主なメッセージ:
転用は、稼働していない製造能力を活用して、新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資の世界的な不足に対処し、人命を救うための迅速な対応策です。
転用は原則として一時的な戦略ですが、費用がかさみ、多くの課題を伴う可能性があり、これがこれまでの成果が限られている理由です。
実証済みの設計や手法を活用できる機会があります。ゼロから始めたり、「車輪の再発明」を試みたりすると、大幅な遅れにつながる可能性があります。
製造業者が転用の課題に対処し、新型コロナウイルス感染症後の新たな「通常」への移行を進めるには、政策対応が不可欠です。
各国の優先事項や状況を反映した迅速な転用ロードマップを策定すれば、効果的な政策対応を支える一貫性のある包括的な枠組みを提供できるでしょう。
概要:
世界的な新型コロナウイルス感染症の緊急事態が続くなか、医療分野と一般市民の双方に向けたマスク、人工呼吸器、検査キットなどの重要物資の不足が、喫緊の課題となっています。政策立案者は、世界全体の生産能力を高めるため、製造業の各分野の企業に対し、一時的に生産体制を転用するよう求めています。最近の研究を踏まえ、本稿では転用に伴う主な製造上の課題を検証し、それらを緩和するために考えられる方法を論じます。
命を救う製品の製造に転用が必要
世界保健機関(WHO)は、世界的な不足に直面している新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資を、3つのカテゴリーに分類した一覧(表1)を公表しました。理想的には、製造業者は生産を単に加速し、規模を拡大することで需要の急増に対応します。しかし、企業が現在の生産能力を拡大する取り組み、政府による備蓄の活用、そして人々による代替品への切り替えにもかかわらず、こうした必需品の供給と需要の間には依然として隔たりがあります。新型コロナウイルス感染症に対するワクチンが見つかるまでは、その隔たりがさらに広がり、世界各地でパンデミックに効果的に対処する取り組みを妨げる可能性があります。
世界各国の政府は、この不足を補うため、製造業者に生産ラインを一時的に転用するよう求めています。日本はマスクの増産に向けて企業に補助金を提供しています。英国は「人工呼吸器チャレンジ」を立ち上げ、航空宇宙、自動車、情報通信技術(ICT)各社がこれに応じました。中国は国有企業の生産体制を転用しており、米国は自動車メーカーに人工呼吸器の製造契約を発注しています。しかし、転用の道のりには多くの課題があります。
当然ながら、新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資の製造に必要な転用の程度は、製品の複雑さによって異なります。個人用防護具(PPE)の製造への転用は技術的な複雑さが比較的小さく、原則として、複雑な人工呼吸器などの臨床ケア機器の製造よりも短期間で実現できます。
現代の製造業では、生産工程が高度に専門化され、企業は効率の最大化を目指しています。リーン生産方式などの手法は、サプライチェーン全体の無駄をなくし、生産性を継続的に高めるのに役立ちます。これにより、効率性と収益性の高い生産が可能になる一方、新たな製品ラインへの切り替えは非常に難しくなります。
転用に際して製造業者が直面する課題とは?
現在の供給不足に対処するため「戦時の取り組み」を求める声が広がっているにもかかわらず、これまでの成果は限られています。転用した施設で製造された製品は、必要な医療基準を満たさなかった、あるいは新型コロナウイルス感染症の治療に十分適合していなかったために、受け入れを拒否されました。米国では、ニューヨーク州が、自動車メーカーによる人工呼吸器の製造の取り組みは間に合わないと発表しました。英国では、国内有数の先進的な自動車メーカー数社が転用施設で製造した人工呼吸器の注文が、期待された性能を満たさないとして、政府により取り消されたと報じられています。
こうした取り組みが期待に届かないのはなぜでしょうか?
