この記事は、マッキンゼー・アンド・カンパニーが最初に発表したものです。www.mckinsey.com。著作権 © 2021。無断転載を禁じます。許可を得て転載。
人的資本とは、労働力が持つ知識、資質、スキル、経験、健康の総体であり、組織や経済の機能に不可欠なものです。
新たな調査によると、米国、ドイツ、英国の労働者のおよそ3分の1、インドの労働者のほぼ4分の1が、職務上の役割を変えることで、キャリアと収入を伸ばす道を歩んでいます。
新しい役割に就くことで、スキルや賃金、職務経歴の価値を高められます。より大胆な役割変更は、より大きな見返りをもたらすことが多いと研究者らは述べています。
あらゆる経済や組織にとって最も重要な資源は人的資本、すなわち労働力が持つ知識、資質、スキル、経験、健康の総体です。人的資本の形成は幼児期に始まり、正規の教育を通じて続きます。マッキンゼー・グローバル・インスティテュートとマッキンゼーの人材・組織パフォーマンス部門は、新たな調査でその次の段階、つまり職業人生全体に焦点を当てました。
人的資本は、マクロ経済上の抽象概念にとどまりません。一人ひとりが、それぞれ固有の、生きた能力を持っています。その能力は本人に属し、どこで発揮するかを本人が決めます。もちろん、選択の幅に限りはあります。人は地理的環境、家庭、教育によって形づくられ、出発点が重要です。キャリアの選択肢は、個人の能力や資質、人脈、家族に対する責任、労働市場全体の状況、社会的要因にも左右されます。
こうした制約を認識しつつも、キャリア上の役割変更は、スキルを広げて収入を増やす重要な手段です。データセットに見られる傾向から、新たな役割に移ることは成果につながり、能力を伸ばせる新しい職務や、スキルをより活用できる職務に就けば、その効果はさらに大きいことが分かります。
調査対象のデータでは、米国、ドイツ、英国の労働者のおよそ3分の1、インドの労働者のほぼ4分の1が、キャリアの出発点から推定生涯所得の五分位を一つ以上上げる道を歩んでいます。この上昇移動層は、より頻繁で大胆な役割変更をしている点が際立ちます。とりわけ、学歴・資格がなく低賃金の職から始めた人にとって、役割の変更は収入を高めるうえで不可欠です。
役割の変更は、スキルを継続的に高め、収入を増やし、価値につながる職務経歴を築く助けになります。しかし、雇用主が本人の可能性を見いだし、採用に賭けなければ、大きな飛躍となる大胆な役割変更は実現できません。個人が「経験効果」を最大限に高める最も効果的な方法は、自身の成長を重視し、後押しする組織に加わることです。
職務経験が人的資本の価値を高める
本調査では、職務経験が正規教育の基盤を土台に、人的資本の価値をどう高めるかに焦点を当てています(囲み記事「役割変更と生涯所得に結びつくスキルの獲得をどうモデル化したか」を参照)。職務経験は、労働市場に身を置くことで労働者が蓄積する知識の総体として包括的に定義しています。それは、仕事そのものを通じて得られる場合もあれば、雇用主が提供する正式な学習・能力開発プログラムや、既存のスキルにより合った仕事への転職、あるいは新しいスキルを身につけられる仕事への転職を通じて得られる場合もあります。
組織は、従業員の生産性を高める制度や慣行を備えた職場環境を整えます。人々がその環境に入ると、価値が生まれます。賃金を得るだけでなく、労働者は知識や新たな能力を身につけ、それを職業人生の残りの期間にわたって活用します。多くの職務では、新しい種類のソフトウェアや機器を使いこなす必要があります。従業員は、体系的な学習プログラムや日々の職場でのコーチングから恩恵を受けます。同僚が難しい状況に巧みに対処する(あるいは対処できない)様子や、管理職がチームの意欲を高める(あるいは高めない)様子を見ることからも、学びが得られます。
ファストフード店で注文を受ける仕事から始めた人は、難しい客への対応やプレッシャーの中で冷静さを保つ術を学びます。IT分野でヘルプデスクの問い合わせ対応から始めた人は、技術的な知識を身につけ、ネットワーク管理者になった後もそれを活用します。在庫管理担当者は、上司が物流の行き詰まりを解消する様子を見て、その方法を将来、倉庫管理者や調達担当者になったときに応用できます。
職務経験は労働者の人的資本の40~60%を占める
私たちの推計では、人的資本の価値は個人の総資産のおよそ3分の2を占めます。職務経験を通じて習得または活用されるスキルは、一般的な職業人生を通じてこの価値の平均46%に寄与します。ただし、これは重点調査対象の4カ国の平均であり、国による幅広い差があります(図表1)。
