企業美術館が寄与する、文化的な社会構築の促進

日本では、企業の社会的責任において、アートと文化がますます中心的な役割を果たすようになっています。 Image: Unsplash/Takafumi Yamashita
- 文化は人間の営みの根幹であり、国家が成り立つうえで最も重要な基盤の一つです。
- 日本では、企業の美術館がAI、AR、没入型ツールなどの先端技術を活用し、芸術体験の在り方を再定義することで、技術革新をリードする存在となっています。
- 企業美術館は、地域社会を支え、日本が掲げる社会的包摂、包括性、ウェルビーイングといった文化的優先課題の推進にも寄与しています。
「文化は,人間として生きていく上で基本に関わるものであり,一国にとってそのよって立つ最も重要な存立基盤の一つである」。この一文から始まる、文化庁の「21世紀に向けた美術館の在り方について」の発表から3年が経過しました。同方針では、日本社会において「物の豊さよりも心の豊かさを志向する機運」が高まり、「美術を鑑賞や創作の対象とする者の割合が増加」していると述べ、美術館を「心のインフラストラクチャー」と位置付けています。
2022年の報告書によると、日本の博物館数(1,305)および博物館類似施設数(4,466)は過去最高に達し、1990年代のバブル経済崩壊後の財政難にも関わらず、その数は一貫して微増傾向にあります。日本の博物館は7割以上が公立であり、残りは学校法人や財団などによる私立博物館です。この中には、企業が運営する美術館も含まれます。東京ステーションギャラリー、三菱一号館美術館、森美術館、出光美術館、サントリー美術館、など、東京都内だけでもコレクションや企画力に定評がある企業美術館が多く存在します。
アートを通じて企業と社会をつなぐ企業美術館
企業美術館とは、企業が主体的に運営し、自社事業に関連した展示ではなく、創業者や企業が所蔵する美術品を公開する美術館を指します。その運営形態には、三菱一号館美術館や森美術館のように企業が直接運営するものと、アーティゾン美術館(石橋財団)、SOMPO美術館(SOMPO美術財団)、アサヒグループ大山崎山荘美術館(アサヒグループ財団)など、財団を通して運営されるものがあります。日本では、1917年創設の大倉集古館や1930年創設の大原美術館をはじめ、全国に企業美術館が点在しています。価値の高いコレクションに加え、ユニークな建築や立地など、公立の美術館にはない特色を活かし、美術館としての人気だけでなく、地域の魅力向上に寄与する例も少なくありません。
企業美術館が日本で広く支持されている例として、化学メーカーであるDICが運営し、2025年3月に休館したDIC川村美術館が挙げられます。同美術館は、創業家らが収集した美術品の公開を目的に、1990年に千葉県佐倉市に開館。広い庭園と西欧の城のような施設や、モネの「睡蓮」をはじめ、シャガールやルノワールなど、世界的名作品を鑑賞できる美術館として知られています。作品の解説を掲示せず、毎日学芸員によるガイドツアーを行うなど、美術作品との向き合い方を提案しており、日本企業のメセナ(文化・芸術支援)の代表例として関連団体に表彰されてきました。2024年8月に経営の効率化などを理由として休館が発表された際には、市民から反対の声が多く寄せられ、当初予定の休館時期が延期され、現在も休館を惜しむ声が続いています。
企業美術館は、直接に事業活動を推進するわけではありません。しかし、企業と社会をつなぐ有意義な接点を生み出し、信頼の構築、包摂性の拡大、文化的ウェルビーイングの向上に貢献しています。2022年4月には改正博物館法が成立し、企業美術館も法制度上で正式に博物館として登録可能となったことで、その存在感は一段と高まっています。
美術館体験の新たな道を切り開く
AI時代を迎える中、美術館には新たな技術の導入も期待されています。企業美術館の中には、こうした潮流を先導するところもあります。三菱一号館美術館は2019年、AIやARなどのテクノロジーがいかにアートを変えるかをテーマにしたトークイベントを開催。専門家が、AIが制作した作品や5G、スマートグラスなど当時の最先端技術がアートに与える影響を紹介しました。また、2021年には、参加者がスピーカー内蔵のメガネ型デバイスを着用し、ボイスストーリーを聞きながら展示作品を鑑賞する音声MR体験イベントを開催。新しい技術を活用した鑑賞体験を積極的に提案してきました。
また、森美術館は2025年、「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」においてゲームエンジン、AI、仮想現実(VR)、生成AIなどのテクノロジーを採用した現代アート約50点を紹介。アーティストと「マシン」が協働する作品や没入型空間を通じ、人類とテクノロジーの関係を問い直すことで、不確実な未来をより良く生きる方法を想像する機会を提供しました。企業美術館は、こうした取り組みを通じ、アートの概念や体験のアップデートを牽引しています。
地域の文化を豊かにする企業美術館
日本の企業美術館は、所蔵作品を広く公開することで地域社会に文化的潤いをもたらし、公共的役割を果たしてきました。同時に、技術革新や社会変化に応じた展示手法や施設運営の改善を進めることで、アートの新たな可能性を提示しています。さらに、企業の価値観や社会的責任を表現する場として、多様な来館者が文化に触れる機会を創出し、その社会的意義を広げています。こうした取り組みは、地域の文化基盤を強化するだけでなく、レジリエントで創造性に富む社会を形成する力として機能しています。企業美術館は今後も、文化資源を社会と共有するプラットフォームとして発展し、日本の文化的未来を支える重要な存在であり続けるでしょう。
もっと知る アートとカルチャーすべて見る
Elena Raevskikh and Giovanna Di Mauro
2025年10月24日





