南北朝鮮が来月の平昌冬季五輪で、青と白の朝鮮半島旗を掲げてともに行進する計画は、かつての敵対国の関係が温暖化した時代を象徴する旗の復活を意味する。
両国は、2000年の五輪で味わったのと同じような「喜ばしい雰囲気」を期待しているだろう。当時、両国の選手は初めて統一旗の下で入場行進し、シドニーの五輪スタジアムで観客の総立ちの拍手に迎えられた。
白地に青で朝鮮半島を描いた「朝鮮統一旗」の起源は1989年にさかのぼる。この年、南北朝鮮は、1990年のアジア大会で合同チームを編成する可能性に備え、新しい旗を使うことで合意した。

同大会での合同チーム結成計画は頓挫したものの、旗は1991年に初めて公の場に登場した。ソウルと平壌が合同チームを結成し、日本で開催された世界卓球選手権に出場した際のことだった。
合同の朝鮮女子チームが金メダルを獲得すると、旗が勝利を祝して掲げられ、南北どちらの国歌の代わりにも、伝統的な朝鮮民謡「アリラン」が演奏された。
この感動的な場面は後に、韓国で人気を博した映画の題材となった。
韓国が1998年から2008年にかけて北朝鮮との関係改善を図った「太陽政策」の時代には、両国の選手は統一旗の下でともに行進するため、2004年のアテネ夏季五輪や2006年のイタリア・トリノ冬季五輪、シドニー五輪など、いくつもの主要大会でこの旗を使った。
南北朝鮮は2000年の大会ではそれぞれ自国の旗と国歌を用いて別々に出場し、その後の五輪でも同様だった。
2007年、当時の韓国大統領、盧武鉉が北朝鮮入りし、北朝鮮の前指導者、金正日と首脳会談を行った際、国境には大きな「統一」旗が掲げられた。
しかし、韓国で保守派の李明博政権が発足した2008年以降、この旗は注目度の高い公の場に姿を見せていない。韓国が北朝鮮の責任だと非難した韓国軍艦の沈没を受け、2010年に両国関係は急速に冷え込んだ。平壌は関与を否定したが、北朝鮮が国連制裁に反して核・ミサイル計画を加速させるなか、関係は悪化し続けている。
南北朝鮮は平昌冬季五輪で合同出場し、統一旗を使うことで合意したものの、まだ最終決定には至っていないと、大会組織委員会の関係者がロイターに語った。
南北朝鮮の代表は土曜日、スイスのローザンヌで会合を開き、国際オリンピック委員会(IOC)とこの問題を協議する。
平昌五輪で韓国の「太極旗」に代えて統一旗を使うことに反対する韓国人もいるが、この旗は今なお平和の力強い象徴だと、統一旗を製造する会社の経営者、張萬載は語った。
「思想は異なっていても、この旗は一体感を与えてくれる。それは良いことです」と張は語った。
「北朝鮮の国旗を作るのには抵抗がありますが、この旗なら、間違いなく作り続けられます」

