「痛みなくして得るものなし」。体を鍛えようとしてジムにいるとき、腕が焼けるように痛み、震えていて、泣きそうだったり、倒れそうだったり、その中間だったりする。そんなときによく聞く言葉だ。そして、あともう1回腕立て伏せをすれば終わり、というところまで来ている。
この格言は、近所をのんびり散歩するだけでは上腕二頭筋はあまり鍛えられない、という意味では正しい。問題は、その逆、つまり楽しさや心地よさは心身が徐々に衰えている証拠だ、という考えが正しくないことだ。
ベストセラー作家のジョン・アカフは、著書『Finish』で、目標達成を妨げる完璧主義的な衝動を乗り越える方法を、軽妙ながら洞察に富んだ筆致で解説し、この神話を含むいくつかの神話を打ち崩している。
アカフはこう書いている。「完璧主義は、何かが難しければ難しいほど、惨めであればあるほど、より価値があると考える」。つまり、ひどくつらい思いをしているときだけ、健康にいいとか、勉強になるとかいう理由で物事に「価値がある」とみなす。そして、楽しんでいると価値がないと決めつけてしまう。
これは間違いだとアカフは言う。まったくの間違いだ。楽しいことにも価値があるからというだけではない。楽しんでいるときのほうが、目標を達成できる可能性が高いからだ。
その好例として、アカフは、よくある一方で途中で諦められがちな「社会に恩返しをしたい」という目標を持つ写真家、ジェレミー・カワートを紹介している。カワートは、すでに楽しんでいることを地域社会のために生かせないかと考えた。そこで世界各地のイベントで無料のポートレート撮影を始め、これまでに50万枚以上の写真を撮影している。
アカフ自身も読書量を増やそうと決意した。ただし、『戦争と平和』のような本だけに限らず、オーディオブックやビジネス書、さらには漫画まで読むようにした。
アカフはこう書いている。「1年に100冊読むという個人的な目標は、どんな目に見えない基準に照らして測られるものだったのだろう。誰の品質基準をもとに、自分の目標を評価していたのだろう。ルールを作ったのは自分だ。ならば楽しいものにしようと決めた」。
『Finish』は、メンフィス大学の博士課程学生マイク・ピーズリーが主導した研究に一部着想を得ている。この研究では、アカフのオンライン目標達成動画講座「30 Days of Hustle」の受講者900人を対象に調査した。ピーズリーの観察に基づき、アカフは、楽しいと思える目標を選ぶと、満足感を得られる可能性が約31%高まると書いている。さらに驚くべきことに、成果も約46%向上するという。
アカフはさらに、ある論文も引いている。ハミルトン・カレッジのダニエル・チャンブリスが主導したこの論文は、エリート水泳選手は厳しい練習や過酷な競技を苦痛とは感じておらず、むしろ楽しんでいると述べている。
言い換えれば、体力や知力を高めたり、より成功したりするのに役立つ活動のうち、自分が楽しめるものを選べば、心底嫌いな活動を選ぶよりも、体力や知力を高め、成功する可能性が高くなる。
ここで触れておきたいのは、フロリダ州立大学のアンダース・エリクソンをはじめとする一部の心理学者が、犠牲や苦労を成功の重要な要素とみなしていることだ。何かの専門家になるための練習は、少なくともその最中は、楽しいものである必要はない。目指すものが熟達なら、楽しさはその目標達成に「数えられない」のかもしれない。
とはいえ、アカフは、退屈な活動や特にきつい活動でさえ、もっと楽しめるようにする工夫をいくつか紹介している。
「やり遂げたいなら、楽しくしよう」と彼は書いている。ある作家が仕事を終えたら金曜日に映画を見る、というご褒美を自分に与えたように、簡単な工夫でもいい。アカフは出張の際、レンタカーをグレードアップする。大切なのは、ゲーム感覚にしても恥じる必要はないということだ。
アカフは著書の中で「ずるをする」という言い回しを何度か使い、自分にとって物事を簡単にするのは悪いことではなく、よいことだと述べている。たとえば、トレッドミルで走る代わりにズンバのクラスに参加するのも、運動強度は同じで、ズンバのほうが楽しいなら、よい選択だ。
痛みなくして得るものなし?確かにそうだ。でも、人生を楽しんでもいい。


