食料安全保障をめぐる課題と気候変動は、強靱で効率的な農業・食料サプライチェーンの構築が急務であることを浮き彫りにしています。
農業データプラットフォームはインドのアグリテック業界を変革していますが、データだけでは成果につながりません。
この分野で拡張可能かつ持続可能な成長を実現するには、4つの主要な側面にわたる統合的なアプローチが必要です。
デジタル農業の可能性を引き出せば、推定650億ドルの経済価値が創出される可能性があると、全国ソフトウェア・サービス企業協会(NASSCOM)は述べています。この変革の中核にあるのがデータです。農業分野のイノベーションと効率性を実現する重要な基盤となります。
アグリテックのスタートアップにとって、堅牢なデータセットへのアクセスは、作物モニタリングツール、インテリジェントな助言アプリ、農業プロセスを効率化して農家を支援する意思決定支援プラットフォームなど、最先端のソリューションを開発するうえで欠かせません。同様に農家にとっても、生産性を高め、リスクを低減し、資源利用を最適化するための情報に基づく意思決定には、データから得られる知見が不可欠です。
データプラットフォームは、農業エコシステムの主要な構成要素、すなわち土地、土壌、種子、作物の健康状態、害虫の発生状況、気象パターン、市場動向、輸出予測などのデータを組み合わせ、リアルタイムの知見を生み出す強力な機能を備えています。しかし、農業データは複数の省庁、機関、研究団体、民間組織に分散したままです。データをほぼリアルタイムで統合できないことは、イノベーションを妨げ、アグリテック・ソリューションの拡張性に大きな障壁となっています。
食料安全保障や気候変動に関する課題が深刻化し、強靱で効率的な農業・食料サプライチェーンの構築が急務となるなか、相互運用可能なデータプラットフォームの開発はかつてないほど重要です。
インドのデータプラットフォーム
現在インドでは、データ主導型農業への道を開く革新的なデータプラットフォームがいくつか登場しています。Agristack、VISTAAR、Agriculture Data Exchange(ADeX)、Krishi DSSなどの取り組みがこの分野を変革しており、それぞれが多様な関係者に独自の価値を提供しています。例えば、次のようなものがあります。
VISTAAR(農業資源にアクセスするための仮想統合システム)は、小規模農家、政府、研究者が農業資源の一元的なリポジトリにアクセスできるようにする、農業省の先駆的な取り組みです。このプラットフォームは、農家やその他の関係者にリアルタイムの助言を提供することを目指しています。
AgriStack は、農業データ管理のための連合型データベースの開発を目指す政府主導の取り組みです。このプラットフォームは、農家の身分証明カード、地理参照付き村落地図、作付作物台帳という3つの基盤レジストリで構成されています。サプライチェーンの効率を高め、マクロレベルの作物計画を可能にすることを目指しています。
Agricultural Data Exchange(ADeX) は、世界経済フォーラムとインド理科大学院の支援を受けてテランガーナ州で立ち上げられました。ADeXは、AgriJSONなどの標準化された形式を通じて、データ提供者と利用者の間の安全なデータ交換を促進します。現在、このプラットフォームには39のデータセットが収録されており、土壌検査、気象パターン、作物動向、市場データを網羅しています。農家の利益につながる革新的で個別化されたソリューションを、アグリテックのスタートアップが開発できるようにします。
Krishi Decision Support System(Krishi-DSS)は、農家にリアルタイムで場所に応じた助言を提供するため、インド宇宙研究機関(ISRO)と農業・農民福祉省が開発したデジタルプラットフォームです。地理空間データ、気象情報、作物別の知見を統合し、農業計画と資源利用の最適化を支援します。
農業データの多様性と複雑さ、そして連合型データエコシステムの技術面・運用面での必要性を踏まえると、多様な機能を持つデータプラットフォームが近くさらに複数設立される可能性が高いと考えられます。
世界経済フォーラムはテクノロジーを活用して、どのように農家を支援しているのでしょうか?
データプラットフォームだけで十分でしょうか?
