口腔疾患は世界人口のほぼ半数に影響し、個人の健康に重大なリスクをもたらすとともに全身疾患にも関わり、世界全体で多大な経済的損失と生産性の低下を招いています。
口腔衛生の重要性への認識は高まっています。2022年に世界保健機関(WHO)の口腔衛生に関する世界戦略が採択され、より広範な公衆衛生への統合を主導する動きもいくつか見られることが、その表れです。
口腔衛生の改善と、費用負担の軽減、アクセスの向上、発展への対応に向けて、官民両部門による投資拡大が急務です。
世界で最も患者数の多い非感染性疾患は何だと思いますか。がんや心血管疾患だと思った方は、残念ながら不正解です。ただし、そう考えたのはあなただけではありません。
世界人口のほぼ半数に当たる35億人が口腔疾患の影響を受けています。口腔疾患は、食べたり話したりする能力を損なうだけでなく、糖尿病、心疾患、脳卒中、一部のがんなど、他の全身疾患にかかるリスクや、その影響を受けるリスクも高めます。これによる世界経済への損失は甚大で、治療費と生産性の損失を合わせると脅かします。治療費と生産性損失を合わせた額は、7,100億ドルを超えると推定されています。
これに対し、予防に重点を置いた口腔衛生プログラムは、低コストで大きな効果を上げます。それにもかかわらず、最近まで口腔衛生は、官民両部門や世界の保健課題全般において、ほとんど顧みられてきませんでした。
口腔衛生政策の大きな転換
口腔衛生が全身の健康にとって重要だという認識が世界的に広がるなか、2022年、世界保健機関(WHO)の画期的な口腔衛生に関する世界戦略が採択され、転機を迎えました。同機関はさらに、世界口腔衛生状況報告書を発表し、これまで口腔衛生が顧みられなかったことの代償と、社会経済的に不利な立場にある人々や十分に代表されていない人々に、著しく大きな負担がのしかかっていることを明らかにしました。
さらに最近では、FDI世界歯科連盟が新たなビジョンを採択しました。世界で100万人を超える歯科医師と、134カ国の191の各国歯科医師会を代表する同連盟は、口腔衛生をプライマリケアに統合し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ政策に歯科医療を含めるよう求めています。
口腔衛生の重要性への認識が高まっているにもかかわらず、必要なケアへのアクセスは、依然として深刻な制約を受けています。その背景には、政府の投資不足による歯科医療施設や歯科医療人材の不足、必要なケアを手頃な費用で受けられるようにする取り組みの遅れがあります。雇用主による従業員の口腔衛生への投資不足も、問題に拍車をかけています。
口腔衛生と医療が歴史的に別々の分野として扱われてきたことが主な原因で、こうした投資のあり方では、口腔疾患の拡大を食い止め、人々の健康を守ることができません。
口腔衛生の取り組みを促進する
世界経済フォーラムのグローバル・ヘルス・エクイティ・ネットワークに属する口腔衛生アフィニティ・グループは、この状況の改善に取り組んでいます。さまざまな部門や業界のリーダーで構成される同グループは、口腔衛生の不良が個人、地域社会、企業、国家にもたらすコストへの認識を高めることに取り組んでいます。
同グループが特に重視するのは、世界の口腔衛生を向上させるために政府や民間企業が取れる行動を、共同で検討することです。
「口腔衛生への投資に向けた世界的な取り組みの経済的根拠」は、官民両部門の迅速な行動を促すことを目的とした、フォーラム初の刊行物です。口腔衛生の不良によって、個人として、社会として、そして世界全体として負担している莫大なコストを明らかにしています。
学校や仕事を休む日が増えること、学業成績の低下、成人の就業機会の減少などが影響として挙げられます。こうした不利益は、低所得で脆弱な立場にある人々に最も顕著であり、口腔衛生を健康格差対策の重要課題としています。さらに、労働生産性も低下します。歯科疾患による損失は、アルツハイマー病やその他の認知症による損失に匹敵します。
一方、口腔衛生の改善は個人や地域社会に利益をもたらし、生産性を高め、急性期医療への支出を抑え、非感染性疾患を併せ持つ人々の医療費削減にもつながります。
口腔衛生を主導する
口腔衛生への投資が地域社会や経済、社会全体に利益をもたらすことを示す先進事例は、すでにあります。例えば、タイ、日本、ブラジルは、国民皆保険制度を導入し、その給付範囲に口腔衛生を含める先駆けとなっています。
その結果、推定でブラジル国民の70%が現在、毎年医療サービスを利用しています。口腔衛生指標は大きく改善し、歯科疾患による歯の喪失も劇的に減少しました。
日本では、歯科医療の提供体制が現在、より広範な医療提供モデルに統合されているため、歯科医師は他の医療従事者と連携しています。糖尿病や認知症など特定の疾患を持つ患者のケアを改善し、これらの疾患がある患者の発見を支援するとともに、病状の進行を防ぐための適切なケアを提供しています。
米国では、メディケイドの適用拡大により、一部の州で成人の歯科医療が保険適用となりました。その結果、患者が糖尿病や心疾患と診断されるリスクが低下し、メディケイドの費用も削減されました。また、救急外来の支出と入院医療費も減少しました。
口腔衛生への投資
要するに、口腔衛生に投資しない余裕はありません。だからこそ、口腔衛生の改善に向けて政府が重要な役割を担うよう、以下の取り組みを含めて求めます。
口腔衛生をプライマリ・ヘルスケアや公的医療保険制度に組み込むなど、口腔ケアをより手頃で利用しやすくする政策を実施する。
口腔衛生に関する知識と理解を広める。
充実した口腔衛生人材の確保を支援する。
民間部門の雇用主にも、以下の方法でケアへのアクセス拡大を支援する重要な機会があります。
従業員向け福利厚生に口腔ケアと教育を組み込む。
口腔ケアの技術革新を主導する。
特に資源の乏しい国や地域社会において、予防の改善につながる可能性のある、手頃な価格の製品に投資する。
極めて重要なのは、各部門が縦割りで取り組むのではなく、革新的な官民連携を通じて協力し、持続的な変化を生み出すことです。口腔衛生に必要な投資を実現するために力を合わせてこそ、予防的な口腔ケアへの世界的なアクセスを大幅に改善し、非感染性疾患の負担を軽減し、最終的にはより健康な世界を実現できるのです。

