断片化が進む世界に、最先端技術のガバナンスが不可欠である理由とは

最先端技術のガバナンスは、戦略的対立や国内の政治的分断の犠牲になるリスクがあります。 Image: Getty Images/iStockphoto
- 新興技術、地政学、そして貿易戦争は、イノベーション、ガバナンス、経済のレジリエンスに深刻な影響を及ぼしています。
- これらはまた、アルゴリズムの誤作動や規制されていないデュアルユース技術に起因するエスカレーションや将来の危機のリスクについても再定義しています。
- 緊急の対応がなければ、最先端技術のガバナンスは戦略的対立や国内の政治的分断の犠牲になるリスクがあります。
人工知能(AI)を搭載したドローンは戦場の様相を一変させ、ディープフェイクが選挙に混乱をもたらしています。量子技術の進展により、近い将来、現行の暗号は破られるでしょう。地政学的な分断が深まる中、最先端技術のリスクを管理するための安全策が、世界にはまだ整備されていません。
技術における優位性が経済や国家の安全保障を形づくるようになるにつれ、国際連携は後退し、地政学的な分断が進行。その影響はイノベーションの方向性やガバナンス、経済のレジリエンスにも大きな影響を及ぼしています。
新興技術は急速に進化しており、それに伴うリスクも増大しています。AIに加え、合成生物学、量子コンピューティング、極超音速ミサイル、自律型兵器といった分野での技術革新が競争のルールを書き換えつつあります。これらはますます、国家の力を投影し、同盟関係を試し、対立を激化させるために使用されており、軍事と市民社会の間にある境界が曖昧になっています。
将来の危機は、意図的な挑発ではなく、アルゴリズムの誤作動や規制のない「デュアルユース」ツールによって引き起こされる可能性があります。「デュアルユース」とは、本来は市民の利益のために設計された技術が、強制や破壊の手段として転用されることを指します。
こうしたリスクは、もはや仮説にとどまりません。ウクライナでは、AI搭載ドローンがすでに戦場のダイナミクスを変え、遺伝子編集や機械学習は、生物兵器となり得るウイルスの創出・改変にも利用されかねません。量子コンピューターは近い将来、現在の暗号技術を突破し、金融システムや重要インフラを脅かす可能性があります。
2024年、当時のジョー・バイデン米大統領と中国の習近平国家主席は、核兵器の制御は人間が行うべきであり、機械に任せるべきではないとの共同声明を発表しました。これは、中国がAIのリスクを正式に認識した歴史的な出来事でしたが、こうした合意が圧力下でどこまで維持されるかは不透明です。現在までに、58カ国が「人工知能および自律性の責任ある軍事利用に関する政治宣言」に署名しています。これは、第一歩ではあるものの、任意の取り組みであり、法的拘束力がないため、最終的には不十分です。
グローバルな連携の岐路に立つ世界
世界経済フォーラムの「Global Cooperation Barometer 2025(グローバル・コオペレーション・バロメーター2025)」によると、国際的な連携は停滞しています。2024年には気候変動、テクノロジー、健康分野で一定の進展が見られた一方、2025年初頭の兆候は、信頼の低下、貿易の分断化、主要な地球規模課題に対する協力の失速を示しています。
迅速な行動が取られなければ、すでに困難を極めている最先端技術のガバナンスは、戦略的対立関係や国内の政治的分断の犠牲となる恐れがあります。
最先端技術のガバナンスは、政府単体ではできません。企業がイノベーションを主導する一方、規制は依然として後追いの状況にあり、オープンソースツールは、保護措置が整う前に兵器化されるケースが増えています。
これらのシステムが私たちの理解を超えるスピードで進化する中、ガバナンスもソフトウェアのアップデートのように、変化のスピードに適応するものでなければなりません。自主的なコードや諮問機関も一定の役割を果たしますが、それだけではグローバルなルールや、少なくとも、イノベーションと安全保障の調和を図るための国際的に合意された基準の代替にはなり得ません。
共通の安全策がない中、企業も国家も、安定性やリスク緩和よりスピードや市場支配を優先しがちです。その結果、イノベーションとアカウンタビリティの間に大きなギャップが生じています。
同時に、コンピューティング能力や半導体、今や地政学的に極めて重要な戦略資源となっています。米国、EU、中国がそれぞれ異なる規制路線を追求する中、新興市場のイノベーターたちは排除されるリスクを抱えています。
グローバル・サウスの視点は、ルール形成の場にはほぼ取り入れられることがなく、一部の国や地域だけで構築されたガバナンスの枠組みに正当性や持続可能性はありません。対照的に、国際的な枠組みは橋渡しの役割を果たし、共有されたグローバル原則は、たとえ戦略的対立関係にあったとしても、責任あるイノベーションを可能にする手段となり得ます。
戦略的優位性としてのテクノロジー・ガバナンス
ガバナンスはもはや単なる「お役所の仕事」ではなく、イノベーションのためのインフラとして捉えられるべきです。企業のインセンティブをグローバルな安全保障目標と整合させることは、倫理的なだけでなく戦略的にも重要です。規制は単なる遵守するためのものではなく、市場アクセス、投資準備、そして長期的な信頼の構築に関わるものなのです。
