慢性疼痛の治療を一新しようとする科学者

A scientist experimenting in a lab.
“Chronic pain is a major societal issue,” professor Fan Wang from MIT states.Image: Unsplash/ ThisisEngineering RAEng
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  • MIT教授のファン・ワンは、脳本来の痛みの制御機構を研究し、場合によってはその働きを変えることで、慢性疼痛を和らげる新たな方法を開発したいと考えている。

  • 彼女の最近の研究では、脳の扁桃体にある、痛みを消す「オフスイッチ」が特定された。

  • このスイッチを制御する方法が見つかれば、慢性疼痛の新たな治療法につながる可能性があると彼女は期待している。

米国では約5,000万人が慢性疼痛に苦しみ、日常生活や社会的な交流、働く能力に支障をきたしている。MIT教授のファン・ワンは、脳本来の痛みの制御機構を研究し、場合によってはその働きを変えることで、痛みを和らげる新たな方法を開発したいと考えている。

彼女の最近の研究では、脳の扁桃体にある、痛みを消す「オフスイッチ」が特定された。このスイッチを制御する方法が見つかれば、慢性疼痛の新たな治療法につながる可能性があると彼女は期待している。

「慢性疼痛は社会にとって大きな問題です」とワンは言う。「脳の中心扁桃体にある痛みを抑制するニューロンを研究することで、痛みを緩和する新たな治療アプローチを生み出したいと考えています」

2021年1月にMITの教員に加わったワンは、マクガバン脳研究所で新たに始まった取り組みの責任者も務めている。この取り組みでは薬物依存を研究し、より効果的な依存症治療の開発を目指している。

「慢性疼痛に対するオピオイドの処方は、オピオイド危機の大きな要因です。新型コロナウイルスのパンデミックによって、依存症や過量摂取は悪化していると思います。不安を感じる人が増え、心の痛みを和らげようと薬物を求めるのです」とワンは言う。「科学者として、この問題に取り組むのは私たちの責務です」

ファン・ワンによる脳の痛み制御の研究は、いつの日か、何百万人もの人々を助ける新たな治療法につながる可能性がある。Image: MIT News

感覚回路

北京で育ったワンは、本と数学が好きな「少しオタクっぽい子ども」だったと振り返る。高校では科学コンテストに参加し、その後、清華大学で生物学を学んだ。1993年に米国に渡り、コロンビア大学で博士課程を始めた。そこでリチャード・アクセルの研究室に所属し、嗅覚受容ニューロンの接続パターンを追跡する研究に取り組んだ。アクセルは後に、嗅覚受容体と嗅覚系の構成に関する発見でノーベル賞を受賞した。

博士号を取得した後、ワンは研究の方向を転換することにした。カリフォルニア大学サンフランシスコ校、続いてスタンフォード大学で博士研究員を務めるなかで、脳が触覚をどのように知覚するかの研究を始めた。

2003年、ワンはデューク大学医学部の教員に加わった。そこで触覚を支える脳回路を研究する手法の開発に着手し、マウスのひげから脳へ感覚情報を伝える回路を追跡した。また、触覚器官の動きと感覚刺激の信号を脳がどのように統合し、知覚を生み出すかも研究した(たとえば、伸ばす動きによって弾力性を感じ取ることなど)。

感覚知覚の研究を進めるうち、ワンは痛みの知覚にも関心を持つようになったが、取り組むには新たな手法を開発する必要があると感じていた。デューク大学在籍中に、彼女はCANE(活性化した神経細胞集団の捕捉)と呼ばれる手法を考案した。これは、特定の刺激によって活性化するニューロンのネットワークを特定できる。

この手法をマウスに用いて、ワンは痛みに反応して活動するニューロンを特定した。しかし脳全体で非常に多くのニューロンが活性化したため、有用な情報はあまり得られなかった。脳が痛みをどう制御するかを間接的に調べる方法として、全身麻酔に使われる薬の効果をCANEで探ることにした。全身麻酔では薬によって患者は意識を失うが、ワンは薬が痛みの知覚も遮断するのではないかと仮説を立てた。

「当時は、まったく突飛な考えでした」とワンは振り返る。「意識を失わせるだけでなく、麻酔薬が脳に何らかの作用を及ぼし、実際に痛みを消す仕組みがほかにもあるのではないかと考えたのです」

痛みを消す「オフスイッチ」の存在を示唆する根拠となったのは、戦場で負傷した兵士が、けがを負いながらも痛みをほぼ感じずに戦い続けることがあるという観察だった。

麻酔薬を投与したマウスを調べた研究で、ワンは脳にこの種のスイッチがあることを発見した。その場所は予想外にも、感情の調節に関わる扁桃体だった。このニューロン群は活性化すると痛みを消し、活動を抑えられると、マウスは通常の穏やかな触れ方にも非常に敏感になることを彼女は示した。

「動物が普通の状態だと感じる基準となる活動レベルがあります。このニューロンを活性化すると痛みが弱まり、活動を抑えると痛みが強まります」とワンは言う。

痛みを消す

ワンがその発見を報告したのは2020年で、この発見により、慢性疼痛の治療を目指して人間のスイッチを何らかの形で調節する可能性が浮かび上がった。これはワンの長期的な目標だが、実現にはさらなる研究が必要だという。現在、彼女の研究室では、特定したニューロン群のRNA発現パターンを解析している。また、ニューロンの電気的活動や脳内のほかのニューロンとの相互作用も測定し、痛みの知覚を抑える標的となりうる回路の特定を目指している。

こうした回路を調節する方法の一つとして、脳の特定の部位に電極を埋め込む脳深部刺激療法が考えられる。開発の初期段階にあり、手術を必要としない集束超音波は、より侵襲性の低い選択肢となる可能性がある。

ワンが探究に関心を寄せるもう一つの方法は、脳刺激と、スマートフォンのアプリを見るといった状況を組み合わせることだ。この組み合わせによって、脳を訓練し、最初の刺激(脳深部刺激または超音波)を使わずに、アプリを利用して痛みを消せるようになる可能性がある。

「脳を絶えず刺激する必要はないかもしれません。状況を手がかりにして、脳を再び活性化させればよいのかもしれません」とワンは言う。「しばらくすると再刺激や再条件づけが必要になるでしょう。それでも、刺激を受けるために病院へ行かず、状況を利用するだけで済む期間を長くできる可能性があります」

学際的な連携を促進するMITの姿勢に惹かれて同大学に加わったワンは現在、マクガバン研究所の複数の研究者と協力して、オピオイド依存を含む薬物依存で生じる渇望状態を脳がどのように作り出すのか、さまざまな角度から解明しようとしている。

「私たちは、この渇望状態を理解することに力を注ぎます。脳内でどのように生じるのか、脳に残るその痕跡をどう消すか、少なくともどう制御するかを探ります。そして、たとえばリアルタイムで神経活動を調節し、人々が自分を取り戻す機会を得られるようにするのです」と彼女は言う。

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