食べ物については、誰もが自分の意見を持っている。「自分たちの」食べ物については、人々の意見や思い入れはさらに強い。だから国民食の話題になると、会話は盛り上がり、かなり白熱することもある。Center for Genomic Gastronomyは、芸術、科学、地政学、経済を結びつける対話を促すことを目指し、新たな国民食を提案する一連の作品を発表してきた。
食べることは、ほとんどの人がほぼ毎日行う数少ない活動の一つであるため、食は幅広い人々を巻き込む理想的な媒体だ。食べ物を調理し、口にする儀式は、私たちのあり方を大きく形づくっている。しかし、グローバル化が進んだ世界では、帰属意識やアイデンティティ、国境をめぐる不安が高まっている。新しいレシピや地図を作り、人々がさまざまな未来を選び、味わえるようにすることで、新たな可能性に想像力を開くことができる。人類が将来、食べ物を育て、食べ、祝いの場で楽しむ方法は無限にある。私たちのスタジオでは、新しい食材や料理、レストランのデザインを通じて、気候変動、新興技術、新たな政治的構図について、意外な切り口から対話を始めてきた。そして、それは必然的に、文化、社会、政治のほかの側面をめぐる対話にもつながる。
新たな国民食を提案する過程で、私たちの聴衆は現在の国民食について、より深く考えるようになる。実際に、それを調理したり食べたりするのが好きなのだろうか。どれくらい前から食べられているのだろうか。遠い土地からジャガイモやトマト、塩漬けタラが伝わる前、400年前の国民食は何だったのだろうか。新たな国民食をめぐって議論し、創り出すなかで、国民食は国家や文化と同じく永遠のものではなく、時とともに変わりうるのだと気づく人が多い。
一方、私たちは国家ではない地理的区域を対象に、新しいレシピを試作する取り組みにも、聴衆とともに携わっている。たとえば、LOCI Food Labでは、来場者に、彼らが暮らす生物地域/エコリージョンにとって、優れた食料システムはどのような味がするだろうかと尋ねる。国家ではなく、エコリージョンや生物地域ごとに区分した地図を見せることで、人々は、慣れていない、あるいはこれまで考えたこともないかもしれない政治地理を手がかりに、自分たちの好みや味覚、未来への期待を捉え直す必要に迫られる。生物地域とは、気候、水、土壌、地形などの環境的特徴によって定義される、境界を持った地理的区域である。その区域の食の未来を想像するには、こうした生態学的特性を考慮し、それらを維持するために何が必要か、あるいは大きく変化した場合にどのような状況になるのかを思い描く必要がある。
食をめぐる論争をどう地図化し、別の料理の未来を試作し、より公正で、生物多様性に富み、豊かな食料システムを想像できるだろうか。地域の食料システムに固有の特徴を見極めることで、その地域で試作する食の未来に、明確で意味のある輪郭を与えられることが分かった。
場所が大切
私たちはこの10年間に、食の未来について数多くのビジョンを自ら生み出し、目にしてきた。WIRED誌やエコノミスト、新聞などの媒体では、同じような少数の食の未来像が繰り返し広められていることに気づいた。3Dプリント食品、垂直農法、体外培養肉、昆虫タンパク質は、地球上のどこでも導入できる解決策として喧伝されている。こうしたビジョンは最先端技術の活用を優先し、自動化と効率性を重視する一方、地理的な固有性とはほとんど結びついていない。一般向けの記事に添えられる画像は、清潔で、抽象的で、無機質で、光沢があり、魅力的に見える。そして、栽培方法や必要となる人の労働よりも食品そのものを強調し、包装された製品の背後にある複雑さを見過ごしがちだ。
食の未来をめぐる、ありきたりな物語が延々と繰り返されることへの苛立ちから、私たちは味、場所、技術、時間を等しく考慮した物語をともに創り出すことを目指してきた。地域に根ざした食の未来を思い描くことは、歴史のこの時点で非常に重要だと考えている。世界各地で、国家主義や排外主義の傾向を持つポピュリズム運動が勢いを増す一方、人々や商品、食材は今も世界中を自由に行き来している。私たちの食の未来は、地球上で暮らす場所の多様性を映し、誰もが受け入れられる、雑多で、しなやかなものである必要がある。未来の明白な選択肢として広められる近代主義的な技術万能策を越えていくための物語とは何か。そうした物語を語るのは誰か。世界の亀裂を癒やす地域の食料システムを、よりよく想像し、発展させるにはどうすればよいのだろうか。