経験効果は、調査した先進国の間で驚くほどよく似ています。分析によると、職務経験が平均的な個人の生涯所得に占める割合は、米国で40%、ドイツと英国でそれぞれ43%です。
対照的に、インドでは職務経験が平均生涯所得の58%を占めます。インドでは教育へのアクセスが依然として大きな課題です。2020年時点で高等教育を受けた人が人口の12%にとどまるため、労働力全体の所得を押し上げる要因として、職務経験の重要性が必然的に高まります。同様に教育達成度が低く、低い基準から生産性や賃金が大きく伸びている他の新興国でも、生涯所得は同様の傾向を示すと考えられます。
職務経験は、資格取得の大きな障壁がない職業から始めた人にとって、より大きな決定要因となる
弁護士や歯科医のように、教育や資格取得の障壁が高い職業から始める人は、生涯を通じて他の労働者より多く稼ぎます。その大半では、習得したスキルよりも、初期段階で身につけたスキルが所得に占める割合が大きくなります。教育要件が低い職業から始めた人の場合は、概してその逆です。生涯所得は通常低めで、そのより大きな部分を職務経験が生み出します。皿洗いから調理準備担当、ライン調理人を経てスーシェフになる人の所得増加は、ほぼすべて、仕事を通じて学んだ技術やコツによるものです。職務経験は、スキルの習得を可能にするだけでなく、本人に職務経歴をもたらします。それ自体に、将来の雇用主に伝わるシグナルとしての価値があります。たとえば米国では、経験効果の大きさは、最初に就く職業によって大きく異なります。最も小さいのはカイロプラクターです。患者を診る前に、3~5年かかることもあるカイロプラクティック博士課程を修了し、一連の免許試験に合格しなければなりません。彼らの生涯所得の85%は初期段階のスキルによるものです。対極にあるのが、製造用の原料を混ぜる設備を操作する食品バッチ製造作業者です。この種の工場職に就く人は高等教育を受けていない可能性が高く、時間をかけて積み重ねた経験が生涯所得の90%を左右します。
教育水準が高いほど一般に生涯所得も高くなるが、予想を覆す人もいる
質の低い学校に通い、中等教育後の教育や訓練を受けていない人は、労働市場で不利な出発点に立ちます。多くの雇用主は、大学の学位を候補者の採用可能性を示す確立された指標として頼りにしています。しかし、教育面での不利がその人の将来を決めてしまうとは限りません。少なくとも全員に当てはまるわけではありません。たとえば米国では、生涯所得の予測から、不利な状況を乗り越える人々が一定数いることが分かります。特筆すべき点として、高校卒業者の28%は準学士号取得者の中央値を上回る所得の可能性があり、準学士号取得者の37%は生涯を通じて学士号取得者の中央値を上回る収入を得る可能性があります。
調査対象のすべての国で、キャリアの出発点から所得の五分位を一つ以上上げる道を歩む人が相当数います。先進国では労働者のおよそ3分の1(米国30%、ドイツ32%、英国34%)、インドでは労働者の23%が該当します。米国では、約6.1%が所得の最下位五分位から最上位五分位へ移る見込みです。
上昇移動層は、実質的な恩恵をもたらす形で職務経験を効果的に積み重ねているようです。労働者サンプルでは、所得五分位が上昇した層の生涯所得の60~80%を経験が占めるのに対し、順位が変わらなかった、または下がった層では35~55%にとどまります。しかし、偏見、不平等な教育の長期的影響、職業上の人脈不足など、構造的・社会的な障壁のために、こうした飛躍を遂げられない人も多くいます。
役割変更は新たなスキルをもたらし、収入増への道を開く。多くの場合、人々は新しい組織へ移っている
労働市場では、人が移動するのは自然なことです。データセット全体では、平均的な人は2~4年ごとに役割を変えており、スキル距離の中央値は国によって25~45%でした。役割変更によって、個人はスキルを身につけたり、示したりできます。現在の会社内で新しい役割に就くこと、別の雇用主に移ること、専門分野や職業を変えること、またはこれらを組み合わせることが含まれます。どの時点でも、役割変更のかなりの割合は、自発的な転職に加えて、解雇や人員削減をきっかけにしています。データセットでは、役割を変えるたびに賃金は平均6~10%上昇しました。ただし、これには自ら選んだ場合もやむを得ない場合も含め、より低賃金の役割に移った人も含まれています。調査対象の10年間に見られた役割変更のうち、40~50%では賃金が上昇しました。こうした変更をした労働者は、そのたびに平均30~45%の所得増を実現しました。
