欧州では近年、疾病の集団発生、紛争、異常気象など、前例のない数の緊急事態に直面してきました。
世界保健機関(WHO)の経験によれば、災害が起きた際、最も危険にさらされやすいのは、一般に、すでに脆弱な立場にある人々です。
特に非感染性疾患を抱える人々にとって、緊急事態や災害が健康にもたらす「見えない」影響に、なぜ、そしてどのように備えるべきなのかを説明します。
私たちは複合危機の時代に生きています。ここ、世界保健機関(WHO)欧州地域では近年、疾病の集団発生やパンデミック、紛争の大幅な激化、異常気象、自然災害や人為的災害など、前例のない数の緊急事態に直面してきました。
さらに欧州地域では、強制移動や移住の負担が増大しています。その多くは紛争や大惨事によるもので、現在、国際移民人口の3分の1を超える人々を受け入れています。
この2年間だけでも、ウクライナでの全面戦争により、ウクライナ人540万人が欧州各地で庇護または同様の保護を申請するに至りました。推計では、子どもを含むウクライナ人1,000万人がメンタルヘルス上の問題を抱えるリスクにさらされています。こうした状況すべてが、危機が恒常化しているという感覚につながっています。
WHOは保健緊急事態への対応に75年以上携わるなかで、緊急事態が起きたとき、最も危険にさらされる可能性が高いのは、多くの場合、すでに脆弱な立場にあった人々だと学んできました。これには、危機が起きるずっと前から医療を必要としていた人々や、非感染性疾患(NCDs)、あるいは心疾患、がん、喘息、糖尿病などの慢性疾患を抱えて暮らす人々が含まれます。
しかし、自然災害であれ人為的災害であれ、緊急事態が起きると、最も目に見える被害者は、紛争の暴力や自然災害の危険に直接巻き込まれた人々です。こうした深刻で、救命のために緊急対応を要するニーズを見過ごしてはなりません。同時に、緊急事態や災害が健康にもたらす「見えない」影響にも備える必要があります。
災害が健康にもたらす「見えない」影響
戦争が始まって間もないころ、ベラルーシとの国境に近いウクライナ北部を訪れた際、私はそれを目の当たりにしました。薬局もプライマリ・ヘルスケア診療所も、一軒残らず破壊されていました。私は、病気を管理するために欠かせない薬を入手できなくなり、ウクライナ国内のより安全な地域へ避難するお金も十分にない高齢の女性と話をしました。
彼女はその場にとどまり、戦争か病気か、どちらが先に命を奪うか分からないまま、死を待っていました。そこで私たちはウクライナ保健省と協力し、少なくとも患者が非感染性疾患や慢性疾患の管理に必要な薬を入手できるよう、地域に薬の自動販売機を設置しました。
私たちは何度も同じ光景を目にしてきました。紛争に巻き込まれたがんや糖尿病の患者が処方薬を見つけられず、健康に深刻な影響が及ぶ。自然災害による停電や断水のなか、慢性疾患を抱える高齢者が一人で対処せざるを得なくなる。あるいは、免疫機能が低下した人々が、猛暑のさなか自宅で孤独に命を落とす。
こうした危機は、さまざまな衝撃が互いに波及し、感染症と非感染性疾患、環境の健康と個人の健康、ある国の健康上の課題と隣国の課題との間に私たちが設ける恣意的な区別を曖昧にすることを示しています。
次の危機が訪れたとき、誰が最初に命を落とすかを予測するのは、悲劇的なほど簡単です。社会のなかで力や資源に最も乏しい人々、健康上の蓄えが最も少ない人々、たとえば幼い子どもや高齢者、そして既往症を抱えて暮らす人々です。
昨年、トルコとシリアで壊滅的な地震が起きた後、国際緊急医療チームは圧挫損傷の患者を治療する準備を整えて現地入りしました。しかし、多くのチームはプライマリ・ヘルスケアの提供に重点を置き、地震の被災地域の人々が日常的な医療ニーズへの対応を続けられるよう支援しました。
ウクライナでは、紛争が続くなか、NCDに関連する死亡が増え続けています。心臓や呼吸器の疾患を何年も適切に管理してきた人々が、突然、命を落とす差し迫った危険にさらされています。
慢性疾患の患者を支える取り組みの強化が必要だということは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでも明らかになりました。当初、私たちはSARS-CoV-2ウイルスの拡大阻止に重点を置いていましたが、日常的な保健サービスも維持しなければならないと、すぐに理解しました。私が求めるのは、この二本立ての対応を、あらゆる緊急事態、あらゆる危機、あらゆる災害に適用することです。
繰り返しになりますが、WHO欧州地域では、非感染性疾患が圧倒的に主要な死因となっています。主なNCDsである心血管疾患、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患の4つを合わせると、地域全体の死亡の実に90%を占めます。日常的な保健プログラムと同様に、緊急事態においても、これらの疾患への対応を優先しなければなりません。
非感染性疾患の予防は、 複合危機の時代におけるあらゆる保健政策の礎でなければなりません。NCDsの予防に力を入れるほど、緊急事態が起きたとき、人々と保健システムのレジリエンスが高まるからです。
「見えない」患者を支える解決策を見つける
そのため今週、WHO欧州地域事務局はデンマーク政府とともに、人道的状況下におけるNCDsに関するハイレベル会合を共催し、各国が解決策を見いだせるよう、指導者や意思決定者を集めています。
各国が国連の持続可能な開発目標でNCDsによる早期死亡を減らすことを約束していることもあり、今こそ「見えない」患者に光を当てるときです。
世界経済フォーラムは、医療システムの改善に向けてどのような取り組みを行っていますか?
保健・ヘルスケアセンターは、アクセス、公平性、レジリエンス、備えなど、世界各地の保健システムが直面する課題について理解を深めるため、リーダーたちを結びつけています。
信頼に基づく対話と官民連携を通じて、同センターはパートナーが共通の優先課題に沿って連携し、健康上の成果を高めるための集団的な取り組みを前進させられるよう支援します。
将来のパンデミックや増大し続ける気候変動の影響など、明日の課題に対応できるレジリエントな保健システムの構築を目指すうえで、NCDsを抱えて暮らす人々の正当なニーズに十分応える緊急時の政策と計画を策定する必要があります。
NCDsは、私たちのほぼ全員が人生のどこかで影響を受けるものです。したがって、緊急時にNCDsに対応することは選択肢ではなく、レジリエントな人々と社会を築くために不可欠です。糖尿病を抱えて暮らすウクライナの10代の若者、アルトゥールが見事に語っているように、「難民として生きるのは簡単ではありませんが、糖尿病を抱えて生きるのはさらに大変です。」
