2018年は、地政学的な対立が絶え間なく続いた年として記録に残るだろう。多くの政策立案者にとって、間近に迫った年の変わり目は、束の間の安らぎをもたらす。頭をすっきりさせ、目前にある最も重要な課題を見極めるひとときだ。
戦略的同盟関係が急速に変化し、世論をめぐる議論が騒然とするなか、解決すべき根本的な問題は何だろうか。結局のところ、地域ごとの現れ方は異なっても、ほとんどの社会が共通する3つの課題に取り組んでいる。
多くの国が直面する最初の大きな課題は、経済全体の成長を生活水準の向上と再び結びつけることだ。20年前には、経済が成長すれば、ほとんどの人々の暮らしも良くなるという考えが基本原則だった。経済成長は今も多くの社会にとって重要であり、確かに世界の中間層の拡大にも寄与している。
しかし今日、特に先進国では、国内総生産(GDP)の増加が一般家庭の暮らしの向上につながるという信頼が薄れている。経済成長の恩恵が、社会の上位10%、あるいは上位0.01%にまで及ぶエリート層に集中しすぎていると感じる市民は多い。自動化技術が進展するなか、労働者の不安はいっそう高まっている。
伝統的に高所得だった経済圏でさえ、経済の進歩と社会の進歩を再び結びつける必要性を示す顕著な例として、米国では近年、平均寿命が2年連続で低下した一方、平均所得はわずかながらも伸び続けている。
同様の問題が英国やカナダのブリティッシュコロンビア州でも現れ始めていることを示す証拠がある。カナダ全体では、公的給付の増加を考慮に入れても、税引き後所得の中央値は、2008年の世界金融危機以降、年率0.6%未満の伸びにとどまっている。経済全体の発展が一般の人々の暮らしの向上にもっと直接つながるよう、多くの社会は仕組みを改める必要がある。
2つ目の大きな課題は、経済成長と環境破壊を切り離すことだ。端的に言えば、経済的利益が新たに生み出されるたびに、それに見合う環境への負荷も依然として生じている。気候変動は、この問題が最も深刻な形で現れたものだ。
世界中の何十億もの人々がより高い所得を望むのは当然だが、繁栄の向上には炭素集約度の低下が伴わなければならない。今後30年以内に、世界はGDP単位当たりの温室効果ガス排出量をおよそ90%削減する必要がある。すべての国が、経済成長の軌道を上向かせながら、排出量の推移を急速に下向かわせられることを示さなければならない。
ほかの環境課題についても、早急に切り離す取り組みが必要だ。たとえば、人類の90%以上が屋外の危険な大気汚染にさらされて暮らしており、毎年400万人以上が命を落としている。人口増加と食生活の複雑化を背景に、肥料や家畜ふん尿の流出が、世界各地の海で500か所の無酸素の「デッドゾーン」の形成につながっている。
漁獲技術の拡大により、公海の最も深く遠隔な海域でも漁業資源が枯渇しつつあり、大量絶滅の危険が高まっている。また、少数の河川、その大半は急成長する経済圏にある河川が、毎年100万トンを超えるプラスチック廃棄物を投棄し、海へ流し込んでいる。地球は、現在の進歩のモデルをこれ以上長く支えられない。
3つ目の大きな課題は、誰一人取り残されないよう、周縁化をなくすことだ。私はこれを「ウィー・カップリング」と呼び始めた。社会が前進するなかで、誰もがその動きに共に加わっていると感じる必要がある。
どの地域社会にも、性別、人種、民族、先住民としての立場、階級、宗教的信条、障害、性的指向、言語、居住地域、年齢、その他のアイデンティティの側面を理由に、周縁化されていると感じることにうんざりしている人々がいる。すべての人が、進歩に積極的に加われるようにしなければならない。社会が平均として成功するだけでは、もはや十分ではない。すべての人にとって成功する社会である必要がある。
もちろん、この3つの枠組みが示すのは解決すべき問題だけであり、最善の解決策をめぐる議論には余地を残している。それこそが要点だ。気を散らすものが無限にあるように思える時代に、シンプルな「リ・ディ・ウィー(再結合・切り離し・包摂)」の基準は、公共の議論の枠組みを示し、論点が過度に狭まるのを防ぐ重しとなる。
社会のあらゆる分野の指導者も、同じ基準を自らに課す必要がある。一本か二本の脚しかない思想の腰掛けに立とうとする者は、必然的に均衡を崩す力に屈する。2019年以降、この3つの課題は、あらゆる社会の長期的な安定と成功の基盤となる。



