アースデイは50周年:その始まりをたどる

The crew of the U.S. Coast Guard Cutter Healy, in the midst of their ICESCAPE mission, retrieves supplies for some mid-mission fixes dropped by parachute from a C-130 in the Arctic Ocean in this July 12, 2011 NASA handout photo obtained by Reuters June 11, 2011. Scientists punched through the sea ice to find waters richer in phytoplankton than any other region on earth. Phytoplankton, the base component of the marine food chain, were thought to grow in the Arctic Ocean only after sea ice had retreated for the summer. Scientists now think that the thinning Arctic ice is allowing sunlight to reach the waters under the sea ice, catalyzing the plant blooms where they had never been observed. REUTERS/Kathryn Hansen/NASA (UNITED STATES - Tags: ENVIRONMENT SCIENCE TECHNOLOGY) THIS IMAGE HAS BEEN SUPPLIED BY A THIRD PARTY. IT IS DISTRIBUTED, EXACTLY AS RECEIVED BY REUTERS, AS A SERVICE TO CLIENTS. FOR EDITORIAL USE ONLY. NOT FOR SALE FOR MARKETING OR ADVERTISING CAMPAIGNS - TM3E86B0WCN01
Earth promotes the conservation of our planet and its resources.Image: REUTERS/Kathryn Hansen/NASA
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  • アースデイの起源は50年前にさかのぼります。1970年4月22日、何百万人もの米国人が地球への扱いに懸念を示すため街頭に繰り出しました。

  • それ以来、アースデイは自然の美しさをたたえながら、保全と持続可能性を推進する国際的な記念日となっています。

50年前の1970年4月22日、米国各地の都市や町で何百万人もの人々が街頭に繰り出し、人類が地球に及ぼす影響について高まりつつあった意識を声にしました。抗議者たちはニューヨーク市の5番街を封鎖し、ボストンの学生はローガン空港で「ダイイン」を行い、シカゴのデモ参加者は内燃機関の廃止を訴えました。

CBSニュースのアンカー、ウォルター・クロンカイトは、30分間のアースデイ特別番組の司会を務め、一般市民に向けて「科学者たちが一致して警告する声に耳を傾けてほしい。中途半端な対策や従来どおりのやり方では、断崖絶壁から私たちを引き戻すことは到底できない」と呼びかけました。

今日、クロンカイトの言葉は不気味なほど聞き覚えがあります。差し迫る生態系の危機への警告は、今や珍しくありません。しかし、私たちはその警告に耳を傾ける備えができているでしょうか。1970年の答えは「できている」でした。2020年にも、再び同じことが言えるかもしれません。

アースデイへの道のり

1970年、世界は戦後の経済ブームの終わりを迎えつつあり、それに伴い産業や製造業が急速に拡大していました。「化学の力でより豊かな暮らしを」という考え方が、世界中の多くの人々の日常を大きく変えていました。例えば、農薬のDDTは、マラリアなど昆虫が媒介する病気から何千人もの命を救っていました。一方、クロロフルオロカーボン(CFC)は、世界各地で安全かつ安定した冷蔵を可能にしました。

今年、アースデイは50周年を迎えます。Image: ミシガン大学環境・持続可能性学部、Flickr経由

しかし、暗雲が地平線に立ち込めていました。空気や水、土地が産業廃棄物にますます汚染されるなか、レイチェル・カーソンが1962年に発表した著書『沈黙の春』は、DDTなどの合成化合物が食物連鎖全体にもたらす毒性について、明確な警鐘を鳴らしました。

生態系への意識の高まりは、公民権運動や反戦運動をめぐる社会不安に後押しされました。当時の若者たちはカウンターカルチャーを築き、親世代の進歩観に公然と疑問を投げかけました。

最初の一歩

最初のアースデイは、20年以上にわたる大規模な法改正のきっかけとなりました。まず各国で、次いで地球規模の環境問題への取り組みを目指す多国間機関を通じて、改革が進みました。

1987年のモントリオール議定書と1992年のリオ地球サミットでは、枠組み協定がまとめられ、オゾン層を破壊するCFCの蓄積を抑制し、世界の生物多様性を守り、気候システムに対する人間の影響を緩和することが目指されました。これらの協定は、経済成長と生態系・社会の公正との両立を図るものでした。

