「適応性と専門性」東アジア・太平洋地域が求める未来の労働力
日本やオーストラリアのような先進国は、技能を持った移民の受け入れを拡大し、高齢化する労働力を補完しようとしています。 Image: Mimi Thian/Unsplash
- 東アジア・太平洋地域は、技術スキル、分析スキル、社会情動的スキルが組み合わさり、多様なスキルと革新的な開発の中心地として注目を集めています。
- 同地域では、64%の企業が人材の確保をビジネストランスフォーメーションの最大の障壁としています。一方、投資資本を障壁とあげた企業は28%に過ぎず、ヒューマンキャピタルが差し迫った課題であることがわかります。
- また、同地域は、人材流動性と職場におけるダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンの推進にコミットしています。
10億人以上の生産年齢人口を抱え、社会経済面の発展において多様性に富んだ東アジア・太平洋地域は、職場、仕事、スキル変革の最前線に立っています。デジタルトランスフォーメーションやエネルギー転換といったグローバルな潮流に加え、サプライチェーンの混乱、地政学的な不確実性、労働人口の高齢化、経済的不平等などがこの地域の労働市場の展望に影響を与えています。
世界45カ国を調査した、世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート2023」では、世界的な製造業拠点である中国やベトナムをはじめ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイなどの新興市場、そして、オーストラリア、香港特別行政区、日本、韓国、シンガポール、台湾など、東アジア・太平洋地域の12の経済圏が含まれています。
人材が真の変革の障壁
東アジア・太平洋地域では、投資資本の不足よりもヒューマンキャピタル(人的資本)が差し迫った課題として認識されています。同地域で調査対象となった企業の64%が、ビジネストランスフォーメーションの主な障壁として人材の確保をあげており、グローバル平均の53%を上回ります。特に、タイや韓国などの国では、経営幹部の4人に3人が、変革の最大の障壁として人材不足を指摘しています。
一方、投資資本の不足が変革を阻害している主な要因だとする経営幹部は28%に過ぎず、グローバル平均は37%とこれをやや上回る程度です。世界とのかい離が顕著だったのはベトナムで、投資資本の不足に対する懸念が最も少なく、資本不足がビジネスに対する潜在的なリスクであるとした回答者はわずか13%でした。
では、東アジア・太平洋地域の脆弱性はどこに潜んでいるでしょうか。同地域の雇用主の最大の関心事は、質の高い人材の雇用です。今後5年間で、人材の確保が難しくなるとする雇用主の割合は、前向きな見通しを立てている雇用主の割合をわずかに上回るに過ぎませんが(グローバル平均では前者が39%に対し、後者は36%)、同地域と世界基準が最も大きく異なる点は、人材の維持です。既存の人材の維持に懸念を抱いている企業は27%と、グローバル平均の20%を上回っています。マレーシアと韓国ではこの傾向が特に顕著で、調査対象となった雇用主の3分の1以上が、今後5年間の人材確保について厳しい見通しを立てています。
多様に組み合わされる、技術スキルと社会情動的スキル
中国・深センの科学技術エコシステムや、ジャカルタのソフトウェア拠点など、アジア太平洋地域はデジタルスキルの宝庫であると言えます。興味深いことに、同地域のスキルマトリックスは、プログラミングのソースコードやニューラルネットワークの構造に限らず、技術スキル、分析スキル、社会情動的スキルなどが組み合わさり、多様なスキル要素が混在しています。「仕事の未来レポート」は、世界経済フォーラムのグローバル・スキル・タクソノミー(分類法)を用いた調査から得た、現在および将来的に重要となるスキルの把握に役立つ世界中の雇用主の洞察をまとめています。
2023年に、アジア太平洋地域で最も重要視されているスキルは分析的思考で、この傾向はアジア開発銀行の予測によっても確認することができます。重要視されている現在のスキルに関して、最もグローバル平均との差が開いたのが、デザインとユーザー・エクスペリエンスおよび読み書きと数学でした。同地域では、31%の雇用主がこの2つのスキルを重視しているのに対し、グローバル平均ではそれぞれ24%、25%となっており、同地域の労働市場においてデジタル・インターフェースと基礎知識の両方を兼ね備えた労働力が求められていることが分かります。
また、東アジア・太平洋地域では、創造的思考の重要性が高まっていることを反映して、回答者の78%が、職場におけるその価値を認識してます。日本とシンガポールでは、調査対象となった経営幹部の5人に4人以上が、創造的思考の重要性は今後も増大していくと回答。この予測は、PwC(プライスウォーターハウスクーパース)が同地域で行った最新の調査結果と一致しており、従業員に対する調査では、今後5年間で、クリティカルシンキング(66%)などの対人能力が、技術的スキルや主要なビジネススキルよりも高く評価されるようになるとの回答が得られています。
