サー・デビッド・アッテンボロー氏の最新自然ドキュメンタリーシリーズ『Wild Isles』は、英国で「自然のための人民計画」と呼ばれるキャンペーンのきっかけとなりました。この計画には、自然界の衰退を食い止めるために緊急に必要な26の行動が盛り込まれています。
英国は世界で最も自然が損なわれた国の一つで、生物多様性が保たれているのは半分強にすぎません。
ここでは、「自然のための人民計画」の枠組みをまとめたニュー・シティズンシップ・プロジェクトの共同創設者、ジョン・アレクサンダー氏が、その経緯を説明します。
2019年、ダボスでウィリアム王子と対談したサー・デビッド・アッテンボロー氏は、世界のリーダー、企業、市民が協力して、地球を守るために自然に関する新たな協定を通じて 地球を守るために自然に関する新たな協定を結ぶよう呼びかけました。
氏はその直前、WWFがNetflix向けに制作した、エミー賞受賞シリーズ『Our Planet』のナレーションを担当していました。
「私たちが吸う空気の一息一息も、口にする食べ物の一口一口も、すべて自然界からもたらされます」とアッテンボロー氏は王子に語りました。「そして、もし 自然界を傷つければ、私たち自身を傷つけることになります。私たちは一つの調和した生態系なのです。」
それから4年が経ち、世界的なパンデミックを経た今、96歳の博物学者で放送人でもある同氏は、故郷である英国をテーマにした新たなシリーズ『Wild Isles』を、今度はBBCと制作しました。
自然保護団体のWWF-UK、ナショナル・トラスト、そして英国王立鳥類保護協会(RSPB)の3団体は、初めて協力して続編ドキュメンタリー『Saving Our Wild Isles』を制作しました。ナレーションは今回もアッテンボロー氏が担当しています。この作品から、独自の「Save Our Wild Isles」キャンペーンと、自然の回復に向けた提言を市民参加でまとめる 「自然のための人民計画」が生まれました。
英国の自然の現状
英国は世界で最も自然が損なわれた国の一つです。哺乳類の4分の1が絶滅の危機に瀕しており、英国の野生の花が咲く草地はほぼすべて(97%)が1930年代以降に消失しました。また、過去50年間で3,800万羽の鳥が姿を消しました。
2021年、自然史博物館の生物多様性保全指数は、生物多様性に関して、英国を世界の下位10%に位置づけ、G7諸国の中で最下位としました。生物多様性が保たれているのは半分(53%)にすぎず、世界平均の75%を下回っています。
専門家は、生物多様性の喪失と生態系の崩壊を、今後10年間の影響度で4番目に大きなリスクと見ています。これは、世界経済フォーラムの『グローバルリスク報告書2023』で示されたもので、短期・長期の双方で、上位10リスクのうち6つを環境リスクが占めています。
「残されたものを守るには、今行動しなければなりません」と、アッテンボロー氏は『Saving Our Wild Isles』の予告編で語っています。この作品では、英国各地で自然の生息地の回復に取り組む人々にインタビューしています。スコットランドの国立公園で森林再生を進めるプロジェクト、ケアンゴームズ・コネクトから、デヴォン北岸沖、イングランド南部のランディ島周辺にある、海洋保護区「ノー・テイク・ゾーン」まで紹介しています。ここは英国水域で初めて、法的に禁漁が課された海域です。
「自然のための人民計画」は、こうしたプロジェクトを発展させるための提言を示しています。そこには、自然界の衰退を食い止めるために緊急に必要な26の行動が盛り込まれており、英国全土を対象とする自然評議会の設置から、自然に配慮する企業のランキング作成まで多岐にわたります。
これは、ニュー・シティズンシップ・プロジェクトが設計した先駆的な2段階プロジェクトの成果です。全国対話と英国全土の「自然のための人民会議」を通じて意見を集めました。この取り組みは「RAPID Democracy」と呼ばれるプロセスに基づいており、ベイン・アンド・カンパニーのRAPID意思決定モデルに着想を得ています。
ここでは、ニュー・シティズンシップ・プロジェクトの共同創設者であり、著書 『市民:あらゆる問題を解決する鍵は、私たち一人ひとりにある』の著者でもあるジョン・アレクサンダー氏が、「自然のための人民計画」が生まれた経緯を説明します。
「自然のための人民計画」はどのようにして生まれたのですか?
