動物の感情の幅は従来の想定より広い

A baby elephant walks next to its mother in Masai Mara game reserve November 11, 2008. Picture taken November 11, 2008. REUTERS/Laszlo Balogh (KENYA) - GM1E4BD0BK901
Elephants from strong family groups with immense memories cry when they are hurt, both physically and emotionally.Image: REUTERS/Laszlo Balogh
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何年も前、私たちは自分たちは動物ではなく、動物はもっぱら人間のために存在すると考えていました。実際、牛は歩くハンバーガー、日曜のロースト用のステーキにすぎず、私たちがお腹をすかせたときに備えて、新鮮でおいしい状態を保っているのだと見なされていました。。

幸い、動物たちにとって、当時から状況は大きく進展し、今では動物(その中には「優れた」存在と考えてきた人間も含まれます)が、喜びや悲しみといった比較的単純なものから、共感、嫉妬、悲嘆といったより複雑なものまで、さまざまな感情を経験できると認識されています。動物の感覚能力とは、感じ、知覚し、主観的に経験する能力と定義されます。つまり、感情や気持ちに関わるものであり、ある意味では「自分は自分である」という認識を持つことでもあります。

実際、動物が感覚を有する存在であることを示す科学的証拠は膨大です。あまりに明白なため、3人の科学者がヒト以外の動物の感覚能力を調べた2,500本の論文を読み、確信を持って次のように結論づけました。感覚能力は確かに存在する。

たとえば、最近ブルー・プラネットIIをご覧になった方は、コビレゴンドウが死んだ子どもを連れ回す映像を見たことでしょう。多くの人にとって、これは悲嘆の表れであることを明確に示しています。とりわけ、群れのほかの家族にも行動の変化が見られたことを考えれば、なおさらです。

感覚能力を示す証拠

研究によると、羊は仲間の顔を見分けることができ、2年離れて過ごした後でさえその能力を保っています。強い家族の絆を持ち、非常に優れた記憶力を持つゾウは、傷つくと(身体的にも感情的にも)涙を流します。オマキザルは、不公平な報酬を受け取っている(ブドウ対キュウリ)ことを認識し、ニホンザルは独自の文化を育みます。とりわけ、イモをどう洗うかという点にそれが表れます。

チンパンジーは、誰かが自分の取り分が不公平だと不満を訴えると、バナナを分け直して争いを避けようとします。また、ネズミでさえ、共感を示し、お気に入りのおやつを差し出して、溺れている仲間を救うことが示されています。くすぐられると、笑い声も上げます。

魚は道具を使い、タコは食べ物を得るために必要な労力に見合う価値があるかどうかを、食べ物の種類に応じて判断します。動物にはそれぞれ個性があり、物事を楽観的に捉えるタイプもいれば、悲観的に捉えるタイプもいることを示す証拠も数多くあります。

しかし、動物が感覚を有する存在だと言える根拠は、行動を観察することだけではありません。種(さらには個体)の脳を調べれば、人間の脳についてわかっていることと照らし合わせ、推測を始めることができます。

感情は主に、脳の「大脳辺縁系」と呼ばれる部分から生じます。人間の大脳辺縁系は比較的大きく、人間はとても感情豊かな種です。そのため、人間より大脳辺縁系が小さい脳に出会うと、感情も少ないだろうと考えます。ところが、ここが肝心なところですが、大脳辺縁系が人間よりはるかに大きい場合でも、人間より多くの感情を持つとは考えません。おそらく、自分が感じたことも、存在を知ったこともないものを想像できないからでしょう。

殺すという行為

一部の海生哺乳類では、大脳辺縁系が人間の4倍の大きさです。さらに、一部の海生哺乳類には紡錘細胞があります。かつて人間にしかないと考えられていたこの細胞は、複雑な社会的状況で迅速に判断することを可能にします。同じ、あるいは少なくとも似た目的に使われていなければ、こうした細胞が進化したでしょうか。

動物のことをあまり考えたくない理由の一つとして考えられるのは、私たちは動物を殺すことを好むからです。食べるために殺す動物もいれば、単に気に入らないという理由で殺す動物もいます。秋になると、住みかを求めて家に入ってきた気の毒なクモが、スリッパを手にした人間に叩き殺される様子を思い浮かべてください。スーパーの肉代を少しでも節約するため、私たちは大規模で組織的な残虐行為にも目をつぶります。こうした動物には感情も気持ちもないと思い込めば、罪悪感にとらわれずに安い夕食を楽しむのはずっと簡単です。

では、動物の感覚能力は大きな問題でしょうか。答えは、そうです。ペットだけでなく、すべての動物の福祉を守るため、あらゆる場面で動物の感覚能力を考慮する必要があります。私たちの暮らす世界では、ある女性が猫をゴミ箱に入れると世間から激しい非難を浴びる一方で、すぐ近くのファストフード店に行き、これまでにないほど悲惨な生涯を送った動物の肉を、何のためらいもなく食べています。周囲にいる、思考する生き物について、もっと時間をかけて考えるべき時が来ています。

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