リオ地球サミットから数年のうちに、グローバル化を推し進める他の強力な動きが現れ始めました。1995年には、世界貿易機関(WTO)が設立され、地球とそこに暮らす人々に大きな影響を及ぼす新たな経済秩序が幕を開けました。

1990年代半ば以降、新たなデジタル経済における貿易の急拡大は、世界で最も貧しい国々の一部で開発を促し、何百万人もの人々を貧困から救い出しましたが、同時に所得格差を大幅に拡大させました。また、グローバル化によって、世界で最も豊かな国々のエコロジカル・フットプリントが拡大し、地球全体に広がるサプライチェーンに及んでいます。

新たなグローバル化時代に入って25年が経った今日、1970年と同じように、進歩がもたらした意図せぬ結果に向き合わなければなりません。1945年から1970年、そして1995年から2020年にかけて、地政学的な変化、経済の拡大、技術の発展を通じて、私たちの社会は変貌を遂げました。

具体的な状況は異なりますが、どちらの時代も地球に強い痕跡を残したことは間違いありません。しかし、地球との関係を再定義するという大きな課題に取り組む準備はできているでしょうか。

私たちを結びつけるもの

無知はもはや行動しない言い訳にはなりません。半世紀にわたる科学研究によって、地球の生物物理学的システムが継続的に劣化していることを示す明確な証拠が得られています。私たちに欠けているのは、強力な反対勢力を前にした決意と勇気です。

1960年代のカーソンと同じように、私たちは現状維持を目指す既得権益を持つ経済・政治勢力との闘いを今も続けています。また、問題が今や社会の仕組みに深く組み込まれていることも認識しなければなりません。例えば、気候変動への取り組みには、世界のエネルギー部門を根本から再構想することが求められます。

困難な課題に直面していますが、希望の兆しもあります。特に、進歩に対する私たちの考えに異議を唱える若者の運動が再び活発化しています。最初のアースデイの抗議参加者は圧倒的に若者でした。グレタ・トゥーンベリはいませんでしたが、彼らは学校をストライキしました。彼らのメッセージがウォルター・クロンカイトの注目を集めたように、今では少なくとも一部の大人が耳を傾けています。

混乱と新たな機会

耳を傾けるだけでなく、行動に移すには何が必要でしょうか。

現在の新型コロナウイルス感染症のパンデミックが、そのきっかけになるかもしれません。地球上でモノや人を移動させ続ける私たちの止まることのない営みは、タンパク質とRNAからなる微小な粒子によって妨げられ、人々に深刻な苦しみをもたらし、世界経済に打撃を与えています。

パンデミックが世界的な健康上の大惨事であることは疑いありません。しかし、現状が混乱に陥ったことで、私たちの根本的な価値観を問い直し、互いとの関係や地球の自然システムとの関係を見直す機会も生まれています。新型コロナウイルス感染症への対応も、最も複雑な環境課題への取り組みと同様に、国境を越えた孤立ではなく協力を通じた実効性のある解決策が必要です。

パンデミックはまた、存亡を脅かす脅威に直面した社会が迅速に動員できることを示しています。新型コロナウイルス感染症への現在の緊急対応は事後対応型で、予防的ではありませんでしたが、必ずしもそうなる必要はなかったのかもしれません。つまり、SARS、MERS、H1N1、その他の世界的な呼吸器ウイルスの流行から、なぜ学ばなかったのでしょうか?

行動を起こす前に、気候変動がさらに深刻な影響をもたらすのを待つ必要があるでしょうか。今こそ予防的な対策を通じて環境への脅威を緩和し、急速に変化する世界で人々の幸福を最大化する社会的な手段を築くときです。

新型コロナウイルス感染症がもたらした経済的苦痛を理由に、大胆な行動を取る力を損なってはなりません。1970年代と1980年代の環境分野での成果は、戦後の好景気が終わった後の大きな経済的不確実性のなかで実現しました。

現在の危機はいずれ必ず過ぎ去ります。そのとき、私たちは機会をつかみ、アースデイの最初の抗議参加者が1970年4月22日にそうしたように、これまでとは異なる未来を再構想し、創り出さなければなりません。

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