重要なのは、このようなガバナンスのインフラが、グローバルな信頼とレジリエンスを高めるという点です。透明性、アカウンタビリティ、監督を備えたシステムは、国境を越えた信頼を生み、分断された世界でも連携を可能にします。
強固なガバナンスは、企業が未来に備えていることを示す証である一方、透明性やテスト、監督が欠如した技術エコシステムは、投資家の信頼、グローバルな顧客、そして社会的正当性を失うリスクがあります。
フォレスター社の最新レポートによると、AIガバナンスソフトウェアの支出は2030年までに4倍に増加し、158億ドルに達すると予測されています。もはや「AIをガバナンスすべきか」ではなく、「どのように、誰が管理するか」が問われています。
すでにモデルは存在します。OpenAIが米国の国家研究所と協力し、化学、生物。放射線、核(CBRN)リスクを監視する取り組みは、官民連携がイノベーションとグローバルな安全を再調整する一例です。一方、企業の善意に頼った場当たり的な対応では不十分です。
METRの調査によると、AI安全プロトコルには企業ごとに大きな差があり、強力な安全対策を講じる企業もあれば、全く設けていない企業もあります。ここで重要となるのが、共通の原則、規範、相互運用可能な枠組みに基づくグローバルなガバナンスの共有です。
英国のAIセーフティ・インスティチュートや米国の国家標準技術研究所(NIST)のような機関は、技術的専門知識と政策を橋渡しし、フロンティアモデルの評価やリスク登録のスケーラブルな仕組みの構築を行う有望な設計図を提示しています。フランスにおける4億ドル規模のAI公的基金は、倫理論からインフラ整備への転換を示しています。
一方、グローバル・サウス諸国は、中立かつ信頼されるハブとしての地位を確立し、より分散型のグローバルガバナンス・エコシステムへの貢献を目指しています。こうした新興の取り組みは代替モデルの可能性を示し、監督権限が一部に集中する未来を回避する重要性を浮き彫りにしています。
国家政策や企業プロトコルは責任ある技術ガバナンスの必要条件ですが、共通の原則に基づき、多様な視点を包摂した一貫性あるグローバルアプローチこそが、信頼構築、分断の緩和、そしてイノベーションと公益の整合を実現するための鍵です。
分断から管理の共有へ
認識から実効的な行動に移すために、公的機関と企業は、断片的かつ受動的な対応をやめ、共有された原則に基づく能動的かつ協調的なガバナンスに転換しなければなりません。これは、技術開発段階から安全性を組み込む「セーフティ・バイ・デザイン」、市場インセンティブの再調整、技術の進化に応じてこれらの原則を監視し、適応させ、施行するための制度的能力を整備することを意味します。
検証と施行には依然として大きなばらつきがあり、また一部の領域では本質的な限界がありますが、それでもなお必要な目標です。完全に信頼できる監視体制の実現は難しいかもしれないものの、長期的な目標として扱われるべきです。
これを達成するには、新たな制度、技術的なブレークスルー、政治的な意志が求められます。その間も、ガバナンスは部分的かつ適応的なシステムを構築し、完全な強制力がなくとも責任ある行動を促す仕組み作りに注力しなければなりません。
そのために、官民のステークホルダーは以下に取り組む必要があります。
- 人間による統制の明文化:いかなるAIシステムも核兵器や通常兵器による攻撃を開始できないようにすること。
- グローバルルールの現代化:デュアルユース技術や新たなリスクに対応するため、条約や検証メカニズムを更新し、従来の検証や強制が及ばない場合でも、透明性、アカウンタビリティ、責任ある使用に向けた協調的アプローチを推進すること。
- 包摂的なグローバル対話の開催:世界経済フォーラムのGlobal Technology Retreat(グローバル・テクノロジー・リトリート)やAI Safety Summits(AI安全サミット)のようなプラットフォームを活用し、政府、企業、市民社会の連携を図ること。
- レジリエンスへの投資:独立した監督機関の設立、国境を越えた安全研究への資金提供、そしてエンジニアリングと外交をつなぐ技術リテラシーを持った外交官の育成を進めること。
最先端技術のガバナンス不在は「世界的リスク」
最先端技術が急速に進展する一方、地政学的緊張が高まっており、無策の代償はあまりに大きいのが現実です。共有された安全基準の欠如は単なるガバナンスの不備ではなく、世界全体に影響を及ぼす重大なリスクです。
『Tech Cold War(テック・コールドウォー)』の著者であるアンスガー・バウムズ氏とニコラス・バッツ氏はこう警告しています。「すべてに合意する必要はありませんが、いくつかの重要な点については合意し、適時に話し合う必要があります」。
調整なしには、技術大国間の小さな意見のずれが急速に世界的な危機へと発展しかねません。デュアルユースされやすいAIや量子技術などの最先端技術は、今の時代を連携と競争が共存しなければならない時代にしています。
グローバル・テクノロジー・リトリートのような国際的プラットフォームは、思考から行動への転換を促す貴重な機会を提供します。危機が連携を生み出すのを待つことはできません。地政学的緊張は合意形成を困難にする可能性があり、共通の基盤を見つけることの緊急性も高めています。今こそリスクの認識から協調的な管理へと移行し、最先端技術の信頼できる集団的ガバナンスを築く時です。