データセットで観察された役割変更の80%超は、別の雇用主への移動を伴っていました。より上位の役割への昇進や、同じ組織内での専門分野の変更を伴うケースははるかに少数でした。こうした外部への移動の多さは、すべての層に共通しています。多くの雇用主には、大半の人が成長を続け、時間とともにより大きな報酬を目指せるほど幅広い社内昇進の道筋がないことを示しているようです。自分を変え、より上位の役割を担いたい人は、そのために新しい環境へ移らなければならない場合がよくあります。
役割変更が大胆であるほど、人的資本の価値を高める効果も大きい
より大きな変化や課題を伴う新しい役割を担う人ほど、大きな見返りを得ます。私たちは一人ひとりのキャリアの軌跡をたどり、特に役割変更に注目しました。求人情報の分析によると、転職後の職務には通常、前職にはなかった明確に新しいスキル要件がいくつかあります。二つの役割で重複しないスキルの割合が「スキル距離」であり、その割合が高いほど、役割変更を「大胆」と見なします。以下の図表2の例は、溶接工として働き始め、その後2度転職したドイツ人労働者を示しています。保全監督者になった際のスキル距離は33%、その後生産管理者になった際は47%でした。したがって、平均スキル距離は40%で、典型的なドイツ人労働者を代表しています。
データセットでは、給与が上がった役割変更のスキル距離の中央値は、各国で35~50%でした。これは、全役割変更の国別範囲である25~45%を上回ります。つまり、より高い賃金を求めて役割を変えた人の新しい仕事には、通常、前職にはなかったスキルや責任がより多く含まれていました。
こうした移動には、前職とまったく同じ業務をしていなくても、雇用主が本人の可能性に賭けることが必要です。新しい役割は大きな学習機会になる場合もあれば、これまで活用できていなかった既存のスキルを発揮できる、より適した職務である場合もあります。要件の大部分が重複する段階的な異動では、同じような効果は得られません。
サンプルの中で最も上昇移動が顕著な層は、頻繁かつ大胆に役割を変えています(図表3)。たとえば米国では、より高い所得五分位に移った人は、調査期間中に平均4.6回役割を変えたのに対し、所得順位が変わらなかった人は平均3.7回でした。米国とインドの上昇移動層は、平均スキル距離が30~40%の役割変更をしていましたが、順位が変わらなかった人では20~30%にとどまりました。こうしたスキルの伸びは役割変更のたびに積み重なり、職業人生全体を通じて能力や責任を大きく変化させます。
「経験を求める人」と「早期に動く人」は、効果的なキャリア上の役割変更で所得を伸ばす
データセットから、職歴が10年を超える人々を抽出して分析しました。その中に、四つの明確な類型が見られます。これらは個人の事情や動機を示すものではありません。例を交えて、移動のパターンと結果を説明するものです。
経験を求める人は、平均を下回る賃金から出発しますが、同僚より頻繁に役割を変え、そのたびに能力を大きく伸ばすことで上昇していきます。その積み重ねによる賃金の伸びは、他のどの類型よりも大きくなります。ある非営利団体で事務アシスタントとして働き始め、別の団体の資金調達部門で寄付者開拓を担当する職を得た人を考えてみましょう。そこから研究病院に移り、助成金申請書の作成を担当した後、より広範な広報職に就きます。やがて大規模大学のメディア対応責任者になります。この「経験を求める人」は、新しい業界や職務分野へ移ることに成功しました。
早期に動く人は、キャリアの前半に大きな飛躍をします。ある分野で働き始めたものの、自分の情熱は別の場所にあるとすぐに気づき、それを追う機会を得ることがあります。たとえば、印刷広告を手がけるグラフィックデザイナーが、キャリアの早い段階でユーザーエクスペリエンスデザイナーになる場合です。
後半に動く人は、キャリアの初期には現状にとどまるか、段階的な役割変更をしますが、やがて大胆な一歩を踏み出します。経験豊富なジャーナリストが企業広報に転じる場合や、不動産仲介業者が銀行の住宅ローン担当者になる場合を考えてみてください。これはサンプルの中で圧倒的に大きなグループです。
固定型の人は転職の頻度が低く、転職しても大きくは変わりません。必ずしも臆病だったり、身動きが取れなかったりするわけではありません。最初から自分に合った道を選んだため、この戦略を取っている場合もあります。たとえば教員は専門的な教育に投資し、自分の天職を見つけているかもしれません。また、データからは、大胆な役割変更を試みて失敗したかどうかは分かりません。しかし、固定型の人は、賃金が最下位に近い場合も最上位に近い場合も、賃金の伸びが最も遅い傾向にあります。医師は非常に高い給与でキャリアを始めますが、役割をあまり変えません。職務経験が生涯所得に占める割合は、「経験を求める人」と「早期に動く人」では60~70%であるのに対し、固定型の人では約30%にとどまります。
