人口動態と健康をめぐる問題により、米国は危うい立場に置かれている。高齢化するベビーブーム世代の医療支出の増加は、公的資源を人口動態の崖っぷちへと追い込んでいる。米国はまた、医療支出と健康状態の格差、そしてその根底にある人種や教育をめぐる不平等にも向き合わざるを得なくなっている。
人口ボーナスの終わり
多くの高所得国と同様に、米国では急速に高齢化が進み、労働力人口が減少する可能性がある(国連、2017年)。
米国の人口構成は、主に出生率の変化によって、第二次世界大戦終結後に劇的に変化した。終戦後、出生率は戦前の女性1人当たり約2人から、1950年代には3.7人へと急上昇した(「ベビーブーム」)。出生率が戦前の水準に戻ったのは1960年代半ばになってからだった。
乳児や幼児の増加を背景に、労働年齢人口(20~64歳)と、若年(20歳未満)および高齢(65歳以上)の扶養人口との比率も変化し、1950年代から1970年代初頭にかけて着実に低下した。この比率は1970年代と1980年代に再び上昇し始めた。ベビーブーマー世代が若年成人となり、出生率が低下し、多くの労働年齢の成人が米国に移住した時期である。
所得を得て貯蓄するのに最適な年齢層の成人が扶養人口を大きく上回ると、国は人口動態上の成長ボーナスを享受する。米国では、若年層と中年層の成人が膨らんだことで、こうした恩恵が生じた。もちろん、20歳未満や65歳以上にも経済的に生産的な人はいるが、こうした年齢区分は経済活動をおおまかに特徴づけるのに役立つ。
2010年のピーク時、米国では扶養人口1人当たり労働年齢の成人が1.48人いた。この比率は急速に低下し、2065年には1.13人になると予測されている。これは1960年代以降で最も低い水準となる。もっとも、1960年代とは異なり、人口動態の崖は若年扶養人口の増加によって生じるわけではない。出生率が女性1人当たり2.1人という長期的な人口置換水準を下回るなか、ベビーブーマー世代の退職に伴って高齢の扶養人口が増えるためだ。
出生率が2.1人に近いこと、労働年齢層の移民がいることから、この比率の低下は他のOECD諸国ほど急激にはならない。たとえば、日本、韓国、スペインでは、労働年齢人口と扶養人口の比率が2065年までに1を下回ると予想されている。しかし、米国の人口ボーナスは終わった。
図11950年代以降の労働年齢人口比率の変化と2065年までの予測
現金給付や医療の形で退職者に提供される政府給付は、高齢化が経済に負荷をかける主な経路の一つである。その理由は、米国の社会保障制度が賦課方式であることにある。現役世代の比較的少数の給与税納税者が、受給者の増加に伴う年金を賄っている(欧州の複数の国と同様)。
米国民は62歳から政府の退職給付を受け取る資格を得る。2011年、社会保障当局は、2036年までに給付額を現在の約75%に削減する必要があると推計した。世界の多くの地域と同じく、米国でも平均寿命は延びている。1950年代には、65歳の米国人は平均してあと14年生きると見込まれていた。現在、65歳時点の平均余命は約20年である。40年後には、65歳に達した人はさらに約24年生きると予想される。
年金制度を抜本的に改革しなければ、米国政府は、より少ない財源で、より多くの退職者をより長く支える準備をしなければならない。給与税の引き上げ、給付の削減、受給資格年齢の引き上げを組み合わせて対応する可能性が高い。こうした変更は、老後の生活を支える政府移転給付に最も依存する低・中所得層の米国人に、過度に大きな影響を与える。特に、肉体労働や低・中技能の仕事に就く人々は、仕事の身体的負担により、すでに就労期間が短く、健康上の問題も多い。
米国と世界の医療支出
過去100年間に、公衆衛生が改善し、高所得国と低所得国の双方で平均寿命が延び、死亡率が低下した。米国も例外ではない。
