新たな生物多様性枠組を企業が導入する5つの方法
生物多様性枠組では意欲的な目標が掲げられており、企業は重要な役割を担っています。 Image: Unsplash/Scotty Turner
Marie Quinney
Lead, Impact Measurement and Management - Nature Action Agenda, World Economic Forum Geneva- 昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)は、自然保護とサステナブルな利用に向けた意欲的な目標を掲げており、その実施には企業が重要な役割を担います。
- 企業がGBFへ効果的に貢献するためには、透明性を高めるとともに、自然に与える影響を認識した環境に良い行動を増やす一方で、負の影響を減らすことが重要です。
- 企業は、他社と協力し、先住民や地域社会が意思決定に関与できるようにすることが望ましいと考えられます。
2022年12月に、生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において画期的な昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)が採択され、196の締約国が2030年までに生物多様性の損失を食い止めるという公約に合意しました。4年間の交渉を経て、GBFは自然の保全とサステナブルな利用に向けて、23のターゲットを設定するなど、意欲的なゴールを掲げています。
GBF実施の鍵となるのが企業で、ターゲット15では「生物多様性への負の影響を徐々に低減する」ことを企業に求めています。世界の国内総生産の半分が、高度または中程度に自然に依存しているために、生物多様性の消失のリスクは高く、また、それについての研究も十分になされています。それでも、今すぐに正しい行動をとれば、年間約10兆1千億ドル相当の経済的機会を失わずに済むのです。
生物多様性枠組を実現する5つの方法
ここでは、自然生態系の損失を食い止め、回復させる経済に移行していく上で、企業が主導権をとれる5つの方法を紹介します。
1.評価と情報開示
生物多様性枠組は、すべての企業に対して生物多様性に関する情報の把握と開示をするよう求める、強力なメッセージです。経済活動は自然に大きな影響を与えていますが、企業の透明性は低レベルに留まったままです。
自社が自然に与える影響を評価している企業はわずか5%で、自然に対する依存について理解している企業は1%未満です。企業は、自社が自然に与える影響について、科学に基づいた見解を導き出し、生物多様性のホットスポットや、自社の事業を危険にさらす潜在要因を特定する必要があります。
ターゲット15において、すべての大企業と金融機関に対して「生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存及び影響を、定期的にモニタリング、評価、透明性をもって開示すること」を第一歩として掲げているのはこのためです。これには、事業、製品、サービスが生物多様性に与える影響を評価し、その進捗を報告することが含まれています。
これを行うためには、生物多様性に対する貢献度を確実に測る指標が企業に必要であり、企業はその指標が、財務目標と同等に扱われるよう、既存のガバナンス体制に組み込むことが求められます。「自然に対するハイレベルなビジネス行動」というガイダンスは、企業が影響を評価し、目標を設定し、行動を起こして進捗状況を公表するためのツールと枠組を概説するものです。
2.環境に悪い行動を減らす
企業は、自然に負の影響を与える行動を回避するか、そのような行動を大幅に減らす必要があります。生物多様性枠組のターゲット7では、汚染の低減、ターゲット16では、世界で廃棄される食料の削減を掲げています。
企業は、環境に配慮した技術や手法に投資することで、天然資源への依存を軽減することができます。例えば、循環型リサイクルやゆりかごからゆりかごまでと言われるアプローチによって、天然資源を採取する必要性を大幅に低減でき、使用後の廃棄物を削減できるので、生物多様性への影響を減らすことが可能です。
また、これらのアクションは、コスト面でも大きな見返りがあります。例えば、自動車分野では、材料の再利用とリサイクルを最大化することで、2030年までに年間8700億ドルのコスト削減が可能になります。
一年に世界で廃棄される食料は、全体の約40%にも上り、農業、食品、サービスの各セクターは行動を起こさなければなりません。家庭の食卓に届かない食料の半分は、農場またはその周辺で廃棄されていることから、ビジネスの観点からも食料廃棄への取り組みは不可欠です。需要予測の精度向上やサステナブルな作物管理手法の採用で作物に対する環境リスクを回避・低減するなど、生産者サイドでも対策が可能です。
小売・消費サイドでは、企業は貯蔵・輸送方法を改善し、製品のトレーサビリティを向上させ、食品ロスのホットスポットを特定するテクノロジーに投資することができるでしょう。一回の食事の量を管理したり、残りものを再利用したりするといった、よりシンプルな方法で廃棄物を大幅に削減できることも忘れてはなりません。
