新型コロナウイルス感染症下の受刑者釈放は、慈悲ではなく正義の問題だ

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  • 各国政府は、新型コロナウイルスのパンデミックを受け、一部の受刑者や移民収容者の釈放を始めている。

  • 収監されている人々を守ることは、慈悲ではなく正義の問題だ。

  • 今、多数の人々を釈放しなければならない。まずは、社会への脅威が最も小さい人々、あるいは病気に最も弱い人々から始めるべきだ。

刑務所や移民収容施設は、パンデミック下で過ごすにはひどい場所だ。大勢が密集しているため、ウイルスは容易に広がる。こうした状況を受け、一部の政府は受刑者や移民収容者の釈放を始めている。

しかし、釈放の規模は国によって大きく異なる。トルコとイランが数万人の受刑者を釈放する一方、多くの西側民主主義国は対応に及び腰だった。カナダ、オーストラリア、オランダはいずれも行動が遅かった。英国は、受刑者の5%にあたる最大4,000人を釈放する計画を立てていたが、実際の釈放はわずかで、その後、事務上の失態で誤った人々を釈放したため、完全に中止された。

世界各地で最も一般的な対応は、受刑者を独房に閉じ込め、面会を禁じることだった。受刑者たちはこの対応に強く反発した。暴動はイタリアとコロンビアで発生した。

移民収容施設をめぐる状況も同様に暗い。ニュージャージー州の収容施設で新型コロナウイルス感染症が発生した後、米国移民・関税執行局(ICE)は数百人を釈放したが、世界最大の移民収容制度を持つ米国にしては、その数は多くない。オバマ政権下でICEを率いたジョン・サンドウェグは、安全上のリスクや逃亡のおそれがある人を除く全収容者の釈放を求めている。英国では、収容中の移民たちが、釈放が進まないことだけでなく、施設内の感染症対策にも抗議している。マスク、手指消毒剤、検査が不足していると訴えている。

刑務所と収容施設のいずれについても、活動家らは釈放を早急に拡大するよう求め、最も弱い立場にある人々、すなわち高齢者や健康状態の悪い人、あるいはその両方に当てはまる多くの収監者を優先するよう訴えている。(刑務所にいるのは若者ばかりだと思うなら、それは間違いだ。米国では現在、55歳以上の受刑者数が18~24歳の受刑者数を上回っている。)では、釈放を求める根拠は何だろうか。犯罪や移民法違反を犯した人々を、なぜ釈放すべきなのだろうか。

最も明白な答えは人道的な理由だ。この見方によれば、冷徹な正義は収監者を施設内にとどめることを求めるが、まともな社会は正義に慈悲を加味する。人々の健康が危険にさらされるとき、私たちは過去の過ちを不問にする用意がある。より実務的な観点からは、危険にさらされているのは受刑者だけではないという指摘もある。受刑者がウイルスに感染すれば、職員にうつし、職員がさらに広く社会へ感染を広げる。

人道上の理由と公衆衛生の観点は、どちらも釈放を支持するだろう。しかし、私は釈放の根拠を過小評価する危険があると考える。パンデミックの時代に、収監されている人々を守ることは、慈悲の問題ではなく、正義そのものとして捉えるのが最善だ。

これを理解するには、法と倫理の両方において正義の中心をなす概念、すなわち比例性を考える必要がある。比例性の原則によれば、価値ある目標のためであっても、人々に過度な負担を課してはならない。その重要性は、比例性が侵害された時代や場所の例に最もよく表れている。たとえば中世には、窃盗やその他の軽犯罪で人々が絞首刑にされた。今日、私たちはそれが間違いだったと認識している。軽犯罪者の絞首刑が、さらなる犯罪の抑止といった正当な目標を達成しなかったということではない。疑いなく、効果はあっただろう。そうではなく、犯した罪に照らして犯罪者が受けるべきものをはるかに超える負担を課したため、絞首刑は誤りだったのだ。

したがって、比例性は犯罪者の処罰において重要だ。移民規制を課す際にも極めて重要である。規制が正当化される場合があると認めても、その執行のために何でもできるわけではない。たとえば、子どもを親から引き離すことや、デンマーク国民党が悪名高く提案したように、移民を乗せた船を銃撃することのような過酷な措置は、到底許容できない。こうした措置が不法入国の抑止に役立つかどうかにかかわらず、これは変わらない。有効性と比例性は別個の問題だ。

ここでパンデミックについて考えてみよう。パンデミックが始まる前には、犯罪者や不法移民に対してどのような扱いが比例性にかなうかが判断されていた。これは特に犯罪者の場合に明白だ。犯罪者は量刑を受けるが、その目的はまさに、比例性にかなった刑罰を定めることにある。移民の場合、収容期間は不確定になりがちで(それ自体が論争の的だ)、それでも司法審査があり、収容は一時的なものだという前提がある。もう一点、あまりに明白で見過ごされかねないことがある。移民も、ほぼすべての犯罪者(死刑囚を除く)も、奪われるべきなのは自由だけだ。身体には傷ひとつなく、損なわれない状態が保たれるはずなのだ。

しかし、本来そうあるべきこととは裏腹に、パンデミックはすべてを変える。人々は今や、自由を失うだけでは済まない。命が危険にさらされている。まるで、以前の刑が破棄され、新たな刑が言い渡されたかのようだ。裁判所や移民審判所が相応と判断した処遇に加え、人々はウイルスにもさらされている。

新型コロナウイルスの感染拡大に対し、世界経済フォーラムはどのような取り組みを行っているのでしょうか。

全員を釈放すべきだと言っているのだろうか。そうではない。収監の目的とその負担を引き続き比較衡量する必要がある。しかし、その判断の仕方は変わらなければならない。パンデミックを踏まえ、今、多数の人々を釈放すべきだ。まずは、社会への脅威が最も小さい人々、あるいは病気に最も弱い人々から始めるべきだ。

軽犯罪者を絞首刑にするのは誤りだった。移民を乗せた船を銃撃するのも誤りだ。パンデミック中に受刑者の釈放を拒むことは、それらほど極端ではないが、まったく別の問題というわけでもない。それもまた比例性を欠いている。正義のために、私たちはより良い対応をしなければならない。

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