RSPBで働くヘレン・ミーチが、私のビジネスパートナーと私のところに来て、RSPBがBBCとWWFとともに、英国の自然をテーマにしたデビッド・アッテンボロー主導の新しいドキュメンタリーシリーズを制作していると教えてくれました。おそらく、これがデビッド・アッテンボロー最後の作品になるだろうとのことでした。タイトルは『Wild Isles』になる予定でした。
私たちは「すばらしいですね。これをきっかけに、どのようなインパクトを生み出す計画ですか?」と尋ねました。ヘレンとは長い付き合いで、『Blue Planet』が公開された頃のことを話していました。当時、世界中の社会に大きな熱気が生まれました。しかし、あの頃はまだ個人主義の時代だったため、政治的なエネルギーとなる可能性を秘めたものが、結局はプラスチック製ストローの使用を減らすといった、個人の行動変容へと向かったのだと私は考えています。
そこで『Wild Isles』を通じて、英国の人々が自然のために行動しようとする政治的意思を結集できる機会をつくれるのではないか、と考えました。個人の力だけでなく、集団としての力を引き出すのです。
そのプロセスには何が含まれていましたか?
最終的に私たちが構築したプロセスは、アイデアや経験談を広く募集することから始まりました。全国各地の地域社会が、地元の自然を守るためにすでに何をしているのかを把握し、そうした経験や希望を、専門家の証言や関係者の陳述とともに、市民会議のプロセスに取り入れました。
市民会議は4か月にわたり、4回の週末に開催されました。そこで一連の提言がまとめられました。対象は国の政府だけでなく、地方自治体や企業、さらには地域団体自身ができることにも及びます。
これが中間成果、つまり「自然のための人民計画」の初稿です。次の段階では、NGOや自治体、地方政府、企業に何ができるかを検討し、一般の人々から寄せられた要望を、エネルギーを結集する手段として活用する予定です。
自然の回復に、すべての人が関わることがなぜそれほど重要なのですか?
現在、英国は世界でも特に自然の劣化が進んだ国の一つです。種や生息地が驚くべき速さで失われています。抜本的な変化がなければ、英国の自然は二度と元に戻らないという瀬戸際にあります。そして、それはさまざまな形で連鎖的な影響を及ぼすでしょう。
自然を生態系サービスとして捉える考え方には、私はあまり賛成できません。自然にはそれ自体に価値があると思うからです。同時に、水の浄化、エネルギーの供給、洪水の防止といった多くの機能が、今まさに脅威にさらされている自然の仕組みを通じてもたらされていることにも目を向ける必要があります。こうした影響は経済的な損失だけではありませんが、仮に経済コストだけを考えたとしても、英国の自然の衰退を食い止めるために抜本的な行動を取るべき理由は、きわめて明白です。
ニュー・シティズンシップ・プロジェクトとはどのような組織で、何をしているのですか?
コンサルティング会社です。私たちは、人々を違った視点で捉えることで、組織がよりよく活動できるよう支援すると説明しています。人々を消費者と考えると、思いつくのは人々と組織との取引に関するアイデアだけです。人々を市民と考えれば、「私たちはこの世界で何を実現しようとしているのか」「人々の集団としての力をどう引き出せるか」「意義ある活動に参加することを、どうすれば有意義で楽しいものにできるか」と問い始めることになります。
私たちは、規模や形態を問わずさまざまな組織と協力し、参加型民主主義のプロセスなどを設計しています。組織が人々に何かを売るだけでなく、人々とともに活動できるようにするためです。ナショナル・トラストやRSPBなどと協力してきました。ボディショップやナイキ、世界各地の政府とも、プロセスや働き方を設計するという考えのもとで仕事をしてきました。ニュー・シティズンシップ・プロジェクトの創設メンバーの数人は、広告業界やクリエイティブ産業の出身です。そのため、参加の場に創造的な活気をもたらそうとしています。
新型コロナウイルス感染症のパンデミック中に見られたのは、集団としての力だったのでしょうか?
