渡りの途中、鳥が何千マイルもの開けた空を本能的にどうやって進んでいくのか、不思議に思ったことはありませんか。あるいは、光合成や、人間の嗅覚の仕組みについて考えたことはありますか。
こうした自然の営みを理解しようと最善を尽くしてきたにもかかわらず、その仕組みは謎に包まれています。しかし近年、科学者たちは量子物理学を使って、自然界に長く残されてきた謎の一部を解き明かそうとしています。
奇妙なトンネル効果
量子物理学の世界は、ときに奇妙で不可解です。そこには論理に反する原理がいくつもあります。たとえば量子トンネル効果では、粒子が幽霊のように固体を通り抜けることができます。
量子物理学のもう一つの奇妙な特徴は量子もつれです。アルベルト・アインシュタインはこれを有名な「不気味な遠隔作用」と呼びました。これは、2つの粒子が、ミリメートルほどの距離であれ宇宙の幅ほどの距離であれ、未知の距離を隔ててつながり、一方の粒子がある場所から消えて別の場所に再び現れることがある現象です。
この奇妙で驚くべき世界は、科学の通説を覆し、従来の考え方に難題を突きつけています。
細菌の量子力学
量子もつれはアインシュタインの卓越した頭脳にも「不気味」に映ったかもしれませんが、その後、科学界は量子物理学のこの現象や、直感に反するほかの側面と向き合ってきました。
物理学の通説に異を唱える量子理論に背を向けた人もいます。
しかし、その特異な側面にもかかわらず、あるいはそれゆえに、量子物理学は自然界への理解を深めています。その結果、こうした理論の一部はもはや見過ごせなくなっています。
世界経済フォーラムの科学コミュニティは、量子研究を科学における最も重要な「未来のフロンティア」の一つに選びました。
そして、新興分野である量子生物学は、これまで説明不可能だった現象を解明する鍵となるかもしれません。
新たな研究は、生きた細菌を「量子もつれ」の状態にできる可能性を示しています。細菌が量子効果を示すと確認されれば、巨視的な有機物質と、亜原子の量子世界との相互作用を示す初の証拠となります。
光合成はどうでしょうか。
複数の研究が、光合成の過程と量子的な反応との関連を示しています。植物細胞は光の粒子を取り込み、それによってエネルギーを集める励起子と呼ばれる粒子が生じます。励起子はエネルギーを反応中心まで運び、そこで化学エネルギーに変換され、植物に利用されます。
熱の損失を防ぎ、完全な精度を保つため、すべての過程は10億分の1秒のうちに起こります。励起子は単一の経路をたどるわけではないのに、エネルギーは瞬時に反応中心へ届きました。しかし、その仕組みは明らかではありませんでした。
2007年の実験で、生物物理学者のグレッグ・エンゲルは、励起子が重ね合わせと呼ばれる量子的な反応を起こすことを示しました。重ね合わせでは、粒子は同時に2つの場所に存在し、粒子と波という2つの状態を取ることができます。
シカゴ大学の教授で、世界経済フォーラムのヤング・サイエンティストでもあるエンゲルは、励起子が波として進み、反応中心に至るあらゆる経路を探って、最も効率的な経路を特定できることを発見しました。
エンゲルは『Physics World』にこう語りました。「コヒーレンスを含む量子情報の言語と数学を使って、超高速分光実験における光合成のダイナミクスを理解できるという一般的な考え方は、次第に受け入れられつつあるようです」
では、鳥はどのように渡りをするのでしょうか。
人間が広い海を渡るのに羅針盤を使ってきたように、鳥は地球の磁場の信号を捉える体内の化学的な羅針盤を使って進路を定めます。信号が弱いため、鳥がどのようにそれを感知するのか、科学者にも分かっていません。

オックスフォード大学の研究者たちはヨーロッパコマドリの渡りの習性を研究しました。研究者たちは、太陽光の光子がコマドリの網膜に当たると、対になっていない電子が2つ放出されると考えています。それぞれの電子はスピンして地球の磁場に沿い、鳥をより温暖な地域へ導きます。
オックスフォード大学の別の物理学者、サイモン・ベンジャミンは、この過程は量子もつれによるものであり、それによって昆虫が正確に方角を定める仕組みも説明できるかもしれないと考えています。
嗅覚の謎を解く
人間の鼻が、出会う無数のにおいをどのように嗅ぎ分けるのかは、科学者にも解明できていません。空気中の分子が鼻孔に入り、受容体と相互作用してにおいを識別すると考えられていますが、その仕組みは明らかではありません。

アテネのアレクサンダー・フレミング生物医学研究センターの化学者、ルカ・トゥリンは、分子に含まれる電子が量子トンネル効果によって鼻孔の受容体の反対側へ到達すると考えています。通り抜けた電子は脳に信号を送り、においを識別させます。つまり、嗅覚は亜原子レベルで働いているのです。
理論物理学者で作家、放送人でもあるジム・アル=ハリーリは、量子トンネル効果という信じがたい現象を、テニスボールを固い壁に投げつけると、ボールが消えて反対側に再び現れるようなものだと説明しています。
ロンドンで開催されたTEDGlobalの講演で、彼はこう説明しました。「量子トンネル効果は常に起きています。実際、それが太陽の輝く理由です。粒子が融合し、太陽は量子トンネル効果によって水素をヘリウムに変えています」
講演の中でアル=ハリーリは、量子力学の先駆者であるデンマークの物理学者ニールス・ボーアがこの学問について述べた言葉を引用しました。「それに驚嘆しないなら、まだ理解していないということだ」





