初の同種薬として大ヒットしたコレステロール治療薬ロバスタチンは、米国食品医薬品局(FDA)が初めて販売を承認してから12年後の1999年、エジプトで商業販売が始まった。これは珍しいことではない。各国における多数の新薬の発売発表を分析した結果、世界的な普及は限定的で、驚くほど遅いことが分かった。発売までの遅れはよく見られ、こうした薬のほぼ40%は、調査対象国のうち10か国以下でしか商業販売が始まっていなかった。こうしたイノベーションの普及が限られることで、多くの人々が健康上の恩恵を得られずにいる。新薬の発見・開発にかかる研究開発費はすでに投じられているだけに、これはとりわけ残念なことだ。
政府の政策が医薬品の発売遅延にどう影響するかを理解することは重要である。医薬品イノベーションの恩恵へのアクセスを促進するために最も広く用いられている政策手段は、特許と価格規制の2つだ。しかし、これらの選択が医薬品の発売遅延にどう影響するかを大規模なサンプルで調べた研究は比較的少なく、とりわけ先進国以外では限られている(Kyle 2007、Danzon et al. 2005)。
最近のワーキングペーパーでは、経済発展のあらゆる段階にある国々を対象に、多数の新薬の普及に対する特許政策と価格規制の両方の影響を検討した(Cockburn et al. 2014)。
特許と新薬の「世界的なアクセス」をめぐる議論の多くは、特許がもたらす新技術開発への強いインセンティブによる動的な利益と、その結果としての価格上昇が生む静的な厚生損失という、よく知られたトレードオフに焦点を当ててきた。1994年のTRIPS協定の下で、多くの貧しい国々が医薬品に対する「より長く、より強い」特許保護を提供するよう求められてきたため、特許政策の議論は主に、価格上昇の悪影響と、民間医療保険が限られ、公的医療制度への資金も乏しい国々で、多数の患者が価格のために市場から締め出される可能性に集中してきた(Chaudhuri et al. 2006)。イノベーションの側面では、いわゆる顧みられない疾病の新薬開発にインセンティブを与える手段として、特許と他の仕組みとの比較に関心が向けられてきた(Kremer 1999)。
しかし、この議論は「アクセス」の重要な側面、すなわち、発見された薬が実際に使用可能かどうかを見落としている。新薬による健康上の恩恵を得るには、その薬が使用可能でなければならない。医薬品の供給・流通を商業ルートに頼る国では、特許や価格規制に関する政策選択が、新製品の発売インセンティブを大きく左右しうる。これらの政策は、国内市場での販売から見込まれる利益と参入費用との比較に関する製造業者の判断に影響するからだ。参入費用には、規制当局の承認取得、現地の流通・マーケティング網の構築、医療従事者への情報提供が含まれる。こうした参入時の固定費の大半は、薬を発売する国ごとに発生するため、価格が限界費用に近すぎると参入を妨げる。特許は、国内市場での独占期間を限定的に設けることで、この問題を解決する一つの方法となる。他の条件が同じなら、その国で特許保護を受けられる範囲が広いほど、参入固定費に対する予想利益が増え、薬の発売も増えると見込まれる。一方、価格規制が強まると予想利益が減るため、逆の効果が予想される。
こうした政策選択の影響は、医薬品の発売時期に関するデータに表れている。図1は、1983年から2002年の間に世界のどこかで初めて発売された新薬642品目のサンプルについて、76か国での発売遅延の分布を示す。「発売遅延」とは、世界で初めて発売されてから、その薬がある国で商業販売されていると報告されるまでの経過時間を指す。発売遅延は非常に長くなることがあり、一部の薬は2002年以降に一部の国で発売された可能性もあるため、「右側打ち切り」を調整している。
この図では国を所得水準別に分類し、各国の経済環境が普及に及ぼす影響を示している。高所得国では薬の47%が10年以内に発売されたのに対し、低所得国では27%だった。別の言い方をすれば、新薬の25%が高所得国で利用可能になるまでにかかったのはわずか2年だったが、低所得国では同じ割合の薬が発売されるまでに9年を要した。
図1 国の所得水準別に見た医薬品の発売割合