通常、企業は確立された新製品導入(NPI)プロセスに従い、アイデアを大規模生産できる最終製品へと発展させます。NPIプロセスでは、業界基準への適合を確保するために、十分な計画とリソースが必要です。医療機器や医薬品など、規制の厳しい業界では特にそうです。一方、転用は従来型の新製品導入ではなく、稼働していない製造能力を活用し、需要の急増に応える一時的な迅速対応策を目的としています。そのため、NPIの多くの段階やプロセスを迅速化し、可能な場合は省略する必要があります。製造業者は、転用の過程で大きな課題に直面します。
事業性の定義。新たな製造分野に関する知識が不十分で、長期的な需要も不確実な場合、新市場に参入するリスクの評価は困難です。既存の製造業者が、パンデミック終息後に新規参入企業と競争することを懸念し、知的財産の共有に消極的になるのは理解できます。独自の情報なしにゼロから始めるのは、特に人工呼吸器のような複雑で不可欠な物資の開発において、難しい課題です。新規参入者が増えすぎた場合の過剰生産も懸念されます。転用には費用がかかる一方、企業は現在、手元資金に乏しい状況です。
実現可能性の判断。企業は予備的な設計案を作成し、現在の知識や技術力を踏まえて実現可能性を評価する必要があります。医療用品などの重要物資の設計には専門的な技能が必要ですが、新規参入企業がそうした技能をすぐに確保できるとは限りません。複雑さの低い製品であれば技能向上で対応できる場合がありますが、非常に複雑な製品の開発では、技能の不足を補うために提携を結ぶ必要があります。生産用の新たな工具を設計するだけでなく、原材料の取り扱いと保管、包装、出荷のための追加インフラも必要です。
製品の開発。概念設計図と部品表を作成する必要があります。原材料の調達は、製造業者にとって大きな課題となっています。サプライヤーとの新たな関係を築かなければなりません。投入資材の需要が急増し、価格上昇を招いています。1月以降、中国から各地域への輸出は減少しており、必須部品が不足しています。たとえば、医療機器に使われるアルミニウム、空圧継手などの重要部品は、世界的な供給が中国の製造拠点の操業停止により深刻な混乱に陥っています。
転用した製品の検証。製品と工程の設計に潜在的な問題がないか特定するため、故障モード解析を行う前に、詳細な生産図面を用意する必要があります。基準は地域によって異なり、適合性評価も、市場向けに生産するのか、政府調達・寄付向けに生産するのかによって異なります。臨床の専門家は最低仕様について、十分な対策を定めていないと批判しており、製造業者も仕様の変更に不満を表明しています。製品の品質を確認するには、試作品を製造し、機能データを検証する必要があります。設計が確定してから、複雑な製品の工具や治具を作成するには、通常数週間から数カ月かかります。
生産の実施と規模拡大。生産ラインを構築して調整し、試作部品について各種規制機関の承認を得なければなりません。医療機器の製造業者は、関係する規制当局への登録が必要です。一部の規制が緩和されたとしても、人工呼吸器などの複雑な医療機器は、依然として厳格な基準に適合しなければなりません。これらの基準を満たすには、長期間と多額の費用を要する本格的な臨床試験が必要です。大量生産に向けた品質管理システムの確立も、生産規模拡大の障壁となります。新たな試験運転を何度か行う必要が生じる場合があり、工程文書の作成、安全管理の確立、物資の品質確認にも多くのリソースが必要です。生産規模の拡大は単なる技術的課題ではなく、製品の設計・製造からサプライチェーンの管理、規制、試験まで、新たな組織能力が求められることは明らかです。このため、技術的な複雑さが比較的低いマスクでさえ、転用は依然として困難です。
迅速な転用ロードマップに向けて
こうした製造上の課題を踏まえ、図1では、迅速な転用ロードマップの策定を導くための質問と活動の例を提示します。ロードマップは、効果的な対話と関係者間のコミュニケーションを支える、一貫性のある包括的な枠組みとなります。このアプローチは柔軟で拡張性があり、政策立案者はさまざまな戦略的優先事項や各国の状況に合わせて調整できます。図1の枠組みは決して網羅的なものではありませんが、製造体制の転用に伴う課題への対処に、戦略計画ツールをどのように活用できるかを示しています。

なぜ転用するのか。転用は、新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資の不足に対処する必要性に結びついています。企業は、プロジェクトの目標と範囲を長期戦略や利用可能な予算と両立させる必要があります。不足量の定量化は複雑な作業であり、医療分野、科学界、製造業界、公的機関の需要・供給データを統合し、継続的に確認するとともに、専門家が分析する必要があります。WHOは、この作業を支援する「サージ計算ツール」群を開発しました。政策立案者は、事業性を高め、過剰生産への懸念を払拭するため、適切なインセンティブと保証を整える必要もあります。