しかし、詳しく見ると、米国と他国の間、また国内の異なる集団の間に、憂慮すべき格差と不平等があることが分かる。
全体として、米国ではあらゆる年齢層で平均寿命が延びている。しかし、この数字は性別、人種、民族間の格差を覆い隠している。ほぼどこでもそうであるように、平均すると女性は男性より長生きする。一方、米国では、所得や医療保険の適用範囲の違い、教育やそれに関連する医療を求める行動の違いなど、多くの要因により、黒人男性と女性の平均寿命は白人男性と女性に比べて短い。また、他の豊かな国の多くと異なり、米国には国営医療制度がないため、医療を受ける機会にも差がある。
この格差はここ数十年で縮小した。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、1960年の白人の出生時平均余命は70年で、黒人より6年長かった。2015年までに、この差は4年に縮まった(白人79年、黒人75年)。米国政府はデータ収集のため、アジア系米国人、ネイティブ・アメリカン、ヒスパニック系米国人も別々に分類しているが、そうした分類を始めたのは1980年代になってからだ。
こうした進展にもかかわらず、特に医療支出総額を考慮すると、米国は同等の国々に後れを取っている。世界保健機関によると、米国の現在の年間公的・民間医療支出は1人当たり9,536ドルで、スイスの9,818ドルに次いで高い。
医療への金銭的投入と、死亡率などの指標で測る健康状態との関係は単純ではない。米国の医療制度が非常に高額な理由は複雑だが、高額なハイテク医療、たとえばMRI検査や帝王切開を提供する専門医に重点が置かれていることも一因である。また、民間医療保険プランの料金体系は不透明で複雑なため、より安価な医療を探すのが難しい。社会的・経済的不平等も医療支出を押し上げている(たとえば、費用のかかる治療を必要とする低出生体重児が増えることなど)。
それでも、米国の多くの健康指標は、医療支出が大幅に少ない国々と比べて優れているわけではない点に留意すべきだ。たとえば、米国の乳児死亡率は出生1,000人当たり5人と低い。しかし、医療支出が1人当たり1,772ドルのスロバキアも同水準であり、わずか377ドルのマレーシアも同様だ。米国の新生児の平均余命は約80年で、レバノン(645ドル)やコスタリカ(929ドル)の新生児と同じである。
妊産婦死亡率
妊産婦死亡率は、米国の医療制度が抱える最も深刻な問題の一つである(図2)。2015年には、出生10万件当たり26人の米国人母親が、出血、感染症、妊娠高血圧症候群、産後うつ病など、妊娠や出産に関連する健康上の問題で死亡した。高所得のOECD加盟国34カ国のうち、妊産婦死亡率が米国より高いのはメキシコだけで、メキシコの医療支出は米国の6%にすぎない。
米国の他の健康指標は時間とともに改善しているが、妊産婦死亡率は実際には悪化している。CDCがこうした死亡の追跡を始めたのは1980年代で、それ以来、死亡率は着実に上昇している。心疾患や糖尿病などの慢性疾患の増加が理由として考えられる。こうした疾患は妊娠合併症の可能性を高める。また、母親よりも赤ちゃんのニーズを重視する医療も要因となり得る。
図2OECD諸国の妊産婦死亡率と現在の医療支出の散布図
米国の妊産婦死亡率の高さは、それだけでも深刻だ。しかし、ここでも、統計を細分化して見るとさらに憂慮すべき状況が浮かび上がる。あらゆる年齢、所得層、人種の母親が出産中または出産後に死亡する可能性があるが、黒人女性は白人女性に比べ、こうした原因で死亡する可能性が3~4倍高い。CDCによると、2011年から2014年にかけて、黒人女性の妊産婦死亡率は出生10万件当たり40人だった。これはエジプト(33人)やジョージア(36人)の平均を上回る。両国の当年の1人当たりGDPは米国より約95%低かった。2014年の米国では、白人女性の妊産婦死亡率は13人、他の人種の女性では14人だった。黒人の乳児の死亡率も、白人の乳児の2倍である。