新型コロナの第1波では、世界各地で相互扶助グループや近隣住民のWhatsAppグループが次々に生まれましたが、それを実際に生かした政府はごくわずかでした。私はこれを大きな機会損失と捉えています。私の考えを示す例として、著書のための調査で見つけたお気に入りの事例であり、現在の私たちの仕事の大きな着想源の一つでもあるのが、台湾の新型コロナ対応です。台湾はその力を実際に生かし、国全体の対応をほぼ全面的にクラウドソーシングで進めました。その対応を特徴づけるのは、「速く、楽しく、公平に」という3つの原則でした。電話窓口を設け、国の対応をよりよくするアイデアを広く募るといった取り組みも行いました。コミュニケーションの役割は人々に何かを売ることだけでなく、人々が貢献できるよう扉を開くことだという視点に立つと、まったく異なる種類のアイデアが生まれます。その気づきが、私たちの仕事の原点です。
「自然のための人民計画」にはどのような提言が盛り込まれていますか?
提言の一つは、英国の自然を支える取り組みが継続されるよう、政府に説明責任を果たさせる常設の会議体を設けることです。食料システムに関する提言も数多くあります。自然環境を保全するための指標を食料システム、とりわけ企業報告に組み込み、企業や政府が自然の価値を認識し、事業を進めるなかで自然を支援できるようにするものです。地方自治体が地域の自然を守るための動機づけや支援のあり方についても提言しています。また、地域団体が実施してきた特に効果的な活動を紹介し、ほかの地域団体にも取り入れて、それぞれの地域で実践するよう促す提言もあります。
次に何が必要ですか?
一つの目標は、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの行政機関とイングランドの政府が、提言の一部を国の政策に直接取り入れることです。そうなることを期待しています。ただ、強調したいのは、政府に権力があると言うだけの取り組みではないということです。私たちはそれぞれ異なる形で力を持ち、英国の自然を守るために協力する力もあります。また、この計画と『Wild Isles』が、より多くの人々が関わり、地域団体として集まるきっかけになることも願っています。
すでに発表された取り組みの一つは、100万ポンドの資金提供です。寄付のマッチングを行うクラウドファンディング・プラットフォームを通じて資金を利用できるようにし、地域で資金を集めた団体が、この資金の支援を受けて、さらに活動を進められるようにします。
全国各地ですでに重要な活動に取り組んでいる団体があります。この取り組みの目標は、それらの活動が個々の総和を超える成果につながる道筋をつくることです。国の政府にさらなる対応を求めると同時に、「私たちにできる最も効果的なことはこれです。もっと多くの場所で、こうした活動を増やしましょう」と呼びかけます。そして各地の小さな団体が、自分たちはより大きな取り組みの一員なのだと実感し、その力を感じながら、自分たちの活動が本当に意義あるものだと知る手助けもしたいのです。
「自然のための人民計画」にどのような期待を寄せていますか?
私たちは「自然のための人民計画」を、さまざまな意味で始まりだと考えています。計画を世に出すことで、新たな協働のきっかけとなる要望が生まれます。いくつもの有望なパートナーシップが動き始めています。RSPB、ナショナル・トラスト、WWFはこれまで互いを競争相手と見なす傾向がありましたが、今回協力したという事実そのものが、ほかの協働を促しています。すでに、食料システムに関する要望をめぐって、別のプロセスを支えるために組織が集まり、パートナーシップを築こうとしていると聞いています。また、食料システムに焦点を当てた地域活動も数多く生まれています。
英国の自然の衰退をどうすれば食い止められるか、答えがすべて分かっているわけではありません。しかし、取り組む必要があることは分かっていますし、そのためには市民全員の力が必要です。私たちは、人々を後押しし、ともに働く方法へと移行しようとしています。これは、政府が「救済のために何をするかを公表するので、皆さんは別の心配事に移ってください」と発表する従来のやり方とは大きく異なります。小さな人々の問題を指導者が解決してあげるという政府のあり方や、リーダーシップの考え方は終わらせなければなりません。それでは不可能だからです。今の時代の問題は、そのような方法では解決できません。解決策を生み出す唯一の方法は、すべての人に参加してもらい、ともに解決策をつくることです。