何を転用するのか。近年の国際的な事例は、転用可能な製造施設の参考になります(表1)。一方、政策立案者は自国で可能なことを把握する必要があります。現在の製造基盤を分析し、業界団体と直接対話することで、転用の潜在的な範囲をよりよく理解できます。たとえば、ある研究は、大企業が所有する2,700を超える製造施設を改修すれば、米国で新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資を生産できると推計しています。小規模な生産者のコミュニティ、メイカースペース、実証施設も貢献できる可能性がありますが、取り組みを調整する必要があります。製造業者は、新たな生産工程をゼロから開発する代わりに、既存の生産者が生産量を増やせるよう、期間限定のターンキー方式の供給者となることで、より効率的に貢献できる可能性があります。
どのように生産するのか。製品設計が競合すると、大幅な遅れが生じる可能性があります。英国や南アフリカなどの政府は、臨床上最低限許容できる人工呼吸器の仕様を共有し、製造業者にこれらの仕様へ一本化するよう求めています。政策立案者は、仕様が技術的に妥当で、十分に詳細であり、保健分野の専門家や実務者によって検証されていることを確認する必要があります。関連する製品安全仕様、基準、型式承認、品質保証手順、適合性評価規則を定めた事業者向けガイダンスは、転用に取り組む企業にとって有用な単一の参照資料となります。規制当局には、申請を迅速に審査し、新たな設計を試験・認証できるだけの適切なリソースが必要です。特許が切れた設計も活用できます。また、既存企業から期間限定の設計ライセンスを取得することも考えられます。新たな国際的取り組みからは、実証済みの製品設計や工程エンジニアリングのノウハウを共有するだけでなく、知的財産や認証の障壁を乗り越えるために、業界間・国家間の協力機会があることがうかがえます。複雑な物資について、ゼロから始めると大幅な遅れにつながることは明らかです。
誰が調整するのか。技術面の調整は、ニーズを関連する製造能力に迅速に結びつけ、転用のノウハウを効率よく共有するうえで不可欠です。政策立案者は公共のイノベーション基盤を活用します。国によっては、公的な卓越センターや技術・イノベーションセンターが、主要な調整役として台頭しています。たとえば英国では、公的な研究・技術機関であるハイバリュー・マニュファクチャリング・カタパルトが、首相の「人工呼吸器チャレンジ」に応えるため、自動車、航空宇宙、ICT各業界の企業を調整するうえで主導的な役割を担ってきました。一方、米国の国立積層造形イノベーション研究所は、医療提供者のニーズ、3Dプリンティング能力、デジタル設計を集約したオンラインリポジトリを構築しました。政策立案者は、こうしたイノベーション・システムの国内の担い手(大学や公的研究所を含む)に、分散した取り組みを調整し、ノウハウが円滑に流通するよう確保する権限を与えることができます。
すべてが終わったとき
製造業者が生産体制の転用という課題にどう応えるかは、まだ分かりません。生産の切り替えには費用がかかり、一夜にして実現できるものではありません。支援策を設計するには、転用の過程に沿った技術的課題を詳細に理解する必要があります。課題への対応が急務であることを踏まえ、実証済みの設計や手法を活用する必要があります。
新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資の世界的な不足への対応が当面の優先事項ですが、転用は長期戦略ではありません。政策立案者は、いずれ訪れる「通常」の時期への移行に向けて企業を支援する必要があります。既存企業には、転用要請によって、限られた種類の製品をめぐる市場が人為的に過密化し、競争が激化するとの正当な懸念があります。新規参入者が増えすぎれば、将来の過剰生産や廃棄につながるとの懸念も同様に正当なものです。政策立案者は、保健危機の最中も、その後もこうした懸念に対処すべきです。政府は、大規模かつ協調的な公共調達政策を通じて、発注の見通しを示すとともに、余剰品を国家備蓄に組み入れる保証を提供できます。
新型コロナウイルス感染症対策に不可欠な物資の不足を補うため、とりわけ複雑な物資の転用に産業部門を動員できる国は、十分な製造・イノベーション能力と、経験豊富で柔軟な産業部門を備えています。転用には、確立された政策立案能力と調整能力も有効です。こうした能力への長期的な投資は、成果をもたらします。
免責事項:本稿で示されている見解は、著者らの経験と先行研究に基づくものであり、必ずしもUNIDOの見解を反映するものではありません(続きを読む)。

