今日の気候変動対策に役立ちうる科学的思想を持った17世紀の哲学者

Vapour comes out of chimneys at a sugar processing factory in Miranda de Ebro, Spain, December 14, 2018. REUTERS/Vincent West - RC1D7B221200
“Everyone has a cave or den of his own.”Image: REUTERS/Vincent West
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私たちの暮らし方を根本的に変えなければ、世界は生態系全体の破壊、沿岸地域の浸水、そしてますます頻発する異常気象に直面する。最近の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書が発した警告は、こうした厳しいものだった。課題は途方もなく大きい。

この課題に取り組む方法の一つは、科学的思考が私たちのものの見方に革命的な変化をもたらした時代を振り返ることだ。17世紀、哲学者のフランシス・ベーコンは、自然界についての考え方を「大きく新たに出発」させるよう呼びかけ、当時の停滞した思想に取って代わる科学革命の幕開けを後押しした。現代最大の課題に取り組むには、今度は社会や政治についての考え方において、再び彼にならうのが得策だろう。

主要著作『ノヴム・オルガヌム』で、ベーコンは心に潜む「4つのイドラ」――誤った観念、あるいは「空虚な考え」――を指摘した。それらは「真理がほとんど入り込めないように人々の心を占めるだけでなく、真理が入り込むのを許されたときでさえ、それに反発する」。真の科学は、「それらすべてを否定し退け、そこから解放することで知性を浄化すると、厳粛かつ断固として決意すべきだ」と彼は述べた。

以下に挙げるベーコンのイドラは、もはや標準的な科学的思考には見られないが、私たちの道徳的・政治的思考には今も根強く残っている。直面する課題と、それにどう対応できるかを理解するうえで、有用な枠組みとなる。

種族のイドラ

ベーコンによれば、これらは「人間の本性そのもの……人間という種族に根ざしている」。ベーコンは、人間の理解力は「偽りの鏡のようなもので……自らの性質を物事の性質に混ぜ合わせることで、それをゆがめ、色づける」と述べている。

ベーコンはイングランドの法務長官と大法官も務め、後にセント・オールバン子爵に叙せられた。Image: ウィリアム・ラーキン(1617年)、ウィキメディア・コモンズ経由

ベーコンが指していたのは、周囲の世界に対する私たちの理解だった。しかし、彼の指摘は道徳にも当てはまる。哲学者のデール・ジェイミソンが論じているように、私たちが生まれながらに持つ道徳的理解力は、気候変動のような問題がもたらす道徳的な結果や責任を把握するには限界がある。そこでは、分散した人々の集団が、分散した別の人々に対し、時間と空間の広い範囲にわたって、広範に分散した被害を引き起こす。

「種族のイドラ」は自然に備わった生得的なものなので、変えるのは容易ではない。ジェイミソンが論じたように、それに対抗する方法の一つは、一人ひとりが意識的に環境に配慮した徳を育むことだ。たとえば、物質主義を退け、自分の重要性を過大視しない謙虚さを持ち、自らの生態系に広く共感することなどである。

洞窟のイドラ

ベーコンは「誰もが自分だけの洞窟や隠れ家を持っている。それは自然の光を屈折させ、色づける」と書いた。洞窟とは、それぞれの人が育ち、学んできた結果として身につける、その人固有の知識の集合体である。

近年、人々がオンラインでそれぞれの情報の閉じた領域を追うにつれ、こうした分断はいっそう進んでいる。たとえば英国では、地球温暖化は人為的な排出が原因だと考える人が大半を占める一方、かなりの少数派(25%)はそう考えていない。最近のIPCC報告書が発表された日、英国の報道機関の多くは、リアリティー番組に出演する2人の参加者が酒に酔ってキスをしたことをトップニュースにした。リアリティー番組で。

洞窟のイドラに対抗するには、教育、メディア、文化を通じて、気候変動をめぐる科学的な見解の一致が広く知られるようにしなければならない。

市場のイドラ

ベーコンによれば、これらは「人々の交わり、交流、商取引」から生じる。日常の言葉遣いは、「学識ある人々」の概念よりも「大衆の理解によって押しつけられる」概念を広めることで、世界に対する私たちの理解を損なうと彼は論じた。

現代の政治・経済の議論を支配する言葉も、同じように自然界との関係を損なっている。重視されるのは、幸福や持続可能性ではなく、利益、消費、絶え間ない成長だ。その結果、私たちの経済システムは環境に十分配慮したものになっていない。

フランシス・ベーコン著『学問の進歩』1674年版の扉ページImage: ウィキメディア・コモンズ

「ドーナツ経済学」や「脱成長」運動は、経済システムの枠組みを捉え直し、ベーコンの市場のイドラに対抗するための有用な提案だ。世界政治のレベルでは、国連の17の持続可能な開発目標が、気候変動に取り組むための基本的な政治用語を提供している。

劇場のイドラ

これらは「さまざまな哲学の教義から人々の心に入り込み……自ら創り出した世界を表すイドラ」である。宗教的、政治的、哲学的な先入観に基づく教義が、明晰で証拠に基づく世界の捉え方を損なう。

現代政治では、先入観に基づく教義が、しばしば既得権益という形をとって、気候変動への対応を今も左右している。たとえば放送局は、科学的証拠をめぐる議論に、気候変動を否定する人々(多くは産業界から資金提供を受けている)を日常的に招き、科学的証拠の論点を議論させる。「公平性」を保つという名目で。

劇場のイドラに対抗するには、専門機関から得られる関連情報を評価し、行動に移すための、広く認知された世界的な拠点が必要だ。これは17世紀のフランス人数学者、マラン・メルセンヌに相当する現代版となる。彼はホッブズ、パスカル、デカルト、ガリレオに至る幅広い人脈を持ち、ピーター・リンチの言葉を借りれば、新興の科学革命における「一人で担うインターネット拠点」のような役割を果たした。

気候変動に取り組むには、科学革命に匹敵する規模と範囲を持つ、広範な再生プロジェクトが今すぐ必要だ。こうした変化は、ときに遠い先のことのように思え、想像しにくいかもしれない。しかし、ベーコン自身が述べたように、

科学の進歩――新たな計画を立ち上げ、新しい探究分野を切り開くこと――にとって何よりも大きな障害は、人々が絶望し、物事は不可能だと考えることである。

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