最近の研究によると、従業員は「最適な多忙さ」を追い求めています。
「最適な多忙さ」とは、魅力的で、時間の流れが加速したように感じられる一方、実現も維持も難しい状態と定義されます。
この高揚感は、アドレナリンとポジティブなエネルギーをもたらし、概して刺激的なものと受け止められていました。
しかし、研究はそれが従業員の健康や仕事と生活のバランスを損なうことも示唆しています。
あるコンサルタントは、負荷の大きい顧客との会議に向かう途中で、自分が流産したことに気づきました。しかし、その日は中断しませんでした。それどころか、顧客のオフィスで会議を最後まで行いました。
ロンドンの一流プロフェッショナルサービス企業に勤めるこの女性は、私たちがインタビューした専門職の一人でした。そのインタビューは、最近の研究の一環として、高学歴の専門職の仕事と生活を調べるために行いました。
2014年に研究を始めたとき、私たちは負荷の大きい仕事に就く人々が、仕事と生活のバランスをどのように保っているかを調べようとしました。しかし、インタビューを始めて間もなく、調査の焦点を見直す必要があると気づきました。インタビュー対象者は仕事と私生活のバランスを取ろうとしていないことが明らかになったからです。
むしろ、彼らは常に忙しくしていなければならないという衝動に駆られており、そのために家族との生活を大きく犠牲にすることもいとわないとわかりました。
参加者の一人はこう語りました。「締め切りと仕事に、ちょっとした中毒のようになるんです。なかなか仕事から切り離せません」
近年、人々は生活のペースを落としたがっているという見方が、研究やメディアでよく語られていますが、私たちの調査結果は、それとは驚くほど異なる実態を明らかにしています。
私たちのインタビュー対象者で、労働時間を減らしたいという人はまれでした。むしろ彼らが追い求めていたのは、別のものでした。それが「最適な多忙さ」です。
「最適な多忙さ」を追い求めて
私たちは、ロンドン有数の大手コンサルティング会社や法律事務所で働く81人にインタビューしました。男女は半数ずつで、ほぼ全員に子どもが少なくとも一人いました。インタビューした専門職は全員、「時間の飢餓」に苦しみ、やるべきことをする時間が常に足りないと感じていました。
この問題に対処するため、彼らは自分の時間を管理できていると感じられる、強く惹きつけられる多忙な状態へと向かっていました。私たちはこれを「最適な多忙さ」と呼びます。魅力的で、時間の流れが加速したように感じられる一方、実現も維持も難しい状態です。
全体として、私たちは多忙さの経験を「最適な多忙さ」「過度な多忙さ」「静かな時間」の三つに分類しました。最適な多忙さとは、高揚感と楽しさを伴う時間の流れであり、労働者は自分が最も優れ、最も生産的だと感じていました。この高揚感はアドレナリンとポジティブなエネルギーをもたらし、刺激的でした。この状態にあるとき、彼らは自分を止めるものは何もなく、たとえば会社を倒産から救うことさえできると感じていました。
多忙さにこれほど惹かれることは、一種のステータスシンボルあるいは名誉の証と捉えることができます。これは先行研究でも指摘されている現象です。
しかし、私たちの調査では、この衝動は単なる社会的なアピールをはるかに超えるものでした。求めていた高揚感そのものに、本質的な中毒性がありました。参加者の一人はこう語りました。
「たいていは、その強烈さが好きです。そこから高揚感を得られるから、今の仕事をしているんです。好きなんです」
私たちが観察したところ、心地よくポジティブな最適な多忙さは、しばしば行き過ぎて過度なものになっていました。そのような場合、専門職の人々が感じていた時間を管理できているという感覚は消え去りました。多忙さが圧倒的になり、ときには気分を落ち込ませるのはこのときです。
最適な多忙さによる活力に満ちた高揚感が、休みなく長く続くと、耐えがたいものになりました。しばしば最初に犠牲になるのは家族とのつながりでした。ある参加者は出張に出かけ、夜に家族へ電話すると約束したにもかかわらず、丸一週間それを果たせませんでした。
「静かな時間」でも、同様のパターンが見られました。忙しい仕事の期間が突然中断され、仕事が途切れる時間、典型的には休暇に入るときのことです。静かな時間は、望ましくなく、意味のないものとして経験されていました。また、退屈を招き、ときにはうつ状態にもつながっていました。仕事のペースが落ちることを考えると、不安を感じていました。ある人はこう語りました。
「締め切りがないと退屈します。アドレナリンが出る状態で働くのが好きなので、生産性もずっと下がります」
忙しい知識労働者へのインタビューに加えて、そのパートナーにも話を聞きました。あるパートナーはこう語りました。
「妻はひどいんです。夜中にトイレに起きると、メールをチェックするんですよ。午前3時でもです」
「最適な多忙さ」を生み出す条件
一方で、職場は「最適な多忙さ」を追い求める要因となる条件を生み出しています。非現実的な締め切り、業績指標、タイムシート、そして職場文化そのものなど、いくつもの仕組みを特定しました。企業や同僚は、スマートフォンを通じて、誰もがいつでも仕事に対応できることを期待していました。
私たちが調査した企業は、成績が最も優秀な大学生を採用するエリート機関です。新入社員は、昇進や社内でアソシエイトになるためには、それしか方法がないと知っていたため、無理難題ともいえるプレッシャーに耐えようとしていました。多忙な職場文化はすぐに彼らをのみ込み、不自然な労働時間を当たり前のものにしました。
一方で、個人自身も「最適な多忙さ」を生む条件を作り出していることがわかりました。コーヒーや薬物、運動で仕事をする力を高める人もいました。中断されずに働けるよう、ホテルの部屋にこもる人さえいました。
よく見られた対処法の一つは、「これは短い期間だけで、乗り切ればゆっくりできる」と考えることでした。しかし、ほとんどの人にとって、休息は訪れませんでした。
過重労働の文化
何十年もの間、研究者たちは長時間労働や過重労働、そして時間の飢餓が続いていることを観察してきました。こうした問題は、コンサルティング会社、監査法人、法律事務所だけでなく、多くの専門職の職場環境に根付いています。
学術界も顕著な例です。研究者のメンタルウェルビーイングの低さは、パフォーマンスへの期待の高まり、競争的な風土、そして絶え間ない多忙さを生み出す精緻な評価指標と関連していることが、研究で一貫して示されています。
私たちの研究は、この現象を理解する新たな方法を提示しています。「最適な多忙さ」を追い求めることは悪循環です。しかし最近まで、私たちの日常的な時間の経験と、それがいかに私たちを支配しうるかを明らかにする研究は限られていました。
私たちが調査した人々は、極端ともいえる環境にいたとはいえ、自分に何が起きているのか気づいていないことがよくありました。私たち全員が、なぜ、どのようにして忙しいと感じることにこれほど依存するのかを振り返る時期なのかもしれません。


