気候対策

比較可能なESG報告書が、投資家にとって極めて重要な理由

At a critical time for the climate, companies are coming under increasing pressure to show that they are taking action

気候変動が重要な局面を迎えている今、企業は行動を具体的に起こしていることを示す必要性に迫られています Image: REUTERS/Tom Nicholson - RC2QZN9EJU1G

Maha Eltobgy
Vice-President, Resource Mobilization and Strategic Partnerships, Rockefeller Foundation
Tom Brown
Director, ESG Special Adviser, KPMG International
Nadja Picard
Partner, Global Reporting Leader, PwC, Germany
  • 投資家は企業に対し、気候変動対策への一層の取り組みを求めています。
  • 現時点では、企業のレジリエンスや、環境・社会・ガバナンス(ESG)課題への対応状況を測定するための、比較可能で透明性の高いデータは存在しません。
  • 世界経済フォーラムの「ステークホルダー資本主義メトリクス」を支持することで、投資家は世界中のESG報告の改善に貢献することができます。

この記事で取り上げたテーマについては、コミュニティ・ペーパー「ステークホルダー資本主義メトリクス:投資家の視点」を読むことで、さらに深く掘り下げることができます。

今年は、気候変動分野において非常に重要な年です。国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の開催まであと数ヶ月となりましたが、新型コロナウイルス感染拡大による影響や温室効果ガス削減の公約にかかわらず、世界の二酸化炭素排出量は増え続けています。取締役会は企業に更なる改善を求める投資家からの圧力にさらされており、最近では、「物言う株主」であるエンジン・ナンバーワン社が提案した取締役候補3人が、エクソンモービル社の取締役に選任されたことが話題になりました。また、リーガル・アンド・ジェネラル社は、気候変動リスクへの対応が不十分として4社をダイベストメント(投資引き揚げ)の対象とすると発表したほか、ブラックロック社は2021年第1四半期に、気候変動や社会問題に関する提案の75%を支持しました。

投資家は今、気候変動に対して行動をとらないことを重要なリスクとみなしています。457の投資家を代理し41兆ドルの資産を運用しているグループは、「気候変動対策レースでトップを目指す」ことを呼びかけ、更に「低すぎる目標設定と、遅すぎる動き」をしていれば、もたもたしているうちに何兆ドルもの投資を逃すことになると警告しています。

気候変動が取締役会の議題として取り上げられるようになってきていますが、問題はそれだけではないということを投資家は認識しています。地球や人間、社会に悪影響を及ぼすリスクは、より広範囲にわたっています。例えば、人権分野の機関投資家イニシアチブのメンバー208社は企業に対し、コミットメントの強化、厳格なデューデリジェンス、透明性の高い改善策、報告の改善などを通じて、人権分野の行動を加速させるよう2月に呼びかけました。また、2020年にワールド・ベンチマーク・アライアンスが評価したグローバル企業230社のうち、「人権に対し真剣に取り組む意思とコミットメント」を示した企業はほんの少数でした。

エデルマン社が機関投資家を対象に行った調査では、社会的要素とガバナンス要素の重要性が高まっていることがわかりました。

Institutional investors in the US rank social impact as the most important of the ESG elements
米国の機関投資家は、ESG要素の中でも「社会的インパクト」を最重要視している Image: Edelman

総体的に、大多数の投資家は、ESGを企業価値の中心ととらえています。エデルマン社の調査によると以下のことが明らかになりました。

  • 投資家の10人に9人は、今後半年の間に気候変動リスクへの取り組みを加速させる予定であり、取締役会には少なくとも1つの環境課題を監督することを求めている。
  • 投資家の88%は、ESGの取り組みを優先する企業は、優先していない企業よりも長期的なリターンを生み出す機会が多いと考えている。
  • 回答者の93%が、投資にあたって、アクティビスト(物言う株主)のアプローチに関心があり、アクティビズムが増加すると考えている。

投資家が、意思決定のためにより良い情報を求めていたとしても、すべての企業から一貫した方法で情報が得られているわけではありません。

いいとこ取りと見せかけの環境保護

投資家はポジティブな変化をもたらすきっかけとなることができますが、投資先企業に圧力をかけるためには、それらの企業がどの程度レジリエントで持続可能性があるか、質的・量的な情報が必要です。今のところ、世界共通のESG指標を用いた、一貫性があり比較可能な報告書はありません。

現在使用されているESG評価やランキングは600以上あり、データを利用する投資家や企業にとっては大きな課題となっています。ESGランキングが複数あると、最も良い評価を出しているプロバイダーを「いいとこ取り」して、上辺だけ環境保護に熱心であるように見せる「グリーンウォッシング」が可能になってしまいます。実際に多くの指標を用いて企業の進歩状況を比較することは、ほとんど不可能です。

