エネルギー市場を変革する「フレクスマー」とは

エネルギーのフレクスマー・モデルには可能性がありますが、いくつかの課題が浮上しています。 Image: Vivint/Unsplash
- 電力の「柔軟な消費者」を意味する「フレクスマー」は、電力網と積極的に連携し、電力の消費から生産、蓄電までを柔軟に行い、その際に生じるコストや技術的な課題にも対応します。
- このモデルには可能性がありますが、いくつかの課題が浮上しています。
- スマート技術、明確なインセンティブ、支援的な政策が、フレクスマーがエネルギー転換に参加する機会を拡大する鍵となるでしょう。
現代社会では、電力消費者は主に受動的な電力の受け手として扱われています。しかし将来のエネルギー市場では、彼らは柔軟性の担い手として認識されるようになるでしょう。
実際、住宅、学校、病院、飲食店、店舗、電気自動車の充電ステーション、倉庫、工場、データセンターなど、様々な建物や施設が電力網を積極的に支援可能です。例えば、電力の使用時期や場所を調整することにより、電力系統の混雑を回避してシステムへの負荷を軽減し、変動の大きな再生可能エネルギーの統合を円滑に進めることができるからです。その結果、クリーンエネルギー転換が加速し、電力全体のコスト削減につながります。
私たちは今こそ、消費者の参加を促す設計を開始し、こうした複雑な相互作用をユーザーフレンドリーな形で実現していく必要があります。デジタルツールを活用して、エネルギー使用の自動化、柔軟性市場への参加、電力系統の安定化への貢献を、手間なく簡単に行えるようになっています。
フレクスマーが今、重要な理由
電力系統がひっ迫していることは、周知の事実です。例えば、イタリアのローマを例に挙げると、その電力需要は2032年までに2,200MWから3,300MWに増加すると予測されています。同時に、新たな再生可能エネルギー発電の導入も必要です。これにより、系統の不安定化、混雑、接続遅延がさらに深刻化するでしょう。
一方、もし単に供給量を増やすのではなく、電力の使用方法そのものに焦点を当てたらどうなるでしょうか。
スマート技術を活用して需要側で柔軟に電力使用量を削減、シフト、調整することで、既存の送電網インフラの利用率を最大20%向上させることができます。オランダで実施された事例研究によると、電力の「柔軟な消費者」を意味する「フレクスマー」と連携した電力事業者テネット(TenneT)は、9ギガワットの送電網容量を解放すると同時に、最大65%の利用料節減を可能としました。
家庭、車両、企業のデジタル化や電化が進むにつれ、機会は拡大します。ただし、この潜在能力を引き出すには、自然に起こるのを待つだけでは不十分であり、エネルギーのエコシステム全体にわたる意図的な設計、協力、そしてリーダーシップが必要です。つまり、エネルギー業界に関わる私たち全員が、行動を起こす必要があるのです。
より広範な参加を阻む障壁
その可能性にもかかわらず、フレクスマー・モデルはいくつかの障害に直面しています。まず、コストは依然として主要な懸念事項です。これには、スマートデバイスへの初期投資、複雑な導入プロセス、継続的な運用リスクが含まれます。また、多くの消費者は、関与するための知識やインセンティブを欠いています。不明瞭な価格設定モデルや価値提案の曖昧さに、参加意欲を削がれているからです。さらに、従来のエネルギー利用習慣を変えることが「複雑すぎる」と感じられる、文化的な抵抗も存在します。
技術的な障壁、例えばデバイスの互換性や自動化の不足なども普及を遅らせています。企業にとっては、室内環境の維持や生産スケジュールの管理といった中核業務への干渉に関する懸念も大きな課題です。
これらの障壁を取り除くことに加え、フレクスマー・モデルの拡大も極めて重要です。エネルギー転換を成功させるためには、ステークホルダーがパイロットプログラムの段階を超え、フレクスマーを市場構造、ビジネスモデル、運用計画に完全に組み込むと約束しなければなりません。
変革を起こす要素