さらに、国際的なサプライチェーンに組み込まれた経済に不可欠なグローバル・シティズンシップの重要性も高まっています。例えば、香港特別行政区(56%)とインドネシア(56%)では、このスキルへの需要がグローバル平均を20%も上回っています。一方、マーケティングとメディア、手先の器用さ、持久力、精度に関するスキルの重要性は、より低くなるであろうと雇用主は回答しています。
今後5年間で、分析的思考、AI、ビッグデータが、グローバルなリスキリングの流れに追随する中、アジア太平洋地域では、独自の視点で企業のリスキリングとアップスキリング(技能向上)の取り組みが行われてます。21%の組織が、システムシンキングを研修プログラムの優先事項としていることは、統合的かつホリスティック(全体論的)な課題解決アプローチに対する需要が同地域で高まっていることを示しています。オーストラリアでは、雇用主の4分の1以上(26%)が、システムシンキングに関するリスキリングとアップスキリングのプログラムに投資をしたいとしています。
DEIの推進により、人財流動性を高める
複雑に相互接続された今日の世界において、アジア太平洋地域では、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DEI)を推進して地域の人材流動性を高める動きが、労働市場に大きな影響を与えています。インドネシアやタイでは、若い多様な人材のポテンシャルを最大限に活用している一方、日本やオーストラリアなどの先進国は、技能を持った移民の受け入れを拡大し、高齢化する労働力を補完しようとしています。
東アジア・太平洋地域では、組織の成功を後押しするDEI政策の価値が広く認識されています。地域の人材確保を目的としたDEIイニシアチブに強いコミットメントを持つことは、仕事の未来レポートの調査データからも明らかで、世界全体の指標が18%であるのに対し、同地域では23%となっています。その一例として、資生堂は、女性のアップスキリングを促進し、役員レベルでのジェンダー・パリティ(ジェンダー公正)を加速させたことから、世界経済フォーラムの2023 Diversity, Equity and Inclusion Lighthouses(2023年ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン・ライトハウス)に選定されました。同地域では、グローバル平均の67%を上回る77%の企業が、DEIプログラムを導入していることからも、ダイバーシティへの関心の高さがうかがえます。
こうしたイニシアチブには、管理職とスタッフ向けのDEI研修や、フィジカルおよびデジタルプラットフォームのアクセシビリティ向上が含まれるのが一般的です。同地域では、多様な人材の確保への関心がより高く、グローバル平均が10%であるのに対し17%となっています。特に、インドネシアは、多様な人材の育成に最も強い関心を示し、29%の企業がこうした取り組みを支持。これに続くのは韓国で、25%の企業が同様の取り組みに力を入れています。国際労働機関は、アジア太平洋地域の労働者は、他の地域と比較してよりインクルーシブな環境で働いている傾向があるとしています。
同地域がグローバルな人材の拠点として発展しつつあることが、包摂的な環境づくりの重要性を強調しています。公共政策、特に、海外人材に関する移民法への同地域の見解は先進的です。アジア太平洋地域の雇用主の41%が、人材確保の強化に向けた移民政策の変更を支持。これは、グローバル平均の28%を上回っています。中でも、シンガポールやベトナムは、回答者の60%がこうした政策変更を支持しています。
興味深いことに、同地域では、人材戦略としてリモートワークを導入する姿勢は控えめです。国境を越えたリモートワークを業務に不可欠とする雇用主はわずか8%で、グローバルな見解と一致しています。マレーシアやインドネシアなどの特定の市場では、こうした慣行を採用する意欲は3%程度と、さらに低くなっています。
こうした状況を踏まえると、企業は、変化するスキルの優先事項に合わせて戦略を調整するべきでしょう。雇用情勢が急速に変化する中、将来の労働力には適応性と専門性の両方を持つことが求められます。東アジア・大洋州地域は、グローバルで複雑な人材エコシスステムにおいて、人材流動性、ダイバーシティ、インクルージョンを推進し続ける必要があります。
仕事とスキルに関する今後5年間の変化については、「仕事の未来レポート2023」とそのデータエクスプローラーで、国や地域ごとデータや洞察をご覧いただけます。同レポートの調査は、オーストラリア産業グループ(Aiグループ、オーストラリア)、早稲田大学(日本)、シンガポール経済開発庁(シンガポール)、チュラロンコン大学ビジネススクール(タイ)の協力のもと実施されました。
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