キャリアを通じてさまざまな役割を担ってきた人はいる。そして、CEOを務めるのがCUI Globalのビル・クラフだ。
彼は戦術法執行チームを率い、連邦航空保安官として何度も世界各地を飛び回った。また、ハリウッドの伝説的女優、エリザベス・テイラーのボディーガードも務めた。最高裁判所で弁論を行ったことさえある。
その後2011年、上場する電力・エネルギー企業CUI Globalが苦境に陥っていたとき、彼は同社の経営を引き継いだ。
クラフはBusiness Insiderに、これまでの幅広い経験が、現在の役職での仕事の進め方に影響していると語った。
「私は純粋にビジネスの世界で働いてきた人たちとは、少し違ったやり方で人と接します。まったく異なる、非常に厳しい状況で人々と働いてきましたし、生死に関わる状況もあったからです」と、彼はBusiness Insiderに語った。
多様なキャリアを通じてクラフが学んだ6つの教訓を紹介する。
柔軟性を保つ
子どもの頃、クラフは父親のような航空会社のパイロットになることを望んでいた。若くして飛行を学び、運転免許より先に操縦士免許を取得した。
「パイロットになることを目指してキャリアを築いていました」とクラフは語った。「沿岸警備隊に入り、予備役としても勤務しました。退役したときには、パイロットになる準備がすっかり整っていました」
しかし、タイミングが悪かった。
「同じ頃、ベトナムから戻ってきた何百人もの人たちがいて、ジェット機の操縦時間は何千時間にも上り、彼らもパイロットを目指していました」と彼は語った。「私にはそうしたジェット機の操縦経験がありませんでした」
競争の激しい市場でパイロットになるのは無理だったが、クラフはすぐに代替案を思いついた。沿岸警備隊にいた間に、法執行の仕事に関心を持つようになっていた。最初の計画に固執せず、複数の警察署の採用試験を受け、最終的に北カリフォルニアの警察署に採用された。
リーダーシップを磨く
法執行機関で働いていた間、クラフは強盗、殺人、警察犬部隊、麻薬捜査に携わり、国内でも初期に設置されたSWATチームの一つにも加わった。
彼は「非常に精鋭で小規模、意欲が高く、仕事に長けた部隊」と働いた経験が、リーダーシップ能力を磨いたと語った。
「彼らは規律正しく、熱意にあふれ、成果を上げようという意欲が非常に強い。その力を皆にとって前向きな形で生かせば、本当に大きな違いを生み出せます」と彼は語った。「戦術的な状況にいるとき、あなたがやるべきことをやれるかどうかを心配してはいられません。あなたのことを心配しなければならないなら、あなたは必要ありません。ここにいてほしくないのです。あなたのせいで、二人とも負傷したり命を落としたりすることになるからです」
同じ考え方はビジネスにも当てはまると、彼は語った。
「あなたが私の求めることをしてくれると信頼できないなら、あなたは必要ありません」と彼は語った。「そうなると、私は何をしているのでしょう。自分の仕事をしながら、あなたの仕事までしようとしているわけです。それはできません」
優先順位を定める
1985年6月14日、ヒズボラとイスラム聖戦機構のテロリストがTWA847便をハイジャックした。この事件をきっかけに、米国のロナルド・レーガン大統領は、ほぼ活動を停止していた連邦航空保安官局の再建に動いた。
クラフは戦術分野での経験を生かし、その職に応募した。世界各地を飛び回ることができた一方、妻や幼い子どもたちと離れて過ごす時間が膨大になるという難点もあった。
「妻はこう言いました。『正直、私はこの話に納得していなかった。あなたは6か月も旅に出て、どこにいるのか分からないし、危険だ』と」と彼は語った。「結局、私は家族を第一に考え、キャリアを変える決断をしました」
その時点でクラフは法律家を目指すことを決め、UCヘイスティングス法科大学に入学した。
地に足をつける
1990年にロースクールを卒業するまで、自分と家族を養うため、クラフはかなり珍しい副業に就いた。女優エリザベス・テイラーのボディーガードである。