消費者からフレクスマーへの移行を加速させるには、以下の3つの要素が揃う必要があります。
- 明確かつ魅力的な価値提案。参加者には、快適性や事業継続性、制御性を損なうことなく、節約効果や収益が保証される必要があります。
- 欠かせないシームレスなデジタル体験。スマートメーター、デバイス、アプリ、プラットフォームを通じて参加が自動化され、ユーザーにとって目に見えないほど容易に柔軟性が実現されることが求められます。
- 鍵となる意識の向上と教育。特に規制が急速に変化する状況下でマインドセットを変えるには、参加の仕組みを分かりやすく説明し、信頼を築くキャンペーンが極めて重要です。
成功の姿
イタリア初の地域柔軟性市場パイロットプロジェクトである「RomeFlex」から、エネルギーの未来を垣間見ることができます。同市の配電システム事業者(DSO)であるアレティが主導するこの取り組みは、市場ベースのオークションを通じて分散型エネルギー資源から柔軟性を引き出すことを目的としています。2025年6月に実施された最新のオークションでは、1,300を超えるフレクスマーが参加。これは21メガワットに相当し、わずか4カ月前の参加数を3倍以上も上回る規模です。2032年までにローマの送電網には、合計250GWhの柔軟性サービスが必要になると見込まれています。
プロジェクトに用いた予測分析と市場ベースの調達モデルは、欧州委員会の推奨事項と一致しています。同プロジェクトは、分散型柔軟性が適切に活用されれば、急速に規模を拡大し、測定可能な価値を生み出せることを示しています。
他の都市も同様の取り組みを始めています。ドイツのミュンヘンでは、2030年までに電気自動車が最大1.2GWの柔軟な送電網容量を提供できる可能性があります。また、AIを搭載した建物では、パイロットプログラムにおいてすでに冷暖房空調装置の電力使用量を約16%削減しています。
これらの事例は、必要なツールが存在し、ステークホルダーが連携することで、変化が迅速に起こり得ることを示しています。
誰もが担う役割
エネルギー利用者は電力網の終着点と見なされがちですが、実は最も活用されていない資源の一つかもしれません。フレクスマーは、エコシステム全体によって支えられます
アレティのような配電システム事業者(DSO)は、柔軟な需要に対応できるグリッドサービスを開発する必要があります。技術プロバイダーは、参加を簡素化するデジタルツールやプラットフォームの提供を担い、政策立案者や規制当局は、柔軟性を報奨する明確なルールの設定、料金体系の近代化、参加プロセスの効率化を行わなければなりません。エネルギー小売事業者は仲介者として機能し、需要を集約して市場機会へと転換する役割を果たす必要があります。家庭から企業に至るまで、すべての消費者は権限を与えられ、行動を促すインセンティブを与えられるべきです。
結局のところ、これは複雑な協調努力なのです。成功は、現代的な送配電インフラ、ダイナミックプライシング、支援的な規制、革新的な金融モデル、信頼できるデジタルプラットフォームの連携によって初めて達成されるでしょう。
受動から能動へ
これは、より柔軟で分散型かつ持続可能なエネルギーシステムに向けた大きなステップです。ただし、実現するには協調的な行動が求められます。消費者は参加するためのツール、インセンティブ、知識を与えられなければなりません。それには、エネルギー使用量の調整、分散型資産の接続、あるいは地域のフレキシビリティ市場への参加などが含まれる可能性があります。重要な点は、単に柔軟性を持たせるだけでなく、自動化が必要だということです。これこそが、目標を実際の行動へと転換させ、消費者を真のフレクスマーへと進化させる方法なのです。
シーメンスは、世界経済フォーラムのエネルギー、マテリアル部門の支援を受け、将来の電力システムにおける消費者統合の枠組み構築において、重要な役割を果たしています。同社の取り組みを示したインフォグラフィックはこちら。
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