世界各地の医療システムは、増加する人口に質の高い効率的な医療を提供するという、かつてない圧力にさらされています。一方で、その医療を提供するための財政的・人的資源は、ますます逼迫しています。
同時に、高齢化や、心疾患、呼吸器疾患などの慢性疾患の増加により、医療への需要が高まっています。
こうした世界的な傾向を受け、価値に基づく医療への移行が進んでいます。これは、患者が重視することに焦点を当て、医療システムがもたらす健康成果に応じて資源を配分する仕組みです。「四重の目標」、すなわち健康成果の向上、患者とスタッフ双方の体験の改善、医療費の削減を実現することを目指しています。
中東地域の5億8,000万人も、食生活の乱れ、高いストレス、不十分な身体活動、睡眠不足といった生活習慣上の課題から、糖尿病、肥満、心血管疾患などの慢性疾患が急増する状況に直面しています。
この背景には、私がほぼ毎日のように目にする、非常に憂慮すべき事実や数字があります。例を2つ挙げましょう。
・MENA地域の糖尿病による死亡率は、1990年から2015年にかけて216%上昇しました。さらに、糖尿病患者の数は今後26年間で110%増加し、8,200万人に達すると予測されています。
・2015年には、中東地域の全死亡の34%が心血管疾患によるものでした。
しかし、こうしたデータに落胆するのではなく、フィリップスの中東・トルコ担当CEOとして、イノベーションを通じて世界をより健康で持続可能な場所にするため、日々自分にできることを何でもしたいという思いが湧いてきます。
デジタル技術の継続的な発展と、医療エコシステムにおける医療提供者、政府、その他の関係者との強固で有望なパートナーシップにより、医療の変革を大きく推進できます。
適応型インテリジェンス――人を中心に据えた人工知能のアプローチ
たとえば人工知能(AI)には、患者の健康成果と医療提供の効率を改善する大きな可能性があります。業務の運用実績とワークフローの効率を高め、質の高い統合的な臨床意思決定を支援し、患者や消費者が自らの健康を主体的に管理できるようにするとともに、集団の健康管理を可能にします。
しかし、テクノロジーを出発点にしてはなりません。医療提供者と患者のニーズを常に最優先にすべきです。テクノロジーはそのニーズに適応し、それぞれの能力を広げ、より良い成果の実現を支援する必要があります。目指すのは、医療データ管理の最適化、臨床業務の実績と患者体験の向上、そして地域の医療システムへの付加価値の提供です。
AIの真価は、活用される臨床的・運用上の背景に関する知識と組み合わせて初めて引き出せます。これを私たちは「適応型インテリジェンス」と呼んでいます。人を中心に据えたアプローチです。
適応型インテリジェンスは、人々のニーズに適応し、その能力を広げるソリューションを支えます。たとえば、臨床医が個々の患者に関する大量のデータを、より迅速かつ統合的に理解するのに役立ちます。また、人の目では見つけにくい知見を提供し、より正確な診断と個別化された治療を可能にすることで、患者の健康成果を改善できます。同時に、病院の効率を高め、最も反復的で負担の大きい業務を標準化・迅速化することで、臨床医が最大の価値を生み出せる患者ケアに専念できるようにします。
アラブ首長国連邦(UAE)は、AIなどの新技術の導入において、すでに非常に先進的です。UAEはAI担当国務大臣を任命し、昨年には人工知能戦略2031を発表して、医療を含む各分野にAIのツールとテクノロジーを導入しています。ドバイ保健庁(DHA)はすでに、調達や契約管理のプロセスを支援するためにAIを活用しています。
最近、私はこの地域で多くの対話に加わり、AIなどのテクノロジーが個別化された治療ソリューションを提供することで、患者の治療方法をどう変えているかに焦点を当てた、知見を共有する場にも参加しました。こうした動きは、この地域で進展が生まれていることを示しています。
人、テクノロジー、データをつなぐシームレスなソリューション
2018年11月、私たちは最新のFuture Health Indexレポートを発表しました。このレポートは、世界各地で価値に基づく医療を実現しているリーダーへのデータとインタビューに基づいています。調査結果の一つは、つながるデジタル技術が、価値に基づく医療への変革を可能にするもう一つの重要な要素であるということでした。
たとえば遠隔医療、すなわち通信ネットワークを通じて遠隔で医療を提供することには、より多くの人が医療を受けられるようにする可能性があります。距離を越えて迅速にケアを提供できるほか、より多くの医療従事者が、適切な患者に適切なタイミングで適切な医療を届けられるようになります。
中東地域では、多くの場合、すでに優れた医療インフラが整っています。健康的な生活や予防から、診断、治療、在宅ケアまで、ケアの全過程にわたってコネクテッドケア技術を活用すれば、さらに連携の取れたシームレスなものにできます。
そのため私たちは、地域全体の民間セクターや政府と協力し、各国の保健政策に沿って、デジタル技術に基づく革新的なアプローチを構築し、医療インフラを強化したいと考えています。この地域の医療業界全体に、すでに大きな変化が起きているのを感じています。
そのことを示す例を2つ紹介します。まず、サウジアラビア王国(KSA)に設置された遠隔心臓医療ネットワークは、複数の病院を結ぶバーチャルケアネットワークを提供します。専門家の見解を得やすくし、資源を共有できるようにするほか、統一されたワークフローの構築による業務効率の向上や、病院間の業務負荷の平準化を実現します。患者にとっては、連携するどの病院でも、必要な情報を必要なときに診療現場で利用できるようになり、心臓医療を専門家のネットワークが管理しているという安心感につながります。
2つ目は、今年2月にKSA保健省とともに始めた「Heart Safe City」プロジェクトです。王国内で心停止が突然起きた場合の生存率を高めることを目指しています。このプログラムでは、心肺蘇生法(CPR)の認知度を高める教育プログラム、一般に利用可能な自動体外式除細動器(AED)の使用、そして事故発生から患者が病院に到着するまでの「救命の連鎖」を強化する新技術を組み合わせた、独自のエンドツーエンドのソリューションを活用します。私はこのプログラムに強い思い入れがあり、地域全体に拡大する機会を積極的に探しています。
これらの例は始まりにすぎません。適応型インテリジェンスを活用したモバイル技術やコネクテッド技術を通じて、さらに多くの人々にリーチできれば、より低いコストで、より良い健康を、ひいては包摂的な成長を社会全体にもたらすことができます。健康は経済発展に重要な貢献をするからです。これは、地域全体で価値に基づく医療の原則、すなわち健康成果の向上、患者とスタッフの体験の改善、医療費の削減を実現し、より健康で持続可能な未来を築くための大きな一歩です。