彼は、テイラーの礼儀正しさと誠実さに心を打たれたという。クラフは、助手たちが女優の楽屋に彼女の写真を何枚か飾ったときのことを振り返った。そのうちの一枚は、クレオパトラ役で、古代エジプト風に見える椅子に座った姿だった。
「彼女は文字どおり私の後ろに歩み寄って、こう言ったんです。『いい写真でしょう? 面白い話があるの。国立博物館のエジプト館で撮ったものよ。見学中、展示品には触れてはいけないと言われたの。椅子に座って写真を撮ってもいいか尋ねたら、絶対にだめ、古代エジプトの遺物だからと言われたわ』。それで彼女は言いました。『みんながよそ見をしていたから、カメラマンをつかまえて駆け寄り、椅子に座って写真を撮ったの。それが結局、映画の宣伝写真の一枚になったのよ』」
別のとき、クラフはファッションショーの舞台裏で、車いすに乗ったテイラーを押していた。
「私たちは車いすの彼女を舞台裏の通路で急いで移動させていました。すると、モデルに服を着せるフィッターの一人が『まあ、なんて美しい人でしょう』と言うのが聞こえたんです」と彼は語った。「彼女は私たちを止め、車いすから降りて、後ろに回ってそのフィッターのところへ行き、『ありがとう』と言いました。彼女にお礼を言ったんです。私は、まさかと思いました。ハリウッドの女王が、わざわざ時間を取ってそうしたんです。本当に驚きました。彼女はとても優しい人でした」
よく調べる
クラフは、法律家としてのキャリアで最も印象深い出来事は2005年にあったと語った。その年、彼は米国最高裁判所で審理された事件スチュワート対デュトラ建設会社の弁論に加わった。ボストン港で浚渫作業中に浚渫船の操縦士が負傷し、ジョーンズ法上の船員に当たるかどうかが争点となった。該当すれば、海事労働者に認められる一定の保護を受けられる。クラフは、浚渫船をジョーンズ法上の船舶に分類できると主張した上級弁護士の次席弁護士を務めた。
審理の途中で、アントニン・スカリア判事が発言したとクラフは語った。
「彼は同僚にこう言いました。『浚渫船のクレーン操縦士だからというだけで、ジョーンズ法上の船員だと言うのですか。賭博船のディーラーは、ディーラーだからというだけでジョーンズ法上の船員だと言うのと同じではありませんか』」
主任弁護士が答えに詰まったように見える一方、クラフは、スカリアが以前、ミシシッピ川の賭博船で働くディーラーをジョーンズ法上の船員と認める判決を出していたことを知っていた。
「私は立ち上がって言いました。『恐れ入ります、裁判長、発言してもよろしいでしょうか。裁判長は、まさにご自身が下した判決を引用されていると思います』」
事件は全員一致の8対0の判決となり(その日はウィリアム・レンキスト首席判事が病欠だった)、裁判所は浚渫船がジョーンズ法上の船舶であると認めた。
クラフは、法律の知識があることは、現在のビジネスでの役割に大いに役立っていると語った。
「法律について深く学ぶほど、より有利になります」と彼は語った。
好きなことを追求する
クラフがCUI GlobalのCEOになったのは、ある意味、偶然の成り行きだった。それ以前の2006年に、同社の取締役会に加わっていた。
「ある会社に大きな投資をしていました」とクラフは語った。「引退の準備をしていたところでした。友人と一緒に投資したのです。すると彼が『一緒にしたあの投資、あのお金を失うことになる』と言ってきました。でも、お金を失うことは私の計画にはありませんでした」
クラフは当初、経営難の同社に法務顧問として加わり、その後2011年にCEOを引き継いだ。現在の役職を楽しんでおり、以前の仕事で学んだリーダーシップの教訓をいくつか実践できていると語った。
「本当に簡単なことです」とクラフは語った。「情熱を注げるものを見つけてください。お金も経験も関係ありません。何かに情熱を注げるなら、それを楽しめるでしょう。そうでなければ、ただの仕事で、それ以上のものには決してなりません。もちろん、誰でも仕事をしてきました。仕事をしなければならないときもあります。でも、本当にキャリアを築き、成功したいなら、自分が情熱を注げるものを見つけてください」