図2は、新薬に与えられる特許保護期間別に普及状況を示す。特許期間は国によって(また同じ国でも時期によって)大きく異なり、20年から10年以下まで幅があった。医薬品に対する特許保護がまったく認められない国もあった。特許期間の時計は開発過程の早い段階で世界的に動き始め、薬が市場に出るまでに10年以上かかることもあるため、実効的な特許期間ははるかに短い。保護期間が10年または12年未満では、実質的に保護にならない。(保護期間は特許政策の一側面にすぎず、特許性の基準や強制実施権の利用可能性など、他の側面も重要になりうる。)図が示すように、特許制度によって普及の速さと範囲には非常に大きな差がある。特許保護期間が「長い」(17年以上)場合、薬の46%が10年以内に発売されたのに対し、保護期間が「中程度」または「短い」場合は34%だった。
図2 特許制度別に見た医薬品の発売割合

図3は、価格規制が「強い」場合と「弱い/ない」場合の内訳を示す。(価格規制制度の詳細は非常に複雑である。)ここでも普及に非常に大きな影響が見られ、価格抑制にほとんど取り組まない国では薬の44%が10年以内に発売されたのに対し、より集中的に価格を規制する国では37%だった。
図3 価格規制別に見た医薬品の発売割合

当然ながら、この単変量分析には限界がある。発売の判断にはさまざまな要因が影響すると考えられるためだ。そこで、特許政策、価格規制、その他の政策選択が発売時期に及ぼす影響を推定する多変量計量経済学的(ハザード)モデルを用いた。1人当たり所得、医療支出、市場規模、人口構成などの要因に加え、薬の「品質」の代理指標としてFDA承認の有無も考慮した。推定された効果は、単変量分析で見られた傾向を裏付けている。たとえば、これらの要因を調整した上で、製品特許がない制度から長期の製品特許期間がある制度に移行すると、各期間に発売される確率は約23%上昇し、その結果、発売遅延は37%短縮する。価格規制にも同程度に大きな影響が見られる。価格規制を導入すると、各期間に発売されるハザードは約15%低下すると推定される。これは発売遅延が約25%長くなることに相当する。
こうした政策選択の影響に加え、医薬品の利用可能性と流通を促進する保健政策機関を備えた国では、新薬の発売が大幅に速いことも分かった。とりわけ、世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストを採用し、国別医薬品集を整備している国が該当する。当然ながら、FDA承認薬はそれ以外の薬よりもはるかに速く、広く発売される。また、市場特性も発売遅延に大きく有意な影響を及ぼすことが分かった。市場規模や所得が大きい国、医療支出の水準が高い国、所得分配の平等度が低い国、そして人口の高齢化が比較的進んだ国では、普及が速い。
政策選択が内生的である可能性への懸念に対処するため、主に各国の政治・法制度に基づくさまざまな操作変数を用いた。政策選択が内生的である証拠は見られるが、操作変数を用いて推定した特許保護と価格規制の影響は、基準推定値よりもむしろ大きい。
表1は、政策選択が発売遅延に及ぼす影響の推定規模をまとめている。これは、(操作変数を用いた)回帰係数が示す、国内で薬の25%が発売されるまでの予測期間の中央値で測定した。製品特許はプロセス特許よりもはるかに効果が高く、発売遅延を69%短縮するのに対し、プロセス特許では29%の短縮だった。また、価格規制の影響は非常に大きく、発売遅延は2倍を超える長さになる。同じ結果の傾向は、FDA承認薬のみを対象とした場合にも、低・中・高所得国別に見た場合にも当てはまる。低所得国では基準ケースでの遅延が非常に長く、ほぼ9年に達する。すでに発売された薬の価格引き下げだけを目的とする政策制度(特許なし、強い価格規制)では、発売遅延は大幅に長くなり、価格規制なしで長期の製品特許を設ける「イノベーター寄り」の制度の3倍を超える。
表1 政策変更の推定影響

結論
特許権と価格規制に関する政策選択は、新薬を発売するインセンティブに大きな影響を与え、その結果、医薬品イノベーションの恩恵が世界中で利用可能になる速さと範囲を左右する。もちろん、発売を早める政策、すなわち強い特許権と価格規制なしという政策は、価格を引き上げる政策でもある。新しい薬物療法を利用可能にすることと、手頃な価格にすることのトレードオフがもたらす悪影響を緩和する方法を見いだすことが、最大の課題である。
共同掲載: VoxEU
著者:Iain M. Cockburnは、ボストン大学経営学部のファイナンス・経済学教授であり、Richard C. Shipley Professor in Managementを務める。Mark Schankermanは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの経済学教授であり、CEPRの研究員である。
画像:リュブリャナで撮影されたこのイメージ写真では、アルミ箔の包装に入った医薬品の錠剤とカプセルがテーブルに並べられている。REUTERS/Srdjan Zivulovic



