新たなCSIROのロードマップによると、水素は今後10年以内にオーストラリアのエネルギー事情において重要な役割を担い、天然ガスや蓄電池と競合する可能性がある。
水素ガスは、幅広い用途が見込まれる汎用性の高いエネルギーキャリアである。しかし、水素は大気中にガスとしてそのまま存在しているわけではない。そのため、水素を製造、貯蔵し、利用するには、エネルギー投入と一連の技術が必要となる。
なぜ、わざわざ水素を使うのか。蓄電池など他のエネルギーキャリアに比べ、水素にはいくつもの利点があるからだ。単一の製品で複数の市場に対応でき、低排出またはゼロ排出のエネルギー源を使って製造すれば、温室効果ガスの排出を大幅に削減できる。

蓄電池と比べると、水素は質量当たりに取り出せるエネルギー量が多い。そのため、蓄電池で走る電気自動車とは異なり、乗用車は給油せずにより長い距離を走行できる。燃料の補給もより短時間で済み、その優位性は今後も続くと見込まれる。
その利点は、大型車両ではさらに大きくなる可能性がある。バスやトラックはもともと重い荷物を運び、蓄電池の充電に長時間かかると、事業モデルに影響することがある。
水素はエネルギー貯蔵でも重要な役割を果たしうる。鉱山などの遠隔地での操業に加え、風力や太陽光といった再生可能エネルギーの発電量の変動をならすために、電力網でも貯蔵がますます必要になる。発電量が多い、または需要が低いときの余剰再生可能エネルギーを使い、水を電気分解して水素を製造する方法が考えられる。水素は圧縮ガスとして貯蔵し、必要に応じて燃料電池に供給して発電できる。
オーストラリアは液体燃料の輸入に大きく依存しており、現在、十分な量の液体燃料を備蓄できていない。水素燃料への移行は、この問題を緩和する可能性がある。また、水素はアンモニアやメタノールなどの工業用化学品の製造にも使え、石油精製に欠かせない原料でもある。
さらに、水素は温室効果ガスを排出せずに燃焼するため、熱を生み出す天然ガスの代替となりうる、数少ない環境負荷の低い選択肢の一つだ。
ロードマップは、今後数十年で水素の世界市場が拡大すると予測している。オーストラリア産水素の有望な買い手には、国内でエネルギーを生産する能力に比較的制約がある日本が含まれる。オーストラリアには太陽光、風力、化石燃料、利用可能な土地など豊富な資源があり、水素輸出のサプライチェーン構築に適している。
なぜ今、水素に取り組むのか
幅広い用途と利点を持つ水素への関心は、過去数十年にわたり「水素経済」をめぐって高まったり、しぼんだりしてきた。今回は何が違うのだろうか。主な動機は、低炭素エネルギーを供給できる水素の能力だが、現在の状況を過去と区別する要因はほかにもいくつかある。
私たちの分析によると、水素のバリューチェーンは現在、技術的には実用化の準備が整っているものの、商業的にはまだ採算が取れない段階にある一連の成熟した技術に支えられている。そのため、水素をめぐる議論は技術開発から「市場の活性化」へと移りつつある。
太陽光パネル産業は、こうした新興エネルギー産業の近年の先例となる。大規模な太陽光発電所は、政府の支援を受けずに魅力的な投資収益を生み出している。太陽光発電がこの転換点に達した主な要因の一つは、とりわけ中国で生産規模の拡大によるコスト低減が進んだことだ。注目すべきことに、中国は近年、水素を推進する立場を示し、輸送と分散型発電の両方での利用を掲げている。
ただし、太陽光発電は既存のインフラ(電力網)をそのまま利用できたのに対し、水素の場合はそれほど単純ではない。水素の製造と供給を支える技術は、用途そのものの開発と歩調を合わせて進展させる必要がある。
水素ロードマップ
こうした状況を踏まえ、CSIROの「国家水素ロードマップ」の主な目的は、オーストラリアにおける水素産業の発展に向けた青写真を示すことだ。すでに複数の取り組みが進むなか、産業界、政府、研究者が注力すべき分野と投資先を具体的に判断できるよう策定された。
まず、水素が他の技術と商業的に競争できる価格水準を算出した。次に、バリューチェーンをさかのぼり、特定した各潜在市場で水素が競争力を得るために必要な主要投資分野を明らかにした。そのうえで、2025年前後に実現可能な投資の優先事項がもたらす累積的な影響をモデル化した。

報告書から明らかになったのは、輸送や遠隔地の電力システムといった国内用途において、クリーン水素が既存の工業用原料やエネルギーキャリアとコスト面で有利に競争できる可能性が手の届くところにあるということだ。上流側では、低排出電力を安価に利用できること、設備の稼働率や規模などが、コスト削減を左右する主な要因となる。
一方、輸出産業の発展は、水素とエネルギー部門全体に変革をもたらす可能性がある。この産業が規模を拡大するのは2030年に近づいてからと予想されるが、それによりサプライチェーンの現地化、工業化、さらには技術製造の自動化が進み、設備の資本コストを大幅に削減できる。また、二酸化炭素回収・貯留を伴う化石燃料由来の水素の開発を可能にし、電気分解による大規模な水素製造向け再生可能エネルギーのコスト低下にもつながる。
産業、エネルギー、輸送をめぐる世界的な動向を踏まえると、オーストラリアで水素産業を発展させることは、経済に新たな成長分野を生み出す現実的な機会となる。比類のない資源、熟練した労働力、確立された製造基盤を備えるオーストラリアは、この機会を生かすうえで非常に有利な立場にある。ただし、この機会は自然に実現するものではない。