農業分野のデータプラットフォームが増えるにつれて、デジタル農業の可能性を最大限に実現するには、こうしたプラットフォームは必要ではあるものの、それだけでは不十分であることがますます明らかになるでしょう。例えば、同意に基づくデータ共有を可能にする堅牢なデータ管理の枠組みがなければ、利用者はプラットフォームの利用をためらい、結果として普及や効果が制限されるおそれがあります。また、特に急速に進化するインテリジェント時代においては、利用者の信頼を保ち、継続的な利用を確保するために、プラットフォームの定期的な更新と改善も不可欠です。
データプラットフォームの変革をもたらす可能性を最大限に引き出すには、それを支え、実現を後押しするエコシステムを構築する必要があります。そのためには、事業価値、テクノロジー、プロジェクト実施戦略、法的枠組みという4つの主要な側面にわたる連携が求められます。以下では、政策立案者、アグリテックのスタートアップ、開発団体、NGOなどの関係者に向け、進行中および今後の取り組みを支える実行可能な知見と主要な提言を紹介します。
1. 事業価値の側面
データプラットフォームが関係者、とりわけ農家にもたらす変革的な恩恵を重視します。情報に基づくデータ主導型の意思決定を可能にし、農業の生産性と収益性を高めます。
データプラットフォームは、明確に定義されたユースケースを中心に構築し、データ共有の目的を明確にするとともに、具体的で大きな効果をもたらすサービスや成果の提供に結び付けるべきです。
政策立案者は、スタートアップや企業がデータプラットフォームを活用して事業ソリューションを開発できるよう、金銭的なインセンティブを提供し、支援策を整えることができます。それにより、エコシステム全体での長期的な関与と価値創出を確保できます。
2. テクノロジーの側面
円滑なデータ交換、安全な保管、有意義な分析を可能にする堅牢な技術インフラと標準の重要性を強調します。これらは、アグリテック・システムへの信頼を築くうえで欠かせない要素です。
農業エコシステムの関係者に提供する革新的なデジタルサービスについて、汎用的なニーズと個別のニーズの双方に応えるデジタル公共インフラ(DPI)を確立するには、多様な関係者によるアプローチが必要です。
政府は、イノベーターがプラグ・アンド・プレイ型のアーキテクチャを利用できるよう、オープンAPIを推進し、相互運用性の標準を確立すべきです。例えば、ADeXで採用されているAgriJSONなどのデータ形式を標準化すれば、システムの互換性とイノベーションを大幅に高められます。
アグリテックのスタートアップは、強力な暗号化プロトコルの採用、定期的な監査の実施、データプライバシー法の遵守を通じて、サイバーセキュリティを優先しなければなりません。こうした対策は、機微な農業データを保護し、利用者の信頼を育むうえで不可欠です。
国内外で複数のデータ交換プラットフォーム(DXP)が登場する見通しを踏まえ、DXP間のデータ移転を定めるインターネットプロトコルが不可欠です。

3. 法的側面
農家やその他の関係者の個人データを保護し、データの収集、共有、利用における倫理的な慣行を促進する、明確で先を見据えた法的枠組みの重要性を強調します。利用者の信頼を築くには、法的な明確さと権利に基づくアプローチが必要です。
政府は、十分な情報に基づく同意、データへのアクセス、利用を拒否する権利など、個人の権利に根差した柔軟なデータ保護の枠組みを制定すべきです。世界的な整合性と信頼性を確保するため、EUの一般データ保護規則(GDPR)やインドのデジタル個人データ保護法(DPDP法)など、国際基準に沿ったものとする必要があります。
農業データの責任ある収集、共有、保護、利用を確保するため、データガバナンスの慣行を監視する規制機関のネットワークを構築しなければなりません。
4. プロジェクト実施の側面
効果と規模を最大化するため、データプラットフォームを戦略的に展開し、継続的に改善することに焦点を当てます。
政府は、関係者から意見を集め、データプラットフォームの長期的な効果を評価する専任機関を指定できます。エビデンスに基づく知見を活用し、既存の戦略を改善します。
実施パートナーは、データプラットフォームの継続的な保守と発展を担うチームを任命し、プラットフォームが有用性と利用者中心の姿勢を保ち、新たなニーズに沿うようにすべきです。
効果測定の明確な方法を示す標準的な実施ガイドを作成し、プロジェクトの成果における透明性、一貫性、説明責任を促進できます。
データエコシステムの構築
インドをはじめとする開発途上国におけるデジタル農業の将来は、農業データプラットフォームの賢明かつ戦略的な活用にかかっています。こうしたプラットフォームには、農業を変革するだけでなく、世界規模に拡大し、農業システム全体に広範な効果をもたらす大きな可能性があります。
しかし、プラットフォームの認知度を高めるだけでは不十分です。データプラットフォームの真の効果は、統一性のある、よく設計されたエコシステムの強さに左右されます。そのためには、複数の分野にわたる連携が必要です。
政策立案者は、基準を推進し、イノベーションを促す先見性のある政策を形づくるうえで重要な役割を担います。その政策は、財政面の持続可能性と規制の明確さに支えられる必要があります。
民間セクターは、データ主導型農業の基盤となる、安全で拡張性があり、相互運用可能なデジタルインフラの開発を主導しなければなりません。
市民社会組織と研究機関は、地域レベルでの普及を主導し、知識の共有を促進するとともに、個人の権利を守りながら、イノベーションを最終段階まで届けなければなりません。
事業、テクノロジー、法制度、実施という4つの主要な側面にわたる取り組みを連携させれば、生産性を高め、食料安全保障を強化し、農業分野の長期的な持続可能性を確保する、強靱で包摂的なデータエコシステムを構築できます。