この問題を解決するために、世界経済フォーラムのインターナショナル・ビジネス・カウンシル(IBC)は、デロイトEYKPMGPwC(プライスウォーターハウスクーパース)と共同で1年間のプロジェクトを立ち上げました。その目的は、企業が主な年次報告書で報告すべき21のESG中核指標を特定することで、断片化してしまったサステナビリティ報告書の現状を打破し、サステナビリティのグローバル基準の策定に向けたモメンタムを高めることにありました。

2020年9月に発表された「ステークホルダー資本主義メトリクス」は、既存の十数種類の枠組みから意図的に照合したものです。これは、あらゆる産業で簡単に報告できる簡潔かつ市場主導の既製のメトリクスです。

グローバルスタンダードが確立され、広く採用されるまでには数年かかるでしょう。それまでの間、ステークホルダー資本主義メトリクスは、企業が比較可能なESG報告をもとに今すぐ行動を起こし、来るべきグローバルな基準や規制に向けて準備するための貴重な手段となります。しかし、なぜ投資家がグローバルに認められたESG基準を支持すべきなのでしょうか?

1. 企業が、企業のために支援する

120以上の企業で構成される世界経済フォーラムIBCの最高経営責任者(CEO)は、ステークホルダー資本主義メトリクスに対して、関連するESGパフォーマンスの側面を測定・開示し、投資家やその他のステークホルダーに伝えられるようにすることを求めました。中核指標は、負の影響(温室効果ガス排出や強制労働など)だけでなく、より健全な社会や生態系の実現に向けて企業が実施している貢献も対象としています。これらの指標は、企業が最も重要なESGリスクと機会を取締役会レベルで特定するのに役立ちます。

2. 普遍的で比較可能なESG指標

この評価基準は、すべての地域のあらゆるセクターに共通して適用できるものです。これにより、投資家はすべての企業の進捗状況を中核指標で比較することができます。投資家やその他のステークホルダーが企業のパフォーマンスを完全に理解できるようにするため、企業は、業界や企業固有の重要な指標を報告する必要がありますが、ステークホルダー資本主義メトリクスはこれを代替することを意図したものではありません。完全性を確保し、いいとこ取りを避けるために、このメトリクスには「開示せよ、または説明せよ」という条項が設けられています。

3. 明確な目標が設定されたメトリクス

ステークホルダー資本主義メトリクスは、より多くの企業がこの基礎的なESGトピックについて報告するように設計されています。このメトリクスは、21の中核指標のみで構成されており、採用の普及を促せるように目標が明確になっています。これがなぜ重要かというと、例えば気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のガイドラインに沿って気候リスクを包括的に報告している英国の公開企業は、現在50社に満たないからです。より多くの企業にESG報告書を採用するよう促す上で、投資家は大きな役割を果たすことができます。ステークホルダー資本主義メトリクスはその手始めとして最適であり、すでに80社以上の大手企業がESG報告を取り入れるとしています。

4. 気候変動を超えて

気候変動は非常に重要な課題ですが、私たちが対処しなければならない環境影響はそれだけではありません。持続可能な価値を創造していくには、淡水、肥沃な土地、生態系の保護も不可欠です。より良く機能していない社会でビジネスを成功させることはできません。エデルマン・トラストバロメーターによると、ESGの3つの要素のうち、「社会」は投資家にとって他の要素と同程度に重要性が高まっています。そのニーズに沿い、ステークホルダー資本主義メトリクスは社会的影響と環境的影響の双方を取り込んでいます。

5. グローバルに認められたESG基準の策定に関わる有力な機関

米国証券取引委員会(SEC)欧州連合(EU)などの規制当局は、現在、サステナビリティ報告書に関する規則の義務化を検討しています。IFRS財団は、証券監督者国際機構(IOSCO)や基準設定主体などと協力して、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の下でのグローバルな解決策を検討しています。世界経済フォーラムのインターナショナル・ビジネス・カウンシルは、これらのプロセスに関与しており、ISSB技術作業部会のメンバーでもあります。これは、ステークホルダー資本主義メトリクスの企業コアリションがESGグローバル報告において発言権を持つことを意味します。

私たちは、ステークホルダー資本主義メトリクスをすべての投資家に支持し、企業がいますぐに利用できる手段となるよう働きかけています。また、グローバルに認められたESG基準の進展をサポートすることも極めて重要です。これらの推奨指標の報告を奨励することで、投資家は各自のポートフォリオのためにより信頼性の高いESG情報を得るという恩恵を手に入れることができるのです。

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