所得や教育の水準が上がれば、誰もがより質の高い医療を受け、より健康的な生活を送り、健康を求める行動も改善し、全体として健康状態が良くなると考えられる。しかし、黒人の妊産婦死亡については、そうなっていないようだ。たとえば、2008年から2012年にニューヨーク市の病院で出産した大卒の黒人女性は、高校を卒業していない白人女性よりも、妊娠や出産に関連する深刻な健康合併症を経験する可能性が高かった。
妊産婦死亡率における人種間格差は、医療従事者の偏見が原因かもしれない。医療従事者は、黒人女性の懸念や訴えを真剣に受け止める可能性が低い。2017年、テニス界のスーパースター、セリーナ・ウィリアムズの経験は、この問題を鮮明に示した。娘の出産後、彼女は深刻な合併症に見舞われた。ウィリアムズによると、血栓の既往歴に関係する特定の薬や処置を求めたにもかかわらず、病院スタッフが耳を傾けなかったため、合併症はさらに悪化した。緊急手術を受け、その後6週間、ベッドで過ごさなければならなかった。
絶望による死
米国の平均寿命の総計は、健康と人口動態の実態を部分的にしか伝えていない。所得や社会階層の違いも重要である。黒人の米国人は差別や歴史的な不利益に苦しんでいるが、一部の白人の米国人では生活状況が著しく悪化している。
CDCのデータを広範に分析したCaseとDeaton(2017)は、高校卒業以下の学歴を持つ中年の非ヒスパニック系白人の死亡率が、1990年代以降上昇していると結論づけている(米国政府は「ヒスパニック系の出自」をスペイン語圏の文化を持つ国々にルーツがある人々の識別子として独立したカテゴリーで扱っている。ヒスパニック系の人は、どの人種集団にも属し得る)。
この傾向は、この期間に中年層の死亡率が着実に低下した他のすべての人種集団や学歴層とは著しく対照的である。CaseとDeatonは、その一因として、心疾患やがんによる死亡率の低下が鈍化したことを挙げている。ただし、低下が止まったわけではない。著者らはまた、この集団で「絶望による死」と呼ぶ、自殺、アルコール、薬物による死亡が増加したと指摘する。現在のオピオイド危機では、年間の過量摂取による死亡者数が1999年から2017年の間に約6倍に増加し、こうした絶望による死の増加を加速させた。
簡単な説明はないが、著者らは、こうした米国人には雇用機会が少なく、結婚率が低く、結婚がもたらす安定性も乏しく、教会など地域社会の組織からの支援も少ないと示唆する。こうした状況は「累積的不利益」の過程で世代から世代へと引き継がれる。その結果、うつ病や薬物乱用の割合が高まっている。
他の豊かな国と比べて、米国には強固な社会的セーフティーネットや富を再分配する仕組みが欠けている。そのため、CaseとDeatonが指摘する要因は、米国人の幸福に比較的大きな影響を及ぼす。著者らは、教育水準が最も低い白人米国人の死亡率上昇の傾向について、「政策で容易に、あるいは迅速に逆転させることはできない……また、現在中年の人々が65歳以降、現高齢者と同じように健康でいられるとも期待できない」と警告する。
限界を超えて
迅速で簡単な政策変更では、米国の人口高齢化、医療費の高さ、妊産婦死亡率などの健康指標における大きな格差という問題は解決しない。政府や政策立案者は、大規模な社会政策と医療制度の改革を通じて、こうした課題に取り組む必要があるだろう。改革には、社会的セーフティーネットの拡充や、医療従事者への教育の充実が含まれる。特に、妊婦のリスク要因や、黒人女性など歴史的に周縁化されてきた人々に対する無意識の偏見について教育する必要がある。労働人口の減少は、労働年齢の成人の米国への移民を増やすことでも補える可能性がある。
しかし、現在の政治情勢では、近い将来にこうした改革を実現できない可能性がある。



