巨大な一歩、三夜にわたる暴動、そして超音速ジェット機に共通点があるとしたら何でしょうか。
これらはいずれも今年で50周年を迎えます。「スウィンギング・シックスティーズ」の最終年となった1969年には、今日なお共感と意義を持つ革新や画期的な出来事が生まれました。
1969年に誕生し、今年でいずれも50周年を迎える注目の7つを紹介します。
1. セサミ・ストリート
読み書きと計算を楽しく学べるようにした子ども向けテレビ番組です。1969年11月にPBSで初めて放送され、教育的な内容を若い視聴者にとってより魅力的なものにするため、実写とカラフルな人形やアニメーションを組み合わせるという従来の枠を破る試みに挑みました。
しかし、これは単なるテレビ番組以上のものです。研究によると、「セサミ・ストリート」を見ることと就学準備の水準との間に関連があることが示唆されています。特に男児や、より恵まれない環境で育った子どもにおいてその傾向が見られます。
「私たちの分析によれば、セサミ・ストリートは、子ども一人当たりわずか数ドルという費用で、効果が数年間続く可能性を持つ、最も規模が大きく、かつ最も手頃な幼児期介入策となり得ます」と、この研究の筆頭著者であるフィリップ・レヴァインは説明しています。
過去50年にわたり、「セサミ・ストリート」は193のエミー賞を受賞し、財団の設立にも貢献してきました。同財団は、世界150以上の国々の子どもたちに、幼児期の重要な教育を届けています。
2. アポロ11号の月面着陸
1969年7月、アポロ11号ミッションが宇宙へ飛び立ちました。3人の宇宙飛行士、ニール・アームストロング、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズからなるクルーは、約8日間3時間18分35秒の後に無事帰還し、その間に人類の歴史を変えました。
3人のうち、アームストロングとオルドリンの2人は月面で約21時間を過ごし、コリンズは司令船に残って、彼らの上空を周回しました。
月面滞在中に、岩石と土壌のサンプルを採取し、記念のメダルを残してきました。これには、ロケットの発射台での火災で死亡したアポロ1号ミッションの3人の宇宙飛行士の名前と、事故で死亡したソビエト連邦の2人の宇宙飛行士の名前が刻まれています。
3. ゲイの権利運動
1969年6月28日の早朝、ニューヨーク市警察の警官が、グリニッジ・ヴィレッジにあるストーンウォール・インを急襲しました。当時、そこはニューヨーク市内でダンスが許されていた唯一のゲイバーでした。
この強制捜査に対し、ストーンウォールの客たちは抵抗しました。その結果、事態は急速にエスカレートし、三夜にわたる暴動と市民の騒乱へと発展しました。

ストーンウォールの暴動は、ゲイ解放戦線の結成につながりました。同組織は、最初のプライド・イベントを主催した団体の一つです。クリストファー・ストリート・デー・パレードとして知られるそのイベントは1970年6月に開催され、現在では世界各地で行われるプライド・イベントの一つとなっています。
4. 超音速への挑戦
パリやロンドンからニューヨークへの空の移動は、かつては今日よりもはるかに速いものでした。少なくとも一部の人々にとっては。
英仏の航空宇宙産業が共同で開発したコンコルドは、時速2,180キロメートルで飛行できる航空機で、1969年4月に初飛行を行いました。その初飛行はわずか27分間でしたが、短期間の超音速旅行時代の始まりとなりました。

音速の2倍で巡航するコンコルドは、約100人の乗客を収容でき、大西洋を3時間半で横断できました。ニューヨークからロンドンへの最速記録のフライトはわずか2時間52分59秒でした。2003年10月に商業運航から退きました。
5. インターネット
世界中の人々に無数の可能性を開き、電子商取引、ソーシャルメディア、オンデマンドのエンターテインメントなど、多くの時代を切り拓いてきました。
しかし、インターネットの起源は、私たちが慣れ親しんでいるリッチメディアで没入感のある体験とはかけ離れたものでした。今日私たちが考えるインターネットの最初のデモンストレーションは、米国防高等研究計画局(DARPA)のおかげで1969年に行われました。
同局が開発したコンピューター・ネットワークは、ARPANETとして知られていました。1969年当時、その目的は、地理的に離れたコンピューター同士でファイルをやり取りできるようにすることに過ぎませんでした。
その最初の4つの接続先、すなわちノードは、ロサンゼルスのカリフォルニア大学、メンロパークのスタンフォード研究所、サンタバーバラのカリフォルニア大学、そしてユタ大学でした。
6. ザ・ビートルズ最後の別れ
1960年代初頭に登場したザ・ビートルズは、ポピュラー音楽の姿を一変させました。彼らの特徴は、楽曲のすべてを自ら作詞、録音、演奏したことでした。
10年の終わりまでに、彼らはほぼ別々の道を歩んでいましたが、1969年に最後のスタジオ・アルバム『アビイ・ロード』を録音しました。

彼らが有名な曲の数々を録音したスタジオにちなんで名付けられたこのアルバムのジャケットには、ジョン・レノン、リンゴ・スター、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンが、スタジオ近くの横断歩道を歩く姿が描かれています。
『アビイ・ロード』は彼らが録音した最後のアルバムかもしれませんが、最後にリリースされたアルバムではありません。それは『レット・イット・ビー』であり、1970年に発売されました。
7. 世界経済フォーラム
世界経済フォーラムにも祝うべきことがあります。その第50回年次総会は約9週間後に開催されます。
一部では親しみを込めてダボスと呼ばれているこの年次総会は、必ずしもスイスの町で開催されてきたわけではありません。2002年にはニューヨークへ移転しました。これは、9.11同時多発テロ事件からの復興途上にあったこの都市への連帯を示すためでした。
2020年1月の周年総会は、「結束と持続可能な世界のためのステークホルダー」をテーマに開催されます。
世界経済フォーラムの創設者兼執行会長であるクラウス・シュワブ教授は、次のように述べています。「世界がこれほど重大な岐路に立つ今、私たちは今年、企業と政府の目的と評価指標を再構築するための『ダボス・マニフェスト2020』を策定しなければなりません。
「これは、50年前に世界経済フォーラムが創設された目的そのものであり、私たちは今後50年にわたってその実現に貢献したいと考えています。」

