約10年にわたり、専門家たちは、異常気象やその他の気候変動の影響による災害で自宅や自国を追われた人々に、どう対応すべきかを苦慮してきた。明らかになったのは、彼らを保護する新たな国際法を制定する機運はないということだ。
その理由の一つは、移住者が移動を決断する際、環境問題の悪化がどの程度影響しているのかを判断するのが難しいことだ。
もう一つは、気候変動だけで、難民が新たな波となって先進国の門戸をたたく事態が起きる可能性は低いとの認識だ。
むしろ「気候移住」は、他の移住と同じ傾向をたどることが多く、避難した人々は農村部から町へ、あるいは遠く離れた国より隣国へ向かうことが多い。
しかし、だからといって、この問題が単に見て見ぬふりをされてきたわけではない。
ナンセン・イニシアチブは、2012年にノルウェーとスイスの両政府によって立ち上げられた。自然災害や気候変動によって国境を越えて避難した人々は、現在、いかなる国際条約やその他の制度による保護も受けていないため、各国が彼らをどう保護すべきかを検討する取り組みを支援してきた。
ナンセン・イニシアチブは、災害で避難した人々を支援する新たな法的基準の策定を試みるのではなく、政府や市民社会との地域協議を通じて、彼らを保護する方法について各国の合意を探ってきた。
「 Forced Migration Reviewの最新号 」に寄稿した、人権弁護士で同イニシアチブの特使を務めるウォルター・ケーリン氏は、10月にジュネーブで開かれる世界会合で採択される「保護アジェンダ」は、新たな国際法の制定を提案しないと述べている。
むしろ、災害による避難、その規模、そして影響を受けるすべての人々が直面する課題について、「共通理解の一連の項目」を示すものとなる。
このアジェンダは、既存の地域・国際協定に盛り込まれた主要な保護原則を特定し、災害による避難を予防し、備え、対応するために活用できる実践例や手段を提示する。
今年末にナンセン・イニシアチブが終了するにあたり、ケーリン氏は「災害と気候変動の文脈における国境を越えた避難を、国連の議題に再び載せるべき時だ」と主張し、各国がアジェンダの行動計画を実施するよう確保すべきだと述べている。
国連難民機関(UNHCR)の副高等弁務官、フォルカー・テュルク氏が最新号のFMRに記しているように、災害後に他国へ逃れる人々については、 法的な空白 が存在する。
一時的保護
こうした避難民について、UNHCRは、一時的保護または滞在措置が権利と責任を明確にする答えになり得ると考えている。同機関は2014年2月、そうした措置に関する指針を策定した。
この指針は、既存の対応策が適切でない、または不十分な状況で、人道危機や複雑な、あるいは複合的な人口移動(船舶での到着を含む)に政府が対応するのを支援し、地域間で措置を調和させることを目指している。
テュルク氏によれば、一時的保護という概念は実際には数十年前からあるもので、特に大勢の人々が一斉に流入する事態など、さまざまな場所や状況で適用されてきた。
災害の被災者を含む、困窮する近隣住民に一時的な避難先を提供することには、 アフリカに根強い伝統があると、ナンセン・イニシアチブの「アフリカの角」協議で法務専門家を務めたタマラ・ウッド氏は記している。
たとえば2002年、コンゴ民主共和国のニイラゴンゴ山の噴火から逃れた人々は、帰国できるようになるまでウガンダでの滞在を認められたが、難民の地位は与えられなかった。ボツワナとタンザニアも、隣国で洪水に遭った人々を受け入れてきた。
「しかし、こうした措置は一般に場当たり的で非公式なものであり、国境を越えて避難した人々は、安全と生存のために受け入れ地域の人々や非政府組織の善意に頼ってきた」と、ウッド氏はFMRに記している。
アフリカの角に関するナンセン協議では、一時的保護は地域の既存の法律、政策、慣行を基礎とし、それらを損なわないよう、国際法および地域法上の義務と整合させるべきだとの合意に至った。
1981年の「アフリカ人権憲章」に署名した国々は、非国民を含め、自国の領域内にいるすべての人に幅広い権利を保障しなければならないと、ウッド氏は指摘する。
このような既存の要件を正式な一時的保護措置の基礎として用いれば、領域へのアクセスと人権をより確実に保障し、災害によって国境を越えて避難した人々の受け入れや処遇の一貫性を高められると、ウッド氏は論じている。
ナンセン・イニシアチブは、これを実現するための道筋を示すが、実行するのは各国政府だ。
本記事は、 トムソン・ロイター財団との協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味するものではありません。
アジェンダの最新情報を受け取るには、 週刊ニュースレターに登録してください。
著者:ミーガン・ローリングは、トムソン・ロイター財団のジャーナリストです。
画像:2015年2月28日、ボリビアとブラジルの国境にあるパンド県コビハで、アクレ川の氾濫により避難したエセ・エハ民族の人々が、臨時避難所として使われている学校で休んでいる。REUTERS/David Mercado



