新たな研究によると、私たちは幸福やウェルビーイングを脅かす情報を意図的に避けることで、自分なりの現実を選び取る傾向がある。
たとえば、ダイエット中の人はおいしそうなデザートのカロリーを見ないようにし、政治的な見解に合うニュース源を選ぶ。
『Journal of Economic Literature』に掲載された研究では、情報を得られないという単純なケースが「情報回避」の最も明白な例である一方、人々はほかにも幅広い情報回避の方策を使えることが示されている。
また、自分の信念を裏付ける情報や、自分に好意的な印象を与える情報に選択的に注意を向けたり、真実であってほしくない情報を忘れたりすることにも、驚くほど長けている。
「経済学における情報の標準的な見方では、人々は意思決定に役立つ情報を探し、情報を積極的に避けることは決してなく、新たな妥当な情報に触れた際には冷静に見解を更新すべきだとされています」と語るのは、行動経済学の分野を共同で創設したカーネギーメロン大学の経済学・心理学教授、ジョージ・ローウェンスタイン氏だ。
「しかし人々は、その情報を受け取るのが苦痛かもしれないと思うと、より良い意思決定に役立つ情報を避けることがよくあります。たとえば、指導力の低い教師は生徒からの評価を役立てられるはずですが、優れた教師と比べて、授業評価を詳しく見る可能性ははるかに低いのです」とローウェンスタイン氏は言う。
ワクチンと気候変動
情報を完全に無視できない場合でも、人々にはその解釈に大きな裁量があることが多い。信じたいことを裏付ける場合、人々は疑わしい証拠を信頼できるものとして扱う。ワクチンと自閉症を結び付けた、信用を失った研究がその例だ。また、信じたいことに反する場合には、科学の厳格な基準を満たす証拠でさえ軽視する傾向がある。気候変動を示す科学的証拠が広く否定されていることが、その例である。
情報回避は有害な結果を招くこともある。たとえば、深刻な病気を早期に治療する機会を逃したり、退職後に備えるためのより良い投資について学ぶ機会を失ったりする場合だ。
「情報回避の帰結の一つは、自分と意見が異なる人々と効果的に向き合えなくなることです」と共著者のデービッド・ハグマン氏は語る。同氏は社会・意思決定科学学科の博士課程の学生だ。「人々が大切にしている信念に異議を唱える情報を浴びせることは、説得を試みる際によく使われる手法ですが、受け入れて考えてもらうよりも、防衛的な回避を引き起こす可能性が高いのです。
「政治的な分極化を和らげたいのであれば、対立する情報に人々を触れさせるだけでなく、自分が信じていること、信じたいことに異議を唱える情報を受け入れやすくする方法を見つけなければなりません。」
単なる怠けではない
情報回避は、悪影響をもたらすことがあるものの、必ずしも間違いであったり、怠惰な思考の表れであったりするわけではない。
「人々がそうするのには理由があります」と共著者のラッセル・ゴルマン氏は語る。同氏は社会・意思決定科学の助教だ。「遺伝子検査を受けない人は、病気を無視できなくなるまで人生を楽しめます。自分の能力を実際以上に高く評価することは、大きく価値ある目標に向かう助けになる場合があります。また、市場が下落しているときに金融資産を確認しなければ、パニックに陥って売却するのを防げるかもしれません。」
人々がいつ、なぜ、どのように情報を避けるのかを理解すれば、政府や企業、組織は、望まれないメッセージで人々を圧倒することなく、効果的に対象者へ働きかけられると研究者らは考えている。


