24.07(気候変動の倫理)の授業で印象に残った場面を学生に尋ねると、決まって思い出すのは、哲学教授のキャスパー・ヘアが用意したチョコレートを賞品にしたゲーム理論の演習、囚人のジレンマだ。
「ゲーム中、ある女子学生は協力しようとしていたのに、利己的な行動を取った人に負けてしまい、その人が勝ったんです」と、2年生のクレア・マクギニティは振り返る。「結局、彼がチョコレートを全部持っていって、キャスパーは容赦しませんでした!」
協力と利己心を対立させる戦略的状況である囚人のジレンマは、急速に温暖化する世界で生じている難題について考えるのにうってつけだと、ヘアは示唆する。
「気候変動について言えば、短期的にはSUVを運転することで個人として得をする人もいるかもしれません。しかし、私たち全員がむやみに炭素を排出すれば、誰も排出しない場合より、全員がひどい状況に陥ります」とヘアは言う。「いずれ、協力して排出量を減らすことが誰にとっても最善だと、皆が理解する時点に至るかもしれません。」
道徳哲学者の手法を気候問題に応用する
「気候変動の倫理」では、道徳哲学者の手法を、非常に大きな問題群に適用する。気候変動がもたらす脅威の本質は何か。不確実性を踏まえ、何をすべきか。行動を起こすべきなのは個人か、それとも政府か。現世代には、将来の市民に代わって行動する責任があるのか。
哲学教授のキエラン・セティヤが、この授業の開講を発案した。「覚えている限りずっと、気候変動に関心を持ち、懸念を抱いてきました」と彼は言う。その後、2014年にMITに着任し、Fossil Free MITのグループと関わる中で、セティヤは授業を開くことを決めた。「このテーマに継続的に関心を向けるきっかけになると思いました」と彼は話す。
セティヤは、同じ学科の同僚であるキャスパー・ヘアとともに、気候変動をめぐる問題について議論するための厳密な基礎を提供する授業の構成に取り組んだ。「気候変動は典型的な道徳問題です。私たちの行為が、知らない他者に害を及ぼす可能性があるからです」とヘアは言う。「しかし、害に至る因果の道筋は複雑で、気候変動や対策の可能性をめぐる議論の多くは大まかすぎます。」
「気候変動に不安を感じるところから出発し、リスクや起こりうる結果、そして私たちの決定がそれらに影響するさまざまなあり方について、より明確に理解できるようになってほしいのです」とセティヤは言う。
「数学っぽい」道徳論
この授業では、現代の研究者による文献に加え、主張や議論を正確に組み立てる力を養うための講義や演習を行う。シラバスは一部の学生にとって意外なものだった。
「授業は最初に思い描いていたものとは違いましたが、結果的にはこの形になってよかったと思います」と、機械工学を専攻する2年生のセレナ・グロウン=ヘーバーリは言う。「気候変動に応用する意思決定の道徳的枠組みに重点が置かれていて、この大きな問題をさまざまな角度から見る方法を学べます。」
「哲学の授業を受けるのは初めてで、昔のギリシャの哲学者たちが座って話し合っている姿を想像していました」と、マクギニティは言う。彼女はMIT原子力研究所でオペレーターとして働き、航空宇宙工学を専攻することを検討している。「この分野で論理や、数学っぽい言葉を使うとは知りませんでした。想像していたよりずっと科学的です。」
物理学と生物・化学工学を専攻する4年生のサリーム・アルダジャニにとって、この授業とその厳しい取り組み方は、世界の見方を変えた。「応用的な側面を備えた純粋倫理学の授業に近いです。正しい問いを体系的に立てる方法を身につけられました。自分の義務や行動を導く道徳的な指針のようなものです」とアルダジャニは言う。サウジアラビア出身の彼は、将来、代替エネルギー技術に携わりたいと考えている。
この授業では、問題演習と異なり、数値で答えを出せない難しいテーマをいくつも扱う。「哲学の分野によっては、問題の全体像をどう捉えるべきかについて合意がない領域に、すぐ行き着くことがあります」とヘアは言う。「たとえば、壊滅的なリスクをどう考えるべきかについて、完璧な答えを示した人はいません。」
存在するか、しないか
さらに、頭を悩ませる「非同一性問題」がある。現在の行為が、そうした行為の結果としてそもそも存在しないかもしれない将来の人々に、害を及ぼしうるのかを問う問題だ。そのような行為を道徳的な観点から評価できるのだろうか。考えてみよう。
「今、気候政策を大幅に変えれば、将来生きる人々は、同じエネルギー政策を続けた場合に生きる人々とは別の人たちになるかもしれません」とマクギニティは言う。
「この議論を枠組みにすると、気候変動を防ぐ理由は、将来の人々に害を及ぼす可能性があるから、とは言えません」とグロウン=ヘーバーリは示唆する。「問題を解決しなくても、彼らの状況が悪くなるわけではないからです。」
「これは、将来世代に影響する行為について、私たちが用いる道徳的推論のあり方を改善することなのかもしれません」とアルダジャニは言う。「気候変動への対応は、害を避けたり世界をよりよくしたりするためではなく、排出量を減らすことで正義の義務を果たすためなのかもしれません。」
グロウン=ヘーバーリの言葉を借りれば、これは授業で扱う「頭がくらくらする問題」の一つで、教室を出た後も学生の心に残る。「この授業では、直感的に答えが出ない複雑なことを意識的に考え、一貫性と論理性をもって問いに取り組む方法を学べます。自分の行動を正当化する根拠も得られます」とグロウン=ヘーバーリは言う。
「気候変動に対してなぜ行動すべきなのかを本当に理解したいなら、この授業を通じて、会議や専門家との対話で問題を筋道立てて話し、洞察に富む結論を導けるようになります」とアルダジャニは言う。
もちろん、これは教員にとって何よりうれしい言葉だ。
「MITの学生を教えることは、さまざまな形で影響をもたらす優秀な若者たちに投資することです」とセティヤは言う。「学生たちがこの問題について考え、理解を深め、さらに厳密な議論を通じてほかの人々と関わることで、気候変動への影響をより広げてくれることを願っています。」






