地球温暖化により、湿球温度が35°Cに達する見通しです。この水準では、人間は発汗によって体温を安全な範囲に保てなくなります。
このしきい値を超える環境にさらされ続けると、熱中症で命を落とすおそれがあります。
炭素排出量をネットゼロに削減すれば、地球上の地域が未知の高温領域へさらに押し進められるのを防げます。
過去1万年にわたる人類社会の爆発的な発展と繁栄は、明確な範囲に収まる気候条件に支えられてきました。しかし、地球温暖化に伴い、人間が地球上で経験しうる気象の範囲、すなわち「気候の包絡線」は変化しています。そして今後数十年で、文明にとってまったく新しい条件が出現する可能性があります。現代の技術があっても、軽く考えるべきではありません。
体温を調節できることは、人間が地球上で優位に立つうえで重要な役割を果たしてきました。二足歩行で毛皮がなく、汗を利用した冷却機能を持つ人間は、暑さに対処するのに適した体のつくりをしています。しかし、暑さはすでに、働くことや健康を保つことを妨げています。実際、私たちの生理機能には、対処できる暑さと湿度の上限があります。
天気予報で通常伝えられる気温は「乾球温度」と呼ばれます。これが約35°Cを超えると、体は熱を放散するために水分の蒸発(主に発汗)に頼らざるを得ません。「湿球温度」は、温度計上で水分が蒸発する際の冷却効果を含む指標で、通常は乾球温度よりかなり低くなります。汗を利用した冷却システムがどれほど効率よく働くかを示します。
湿球温度が約35°Cを超えると、空気は非常に高温多湿になり、汗をかいても体温を安全な水準まで下げられません。このしきい値を超える環境にさらされ続ければ、熱中症で命を落とすこともあります。
35°Cという上限は控えめに聞こえるかもしれませんが、そうではありません。英国が記録的な乾球温度を記録し、猛暑に見舞われたとき、2019年7月には38.7°Cに達しましたが、ケンブリッジの湿球温度は24°C以下でした。2015年にカラチを襲った猛烈な熱波の最中でさえ、湿球温度は30°C未満でした。実際、スチームルームの外で35°Cに近い湿球温度を経験した人はほとんどいません。人類社会が発展してきたなかで、この水準はおおむね地球の気候の包絡線を超えていました。
しかし、私たちの最近の研究によると、35°Cの上限が近づいており、地球上で最も暑く湿度の高い地域では、安全余裕がますます縮小しています。
湿球温度:人間の耐えられる範囲を超える暑さ
モデリング研究ではすでに、湿球温度が頻繁に35°Cを超える可能性が示されていました。2015年のパリ協定で定められた2°Cの気温上昇抑制目標を世界が大きく超えた場合、ペルシャ湾、南アジア、そして華北平原が、命に関わる高温多湿の最前線になると予測されています。
1979年から2017年までの湿球温度を分析した結果、将来起こりうる事態についてのこうした警告と矛盾することはありませんでした。しかし、過去の研究が比較的大きな地域(大都市圏ほどの規模)を対象としていたのに対し、私たちは世界各地の数千の気象観測所の記録も調べ、より局地的な規模では多くの地点で35°Cの上限に急速に近づいていることを確認しました。例えば、過酷な湿球温度(31°C超)の頻度は1979年以降、世界全体で2倍以上に増えています。また、アラブ首長国連邦の沿岸部のように、地球上でも特に高温多湿な地域の一部では、湿球温度がすでに一時的に35°Cを超えています。気候の包絡線は、私たちの生理機能では追いつけない領域へと押し広げられています。
35°Cを超えた場合の影響は、たとえ短時間でも、これまでのところ主に象徴的なものにとどまっているのかもしれません。最も暑い地域の住民は、極端な暑さをエアコンの効いた空間に避難してやり過ごすことに慣れているからです。しかし、増大する暑さに対処するため人工的な冷房に頼れば、エネルギー需要が急増し、多くの人々が停電によって危険な状態にさらされることになります。また、社会で最も脆弱な人々を見捨てることになり、屋外に出なければならない人々の助けにもなりません。
未知の高温領域へさらに頻繁に押し進められるのを防ぐ唯一の方法は、温室効果ガスの排出量をネットゼロに削減することです。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる経済活動の減速で、2020年の排出量は4~7%減少すると予測されており、世界の排出量は2010年に近い水準になる見込みです。しかし、大気中の温室効果ガス濃度は依然として急速に上昇しています。また、可能な限り、日中の屋外活動を避けるといった簡単な行動の変化を促し、極端な暑さが迫った際の緊急対応計画を強化することで、適応する必要もあります。こうした措置は、地球の気候の包絡線が容赦なく前進するなかで、時間を稼ぐ助けとなるでしょう。
地球全体の湿球温度が上昇するなかで、今後直面するかもしれない課題の一端を、私たちの研究が明らかにできればと願っています。人間の生理機能が耐えられる範囲を超える、前例のない高温多湿の出現は、起こりうる事態の一部にすぎません。さらに温暖で湿潤な世界では、人類が経験したことのない極端な気候が生じ、「未知の未知」を数多くもたらす可能性があります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が残した、予想外の事態に対する脆弱さの感覚が、カーボンニュートラルの実現に向けた世界的な取り組みを後押しすることを願っています。これから待ち受けるかもしれない、まったく新しい気候に危険を冒して進むよりも、ある程度なじみのある条件を守る価値を認識する必要があります。