雇用主は、潜在能力を見いだし、社内外の移動を受け入れ、学びを強化することで人材を惹きつけ、定着させられる
人材育成に同じように長けた企業ばかりではありません。この点では、小規模企業も大企業と同じくらい優れた取り組みができることが分かっており、企業規模が決め手ではありません。一方、組織の健全性が最も高い企業、従業員により体系的な研修を提供する企業、社内で昇進する機会をより多く提供する企業は、際立っているようです。人々は、ここで得た経験がキャリアの残りの期間にわたり他の雇用主にとって有益なシグナルになると理解したうえで、知識や人脈を築くためにこうした企業に加わります。こうした企業でのキャリア初期の経験は、従業員がその後、より上昇移動しやすくなる助けになります。
企業は、個人の成長を支援すると同時に、優れた学習組織としての地位を築き、人材を惹きつける存在になれます。特に重要な優先事項は三つあります。
現在の知識やスキルだけでなく、人々の潜在能力を理解する。多くの雇用主は、空席への人材選考のあり方を見直すことで恩恵を受けられます。過去の経験が空席の職務責任と完全に一致する外部候補者という「理想の人材」を探すのではなく、先進的な組織は、候補者の学習能力、本来備わった能力、他の職務にも応用できるスキルに基づいて評価する仕組みを整えています。そのためには、目的に合った評価方法を設計し、その役割での成功に重要な少数の中核スキルに焦点を当てる必要があります。また、人々を現在担当している役割に固定する偏見を取り除くことも必要です。これは特に既存の従業員について重要です。サンプルでは、個人が経験した役割変更の半数超でスキル距離が25%を上回っていました。これは、現在の雇用主に認識されていない潜在能力を人々が持つことが多いと示唆しています。職務経歴から、時間とともに新しいスキルを習得してきたことが分かるなら、さらに学べる能力があると考えられます。雇用主は、従来型の採用元や経歴にこだわらず、型にはまらないキャリアを歩んできた人々にも門戸を開くべきです。
社内外の人材移動を受け入れる。データセットでは、個人が経験した役割変更の80%超で雇用主が変わっていました。優秀な人材が移動することは避けられないため、雇用主にとって重要なのは、その流れの一部になることです。雇用主は、この80対20の動きの両面で優位に立つことを目指せます。一方では、常に求職する大きな人材プールから優秀な候補者を惹きつけられます。他方では、社内にとどまる貴重な従業員の生産性や意欲を高められます。実績のある従業員が昇進のために他社へ移らなくて済むよう、組織は、管理職の仕事の一部は、いずれ別の道へ進む人材を育てることだという期待を醸成すべきです。それぞれの役割について、将来の役割への明確な道筋を設け、各段階で必要となるスキルを示す必要があります。大規模な組織でこれを実現する方法の一つは、従業員が学習教材にアクセスし、次の機会を見つけられる社内デジタルプラットフォームを設けることです。人材の移動は、上昇だけを意味するものではなく、経験を広げることでもあります。横方向の異動は、多くの組織で見過ごされている機会です。優秀な従業員が転職するときは、成功事例として称え、将来、異なる立場で戻ってくる道を閉ざさないようにしましょう。
特に従業員の在職初期に、コーチングを強化する。スキル開発の多くは、日々の仕事を通じて行われます。コーチングや徒弟制度によって、その効果を最大化できます。本調査によると、キャリアの最初の数年間は基礎を築く時期であり、新しい仕事に就いてからの最初の1年も同様です。正式なオンボーディングは、単なるオリエンテーションではなく、よく考えて設計されたプロセスを伴う6カ月から1年の期間とすべきです。組織は、コーチングを行い、人とのつながりづくりを支援することに力を尽くす管理職など、従業員が順調なスタートを切るための手段を提供できます。仕事に慣れた後も、従業員には学び続ける機会が必要です。それは士気の向上や離職率の低下という形で成果につながります。2021年6月のギャラップ調査では、米国の労働者の65%が、新しいスキルを学ぶことは新たな仕事を引き受けるかどうかを決めるうえで「極めて重要」または「非常に重要」と答え、61%が現在の仕事にとどまるかどうかを決めるうえで「極めて重要」または「非常に重要」と答えました。従業員が将来の役割に備えるための正式な学習・能力開発プログラムもその一環ですが、効果的に実施するのは容易ではありません。真の学習組織である企業は、自社のニーズに合わせた独自の方法を築いています。






