ヒューリスティックとは、情報を素早く処理し、迅速に判断するために脳が用いる思考の近道です。
アンカリング・バイアスなどの認知バイアスは、判断を下す際、あるテーマについて最初に得た情報に過度に頼ることで生じます。
社会学教授は、認知上の限界を考慮し、データ疲れを避けることで、認知バイアスを最小限に抑えられると述べています。
人間の脳は、複雑な情報を処理できる素晴らしい機械です。情報をすばやく理解し、迅速に判断できるよう、脳は「ヒューリスティック」と呼ばれる思考の近道を使うことを学んできました。たいていの場合、こうした近道は適切な判断に役立ちます。しかし、ときには認知バイアスにつながります。
先を読まずに、できるだけ早く答えてください。パンデミックで最も大きな打撃を受けたヨーロッパの国はどこでしょうか。
「イタリア」と答えたなら、間違いです。しかし、そう答えたのはあなただけではありません。イタリアは、ヨーロッパ諸国の中で、新型コロナウイルスの感染確認者数でも死者数でも、上位10カ国にすら入っていません。
この質問に誤った答えをする人がいるのは、容易に理解できます。友人たちとこのゲームをしたときもそうでした。イタリアは、パンデミックの打撃を受けた最初のヨーロッパの国でした。少なくとも、当初はそう聞かされていました。そして、私たちは早い段階でイタリアに注目し、状況を認識するようになりました。後に、もちろんイタリアより深刻な打撃を受けた国もありましたが、私たちの頭に残ったのはイタリアという名前でした。
このゲームの仕掛けは、すばやく答えるよう求めることです。友人たちに考えたり、根拠を探したりする時間を与えると、別の答えが出てくることがよくあり、その中にはかなり正確なものもありました。認知バイアスは思考の近道であり、近道は資源が限られているときによく使われます。この場合の資源は時間です。
この特定のバイアスは「アンカリング・バイアス」と呼ばれます。あるテーマについて最初に受け取った情報に過度に頼り、新しい情報を得ても認識を更新できないときに生じます。
私たちが最近の研究で示したように、アンカリング・バイアスにはより複雑な形もありますが、いずれの場合も脳のある特性が重要です。最初に記憶した情報に固執し、その基準点から判断や認識を組み立てるほうが簡単であり、多くの場合、そこからあまり先へ進めません。
データの洪水
COVID-19のパンデミックには多くの特筆すべき点がありますが、データサイエンティストである私にとって際立っているのは、じっくり調べられるデータ、事実、統計、数値の量です。
たとえば、ジョンズ・ホプキンス大学コロナウイルス・リソースセンターやOur World in Dataなどのポータルでオンラインの数値を定期的に確認できるのは、なかなか刺激的でした。また、ほとんどどのラジオ局やテレビ局、ニュースサイトでも、最新のCOVID-19統計を確認できました。多くのテレビ局が、数値を毎日伝えるための番組枠を特別に設けました。
しかし、私たちに押し寄せたCOVID-19データの奔流は、意味のある形でデータを活用し処理できる速度に見合っていません。脳は最初の基準となる情報、つまり最初に入ってきた数値やその他の情報を受け取り、それに固執します。
その後、新しい数値に直面すると、新たな基準に切り替えて認識を更新するまでに時間がかかります。やがてデータ疲れにつながり、新しい情報に注意を払わなくなり、最初の情報まで忘れてしまいます。結局、英国でソーシャルディスタンスを保つための安全な距離は、1メートルか2メートルでしたか。ああ、違う、1.5メートル、それとも6フィートでした。けれど、6フィートは1.8メートルですよね。もういいでしょう。
COVID-19をめぐる情報伝達の問題は、パンデミックの拡大や流行状況を示す統計、あるいは他者との安全な距離に限りません。当初、「集団免疫」は、感染またはワクチン接種によって人口の60~70%が免疫を獲得すれば成立すると伝えられていました。
その後、研究や分析が進み、この数値はより正確には約90~95%と予測されました。当初の数値より大幅に高い値です。しかし、私たちの研究が示すように、最初に示された数値の影響は非常に大きく、単に数値を更新しただけでは人々の意識から消えませんでした。このことは、多くの国で見られたワクチン接種へのためらいを、ある程度説明できるかもしれません。結局、ほかの人が十分に接種しているなら、なぜ自分がワクチンの副反応のリスクを負わなければならないのでしょうか。その「十分」が十分ではないかもしれないことはさておき。
ここで言いたいのは、情報の流れを止めたり、統計や数値を無視したりすべきだということではありません。そうではなく、情報を扱うときには、自分たちの認知上の限界を考慮することを学ぶべきです。もしパンデミックをもう一度経験することになったら、データ疲れを避けるため、どれほどデータに触れるかをもっと慎重に考えるでしょう。そして判断を下すときは、脳に近道を強いるのではなく、時間をかけます。知っていると思い込んでいたことに頼らず、最新のデータを確認するでしょう。そうすれば、認知バイアスに陥るリスクを最小限に抑えられます。

