を埋められません(図表E参照)。また、これは富裕な都市に限った話ではありません。労働者1人当たりの国内総生産を調整しても、この関係に変化はありませんでした。
加えて、この配当は製造業から医療、農業まで、あらゆる業種に及びます。リモートワークへの柔軟性が最も高い情報技術分野でさえ、仕事の満足度には体験の質が高い都市と低い都市の間で20ポイントの差があります(図表F参照)。
都市そのものと、そこで得られる体験が、人材の獲得と定着を左右する重要な要素になりつつあります。


「体験の配当」が企業と都市にもたらすもの
企業にとって、体験の配当は立地の意思決定を変えるものです。企業は今も、コスト、物流、優遇措置、そしてすでに優れた都市と評価されているかどうかを基準に立地を考える傾向があります。これらの要素も重要ですが、中心的な問いには答えていません。人々がとどまりたいと思うのはどこか、という問いです。
その答えは、都市の体験の質と、その体験が改善しているかどうかにますます左右されます。競争する価値のある都市は、すでに確立された一流都市とは限りません。むしろ、日々の暮らしがより豊かで、つながりがあり、開放的で、可能性に満ちている、成長中の場所であることが少なくありません。
こうした変化に早く気づいた企業は、人材が長期にわたって愛着を持てる立地を選ぶことで、確かな優位性を得られます。
都市にとって、体験の配当はさらに重要です。公園、公共空間、文化、ナイトライフ、歩きやすさ、街の活気といった、都市の日常の体験は、経済開発の本格的な取り組みを終えた後に加える生活面の付加価値として、今も扱われることが少なくありません。しかし、都市で得られる体験こそが人材を定着させ、企業、投資、資本を呼び込むのは、厚みのある安定した人材基盤です。
日々の暮らしの体験への投資は、ぜいたくではありません。企業の立地戦略と都市経済の発展を支える中核的な要素です。これをいち早く理解した都市と企業が、未来を切り開くでしょう。