「家庭の食卓に到達しない食料の半分は農場またはその周辺で廃棄されていることから、ビジネスの観点からも食料廃棄への取り組みは不可欠なのです。」
”3.環境に良い行動を増やす
特別な対策を取らないこれまで通りのシナリオでは、特に、資源への依存度が高い企業に固有のリスクがあることが分かっています。これは悲観的にも見える見解ですが、幸いにして、空間と時間があれば、自然の再生は可能です。
生物多様性枠組のターゲット3は、生態系の少なくとも30%を再生させることを求めています。生物多様性が豊かであることは、生態系の健全性を示す重要な指標であり、企業の回復力を向上させるものです。保護地域や自然保全対策に投資することで、企業は自然再生に寄与し、自社と消費者基盤の土台となる生態系を保護することができるのです。
ターゲット10では、生物多様性の枠を超えた恩恵をもたらすような、サステナブルな土地利用と資源管理を求めています。例えば、米国全海域の5%で環境再生型養殖が実施された場合、1億3,500万トンの二酸化炭素を吸収し、数百万人の雇用を創出することができます。
さらに、木材、パーム油、大豆、牛肉など、管理が不適切であると自然に長期的な影響を与える物資については、企業がサプライヤーに厳しい持続可能性基準を課すことでサステナブルな調達方針を採用することができます。森林管理協議会などの第三者認証制度は、サステナブルな経営の識別・表明に利用できる有用なツールです。
生物多様性に取り組む企業は、消費者やステークホルダーとの信頼を培う一方で、サプライチェーンのリスクに対応することで、恩恵を受けることができます。
4.包摂的で公正な行動を
生物多様性枠組を確実に実施するためには、各生態系における人間の役割を見過ごすことはできません。GBFのターゲット22で、普段は軽視されがちな先住民や地域社会(IPLC)が意思決定に参加することを呼びかけているのは、このためです。
先住民は、数でいうと人口の5%ですが、推定では、地球の生物多様性の80%を保全する重要な役割を担う存在です。IPLCは南極大陸以外の陸地と内陸水域の少なくとも32%を所有または管理し、私たちが取り入れるべき解決策を実施してきたのです。
ステークホルダーとの協議や地域社会の関与を標準的な方法とすることで、企業は先住民の知識から恩恵を得ることができます。それが先住民や地域社会の権利と生活を尊重し、ひいては地域社会への影響を軽減することにもつながります。
このアプローチの必要性が特に高いのは、消費財、食品、農林水産業、採取産業、インフラ、水道事業などの分野です。
5.連携が実現への道
自然を保全する取り組みは、孤軍奮闘で実を結ぶことはありません。より良い成果を上げるには、連携が必須です。企業は、資源や知識を共有し、コストやテクノロジー利用などの障壁を乗り越えるため、パートナーシップの構築や、イニシアチブへの参加が必要でしょう。連携の代表例としては、チャンピオンズ・フォー・ネイチャー(Champions for Nature)、自然資本コアリション(Natural Capital Coalition)、ビジネス・フォー・ネイチャー(Business for Nature)などの、コアリションなどがあります。
企業はまた、自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-Related Financial Disclosures)(TNFD)フォーラム、科学に基づく目標ネットワーク(Science-Based Targets Network)の、企業エンゲージメントプログラム、GRIの公開協議などを通じて、継続的な枠組構築に向けた公開協議や作業部会に貢献することもできます。
専門分野のイニシアチブと研究は、生物多様性枠組に関連した業界特有の環境課題に対応する企業に対する支援となります。世界経済フォーラムや企業CEOの連合体である、持続可能な開発のための世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development)(WBCSD)、ビジネス・フォー・ネイチャー、TNFDなどの組織は、今年、企業と連携してセクター別のガイダンスを策定しています。
自然破壊は企業の長期的な存続に対する深刻なリスクですが、団結して迅速な行動をとらない限り、COP15で設定された意欲的な目標の達成は遠のいてしまうでしょう。幸いなことに、企業の指針となるツール、コミュニティ、枠組、基準は数多くあります。
生物多様性枠組の実施で先を進む企業は、新製品やビジネスモデルを開発し、価値提案や社会的評価を向上させ、運営コストを削減することで、新たな市場への参入が可能となります。
企業は、生物多様性の損失を阻止することで長期的な利益を確保するとともに、企業、社会、自然界の共存を実現できる経済に資することができるのです。
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