人を信頼できない?その原因はスマートフォンかもしれない

Men are silhouetted against a video screen as they pose with Samsung Galaxy S3, Nokia Lumia 820 and iPhone 4 smartphones (R-L) in this photo illustration taken in the central Bosnian town of Zenica, May 17, 2013. REUTERS/Dado Ruvic (BOSNIA AND HERZEGOVINA - Tags: BUSINESS TELECOMS) - RTXZQ6N
What’s unique about phones?Image: REUTERS/Dado Ruvic
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初めて訪れた街で、あの有名な必見の美術館へ向かう途中に道に迷ったと想像してみてください。昔――といっても、ほんの10年ほど前のことですが――なら、親切な地元の人に道を尋ねる必要があったかもしれません。今では、通りには相変わらず親切な地元の人たちがたくさんいるのに、ポケットの中にある強力な情報源、つまりスマートフォンに手を伸ばすかもしれません。美術館への道順や、昼食に最適な場所のおすすめなど、実にさまざまな情報を、いつでもどこへ行っても指先ひとつで得られます。

こうして情報に簡単にアクセスできるのは、間違いなく便利です。地図アプリの方が、見知らぬ人の分かりにくい道案内より信頼できる(しかも母語で表示される可能性が高い)でしょう。気まずい人間関係のやり取りに巻き込まれる心配もまったくありません。しかし、こうした技術の利便性には代償があるのでしょうか。

人々の予想に反して、見知らぬ人との気軽な交流でさえ意外なほど楽しく、人とのつながりや地域社会への参加意識、帰属意識を育む強力な手段にもなります。経済学者は、社会を結びつけるこうした目に見えないつながりを「社会関係資本」と呼ぶことがあります。目に見えないものとはいえ、社会の構成員の間にあるこうした結びつきは、現実に大きな影響をもたらします。たとえば、ある国で人々の相互信頼が高まれば、経済成長も高まります。個人のレベルでは、他者をより信頼する人ほど、健康状態が良く、また幸福度も高い傾向があります。

他者からではなく機器から情報を得ることへの依存が高まると、社会関係資本を築く機会が損なわれるのでしょうか。この問いを検討するため、共同研究者のジェイソン・プルーと私は、人々が情報を得るために携帯電話を使う頻度と、見知らぬ人をどの程度信頼するかとの関係を調べました。

Image: Statista

私たちは、世界価値観調査のデータを分析しました。これは、米国の人口を代表する大規模な世論調査です。回答者は、テレビ、ラジオ、インターネット、他者、携帯電話など、さまざまな情報源から情報を得る頻度を報告しました。米国人は、情報を得るために携帯電話を使う頻度が高いほど、見知らぬ人を信頼しないことが分かりました。また、近隣住民、異なる宗教の人々、異なる国籍の人々への信頼感も低いと報告していました。重要なのは、情報収集に携帯電話を使うことは、友人や家族への信頼度とは関係がなかった点です。

やはり、携帯電話が鍵

この結果のパターンは、情報を得るために携帯電話に頼ることが、とりわけ「よそ者」への信頼を損なっている可能性を示唆しています。見知らぬ人との交流を画面を見る時間に置き換えることで、他者全般への信頼感を築く機会を逃しているのかもしれません。

しかし、携帯電話で情報を得ること自体に特別な意味はない、という可能性もあります。むしろ、媒体にかかわらず、私たちが消費する情報が何らかの形で他者への信頼を薄れさせているのかもしれません。確かに、マスメディアには、戦争やテロ、犯罪に至るまで、人間の本性の否定的な側面を伝える記事があふれています。だとすれば、信頼を損なっているのは情報そのものなのかもしれません。

ところが、テレビ、ラジオ、新聞など、ほかのメディアから情報を得る人は、他者を信頼しない傾向ではなく、むしろ信頼する傾向が強いことが分かりました。インターネット上で情報を得ていても、モバイル端末ではなくノートパソコンを使う人にも同じ傾向が見られました。このパターンは、再び携帯電話に原因があることを示しています。

では、携帯電話の何が特別なのでしょうか。ほかのどの機器や媒体にもかなわない、必要なときにすぐ情報を得られるアクセスを提供する点です。ノートパソコンで道順を調べようとすれば、まずインターネットに接続できる場所を探し、検索中に座る場所やパソコンを置く場所を確保するなど、いくつもの手間がかかります。携帯電話なら、ポケットから取り出して数回タップするだけで、すぐに出発できます。情報技術の進化の系統樹において、スマートフォンはまったく新しい種です。どこへ行っても必要なときに情報を得られます――道順や地元のおすすめを知りたいまさにその瞬間に、親切な見知らぬ人が通りかかっていても、です。

自分たちの分析を再検証

率直に言って、この結果には驚きました。私たちは懐疑的で、得られた結果の原因となりそうな、携帯電話以外の要因を特定するために、思いつく限りのことを行いました。年齢、性別、収入、学歴、就業状況、人種など、幅広い人口統計上の変数を考慮しました。居住地が関係している可能性も調べました。たとえば、農村部では通信環境が悪いため携帯電話の利用が少ないのか、都市部の人より他者を信頼しているのか、あるいはその両方なのか、といった点です。

しかし、こうした違いをすべて考慮しても、情報を得るために携帯電話を使う人は、見知らぬ人をあまり信頼していませんでした。

もちろん、この相関データをどのように分析しても、原因と結果を明確に立証することはできず、注目すべき共通点が見られるにとどまります。よそ者への信頼が低い人ほど、情報を得るために携帯電話を使う可能性が高まることも十分考えられます。もしそうなら、私たちは悪循環のただ中にいるのかもしれません。より広い層の人々が情報収集にスマートフォンをますます頼るようになるにつれ、信頼感を育む機会を逃している可能性があります。そして、他者への信頼が薄れることで、携帯電話にますます頼るようになるかもしれません。この可能性は、今後検討する価値があります。

では、折りたたみ式携帯電話に戻るべき時なのでしょうか。そう急ぐ必要はないかもしれません。私たちが観察した影響は比較的小さく、他者への信頼度の数パーセントを説明するにとどまりました。

しかし、統計的な影響がごく小さくても、実用上は大きな意味を持つことがあります。心臓発作のリスクを減らすアスピリンの効果を考えてみてください。毎日アスピリンを服用しても、心臓発作のリスク低下への効果はごくわずかで、心臓発作を起こす確率のわずか0.1%を説明するにすぎません。それでも、何百万人もの人が服用すれば、何千人もの命を救えます。同じように、信頼を損なう小さな要因が、私たちの生活や社会に大きな影響を及ぼす可能性があります。

情報技術によって私たちの生活がますます便利になるなか、私たちの研究結果は、常時情報にアクセスできることの社会的な代償の可能性を浮き彫りにしています。便利な電子機器に頼ることで、人々は信頼を育む機会を逃しているのかもしれません。現在の政治情勢を考えると、特に胸に迫る指摘です。

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