文化財を未来へつなぐための政策、地域、技術の連携

日本では、政府の政策、テクノロジー、そして地域コミュニティを結集することにより、文化遺産の保護に取り組んでいます。 Image: Unsplash / Charlie Charoenwattana
- 文化遺産を守ることは、現在の文化的豊かさを維持すると同時に、それを次世代へと確実に継承することにつながります。
- 日本には、美術、工芸、建築に至るまで、多様かつ膨大な文化資産が存在しています。
- 人口動態の変化や気候関連リスクといった共通の課題に直面する世界の社会において、文化遺産保護の強化は、レジリエンス構築において重要な役割を果たし得るでしょう。
文化財は国や地域の「アイデンティティーと歴史を物語る証人」であり、社会を支える「心のインフラ」とも言える存在です。伝統的な建造物などには、各時代の叡智や美意識が凝縮されているだけでなく、使用されている木材などを通じて、過去の人々がどのように気候に適応してきたかを読み取ることができる重要な資料でもあるのです。こうした文化財を保護・保存することは、現世代の文化的豊さを支える基盤であると同時に、次世代への確かな継承にもつながります。
2024年時点で、日本には国宝および重要文化財(美術工芸品・建造物)が13,499件、登録有形文化財(建造物)が14,376件存在しています。未指定のものを含めると、その数は膨大です。これらを将来にわたって維持していくためには、日常的な管理や定期的な修理が欠かせません。一方、地方の過疎化、伝統的な修理を担う職人の高齢化および後継者不足、さらには自然災害など、文化財の維持管理を取り巻く課題は年々深刻化しています。
特に、日本の地方における過疎・高齢化は、文化財の保存にも大きな影響を及ぼしています。奈良文化研究所の調査によると、人口50人以下の集落に所在する建造物は、2020年の308件から2045年には952件に増加すると予測されています。建造物は移築が容易ではないため、周辺人口の減少は日常的な管理を困難にし、災害時の被害拡大や収蔵品の盗難といったリスクを高める要因となります。
また、文化財修理を担う技術者の高齢化と後継者不足も深刻です。文化庁によると、伝統的な修理技術の保存を目的に国が選定している「選定保存技術」保持者の約7割が60歳以上となっています。さらに、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査では、自治体の61.5%が「保存に係る担い手の減少」を最大の課題として挙げており、人材確保への懸念が広がっています。
加えて、自然災害の多い日本では、人々だけでなく文化財も常にリスクにさらされています。2011年の東日本大震災では、754件の文化財が被害を受け、多くの建物が全壊しました。2016年の熊本地震や2024年1月の能登半島地震では、史跡内にある熊本城や金沢城の石垣が崩落しています。津波や洪水などの水害は、倒壊などの物理的被害にとどまらず、カビの発生を通じて文化財そのものや、レスキューに従事する作業員の健康にも影響を及ぼす可能性があります。
政府や自治体、地域で広がる取り組み
こうした課題に対応するため、日本では政府をはじめ、自治体や地域社会において、文化財保護の取り組みが強化されています。その象徴的な動きが、文化財保護関連予算の拡充です。文化庁の予算は2023年度に約447億円、2024年度には1,062億円へと大幅に増額され、保存修理や防災対策が重点的に進められました。2025年度の概算要求では約1,400億円が見込まれており、修理・防災と活用促進を両立させる方針が示されています。
さらに、文化庁は2025年、国指定の史跡・名勝などを対象とした防災対策について初めて数値目標を設定しました。災害リスクの高い斜面約250カ所を2030年度までに補強し、2045年度までに史跡などにある石垣約100カ所の耐震診断と保全処置を完了させる計画です。
また、文化財の保存と活用を地域全体で進める制度も全国に広がっています。2018年の文化財保護法改正により、文化財をまちづくりに生かし、地域社会総がかりで継承するための仕組みが創設されました。自治体が国の認定を受けることで、未指定文化財を含む保存・活用の推進や、権限移譲などの特例を活用できるようになります。2025年3月末時点で、45道府県、194市町村が認定を受けています。
保存と活用を進める上では、所有者や行政に加え、地域住民や市民団体との協働も不可欠です。その一例が、奈良まちづくりセンターの取り組みです。同センターでは、大和の風景・景観を守り育てるためのデータベース化を進めるとともに、沿道景観の調査研究やシンポジウムなどを実施しています。地域の学生などとも連携し、歴史的町並みを生かしたイベントを通じて、新たな文化創造と共同活動を展開しています。
AIなどのテクノロジーの活用
こうした取り組みを補完する形で、AIをはじめとするテクノロジーの活用も進んでいます。全国に点在する文化財をデジタルアーカイブ化し、保護や活用を支援するサービスのほか、AIを用いた劣化検知技術により、早期に異変を察知する試みも広がっています。これにより、限られた専門人材の知見をより広く活用するとともに、予防的な保全が可能になります。
さらに、文化財内部の構造を再現するデジタルツイン技術は、修復や復元の精度向上に寄与すると期待されています。福井県の永平寺は2023年から2024年にかけて、国の重要文化財である仏殿など19棟について、清水建設と共同でデジタルツインを作成するなど、取り組みが広がっています。
変化の時代における文化財保護の重要性
人口動態や環境が変化する中、文化財の保護と修復にも新たなアプローチが求められています。日本では、政策の整備、コミュニティの関与、そしてAIなどの技術導入を組み合わせることで、将来世代に向けた文化財保護を強化しています。文化財保護は、文化政策にとどまらず、地域の持続可能性や社会的レジリエンスを支える重要なテーマです。官民、地域、技術が連携し、共通の価値として文化を守り育てていくことは、グローバルな課題に向き合う上でも、示唆に富む取り組みと言えるでしょう。
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