レオナルド・ダ・ヴィンチは時代を先取りした環境保護主義者だったのか?

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レオナルドのノートには、植物や動物、それらと人間との関わり、地域の生態系における相互作用など、自然を描いた図が数多く収められている。自然界への深い関与によって、彼は時代を先取りした環境保護主義者となったのだろうか?

レオナルドはトスカーナの田園地帯で育った。アンキアーノの小さな村で幼少期を過ごしたが、成人後の大半は公爵や国王、王侯の宮廷で暮らした。

こうした後援者のための仕事には、自然に手を加える計画も含まれ、その多くは水路の管理に関するものだった。しかし、彼のスケッチを見ると、関心は依頼された計画の範囲を超えて広がっていたようだ。

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ミラノ郊外の別荘で友人たちと過ごし、近隣の田園風景を観察して庭園の設計図を描いた。また、晩年はフランスのアンボワーズ郊外にあった小さな田園の邸宅で暮らした。

初期の伝記作家の一人、ジョルジョ・ヴァザーリによれば、レオナルドは

馬をこよなく愛し、ほかのあらゆる動物も好んでいた。鳥を売る場所のそばを通りかかると、鳥かごから鳥を出し、求められた代金を払って空へ放ち、失われていた自由を取り戻させることがよくあったという。

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レオナルドは菜食主義者だったとも伝えられている。この説の根拠は、探検家アンドレア・コルサリが、肉を食べないグジャラートの人々(現在のインド)を「私たちのレオナルド・ダ・ヴィンチのようだ」と述べたことにある。

生涯にわたって書き込みや図を残した数多くのノートや紙片からは、猫やカニから花、木立に至るまで、自然をつぶさに観察し、そこから多くを学ぼうとする探究心がうかがえる。

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あるメモには、ただこう記されている。「ビアージョ・クリヴェッリの妻に、去勢鶏が雌鶏の卵をどう温め、孵化させるのか尋ねよ」

動物の習性についての理解は、彼らに帰したさまざまな感情的特性を示す寓話や格言の数々に生かされた。そこには感謝、怒り、残酷さ、寛大さなどが見られる。たとえば、子羊に「謙虚さの最も際立った例」が見られると述べている。

自然の気まぐれな残酷さ

しかしレオナルドは、自然の営みの暴力性にも心を打たれていた。自然は「むしろ残酷な継母」のようだと彼は書いた。「なぜ自然は、ある動物が別の動物の死によって生きることのないよう定めなかったのか?」

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彼はノートのあちこちに記した一連の謎かけを通じて、自然の気まぐれな残酷さを思い巡らせた。たとえばクルミの木についての記述では、人間がその実を味わう一方で木々に加える暴力を、感情を込めてこう表現している。「打たれ、その子を奪われ、皮を剥がれ、骨を折られ、砕かれる」

それでもレオナルドは、人間がほかの種に暴力を振るうことを、特に問題視していたようには見えない。彼自身の知識への探求と芸術的創造には、それが必要だった。

ヴァザーリは、若きレオナルドが盾に恐ろしい生き物を描こうとした逸話を伝えている。レオナルドは「この目的のために自室へ持ち込んだ。そこへ入ったのは彼自身と、トカゲ、バッタ、ヘビ、蝶、イナゴ、コウモリ、その他同類の奇妙な動物だけだった……」「部屋に充満する死んだ動物の臭いはひどかったが、芸術への愛ゆえにレオナルドはそれを感じなかった」

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ヴァザーリによると、レオナルドは「これを作るのに大いに苦労した」。しかし、彼の芸術のために命を犠牲にしたほかの種ほどではなかった。

ヴァザーリは別の逸話で、レオナルドがローマでジュリアーノ・デ・メディチに仕えていたとき、珍しいトカゲを見つけ、すぐに

ほかのトカゲのうろこで翼を作り、水銀を混ぜたものでその背中に取り付けた。歩くたびに翼は震えたという。さらに目と角、ひげを作りつけて手なずけ、箱に入れて飼った。

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ヴァザーリにとって、これらの逸話はレオナルドの「驚くべき神がかった」精神を示している。しかし、自然を人間の知識を広げ、環境を支配するための資源とみなす、彼の道具主義的な考え方を表しているとも解釈できる。

レオナルドの自然観

同時代の人々は、レオナルドと自然への関心に何か際立ったものがあると明確に感じていた。彼は近代以前の環境保護主義者のような存在だったのだろうか?

西洋の環境保護主義(それに先立つ自然保護運動)は、自然が技術によって制御されるようになって初めて可能になったと考えられることが多い。都市化が進み、中産階級が発展すると、自然に感傷的な思いを抱く人が増えた。

田園地帯で育ったものの、レオナルドは成人後の日常生活の大半を、王侯や国王に囲まれてヨーロッパの主要都市で過ごした。暖を取るために木を切ったり、食料のために動物を殺したりする必要に直接迫られることはなくなっていた。つまり、自然により感傷的な思いを抱く余裕があったとも言える。

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確かに、彼の繊細で見事な素描からは、自然界への深い感情と調和、そして鋭い感受性がうかがえる。それでも、自然の保護はレオナルドの念頭になかったようだ。

工業化の始まりとともに人類が引き起こした自然界の破壊について、彼はその速度も規模も目の当たりにしていなかった。むしろ、破壊を自然の循環の一部と理解していた。自然は「命を失うことを求め、絶え間ない再生だけを望む」と彼が書いたように、滅びと創造が一体となっている以上、守るべきものは何もなかった。

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