イタリアの都市空間の封鎖は、日常生活をどう変えたのか

People look out of their apartment windows as part of a flashmob organised to raise morale during Italy's coronavirus crisis in Rome, Italy, March 13, 2020. REUTERS/Yara Nardi - RC27JF9PW2ST
Many Italians are making new friendships formed from the comfort of their balconies, in a national effort to boost morale.Image: REUTERS/Yara Nardi
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  • 全国的なロックダウンで市民が屋内にとどまるなか、人とのつながりを保つため、士気を高める革新的な取り組みが生まれている。

  • バルコニー越しに近隣住民と会話したり、「アペリティーボ」の文化をオンラインに移したりと、都市生活は大きく変化した。

大きな悲劇のさなか、ここ数日でイタリアの都市空間は劇的な変貌を遂げた。特別な必要がある場合を除いて外出しないよう命じられた住民を抱え、都市や村は一種の砂漠化を経験している。

イタリア北部に暮らし、都市環境を研究する者として、都市空間の使われ方が突然変わったことに気づいた。市中心部の通りや広場、都市の内外にある商業地区など、公共生活の古くからの場も新しい場も、空っぽになっている。都市空間の序列は失われ、ラッシュアワーでも店が開いておらず、人影もない通りはどこも同じように見える。

新型コロナウイルスの感染拡大に世界中で警戒が広がるなか、この砂漠化は段階的に進んだ。人々が、抵抗を示したため、社会的な空間の利用が中断されるまでには時間がかかった。

都市空間を捉え直す

これは、ヨーロッパ各地の多くの都市と同様、イタリアの都市空間にも過去の疫病を思い起こさせるものが残っているにもかかわらず起きている。疫病患者の看護のため近世に建てられた建物は今も残っている。たとえば、ラッザレット・ヴェッキオは、ヴェネツィアの潟にある隔離施設の島だ。ヴェネツィアを象徴するスカイラインには、ペストからの解放を願う奉納として建てられた17世紀のサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂(健康の聖母マリア教会)も含まれる。

ヴェネツィアのサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂。Image: Andrea Mangoni/Shutterstock

公共空間を捉え直すのは容易ではない。博物館や文化遺産施設は閉鎖された。コンサートは中止され、映画館も営業を停止した。現在の文化生活の欠如に対応するため、新たなデジタルの取り組みが展開されている。

博物館はオンラインで再開している。ブレラ美術館は所蔵品のバーチャル見学を提供している。ウフィツィ美術館は「ハイパービジョンズ」を展開し、オンラインで傑作を鑑賞できるようにしている。そのほかの文化プロジェクトには、哲学者たちが隔離生活を乗り切る方法について、3月21日の午前10時から深夜まで議論するライブ配信イベントもある。

人々に自宅待機が呼びかけられるなか、公共の交流はオンラインに移っている。共通のハッシュタグ「#iorestoacasa」(私は家にいます)のもと、著名人がメッセージを録画し、特に若者に屋内にとどまるよう呼びかけている。

「家にいよう、きっと大丈夫」。Image: Pasquale Senatore/Shutterstock

新しい習慣

オンライン環境は、仮想の社交の場にもなる。通常なら、ミラノをはじめイタリアの各都市では、夕食前の早い時間にアペリティーボを楽しむため、人々が集まる。コーヒーショップやバーでスプリッツなどの飲み物を一杯飲み、軽食のビュッフェをつまむ。友人と会ったり、気軽な仕事の打ち合わせをしたりして、30分ほど過ごす。

このアペリティーボの習慣は、午後6時にコーヒーショップを閉めるよう命じられたことで、都市の社交生活のなかでも最初に失われたものの一つだった。今ではすべてのコーヒーショップが完全に閉鎖されている。しかし、この習慣はオンラインに移り、ミラノから新たな過ごし方が広がっている。リビングルームで開く「スマート・アペリティーボ」だ。友人グループをオンラインのアペリティーボに招くリンクが出回り、ワインやビールを片手にオンラインで集まって語り合う。

このアペリティーボの習慣は、いつもより交流が濃密で、より多くの人を受け入れるものかもしれない。小さなアパートもあり、完全にプライベートな空間をつくるのは簡単ではない。そのため、この新しいアペリティーボには、あらゆる年齢の親族も加わる。

屋外の物理的な空間も引き続き役割を果たしている。人々の居場所は通りの高さからバルコニーや窓へと移った。そこは、隔離された親密な空間と公共の領域との間を隔てるフィルターとなる。人と交流し、共同体の一員でありたいという欲求は、語り、示すべき大切なものになった。少し前には、武漢の住民が窓から声を上げ、互いに意思を伝え、共同体の音を生み出す様子が見られた。今ではイタリアの通りでも、窓辺に人々の姿が見られる。

イタリアの都市はとても騒がしいことがある。今の静けさは驚くほどだが、どこか現実離れしている。それが破られると、聞こえてくる音は異様だ。街頭の拡声器が市民に自宅待機を呼びかける。

一方で、前向きで心を慰める音もある。新しい形のフラッシュモブでは、決まった時刻に人々が窓辺から一斉に行動する。たとえば、イタリアに明かりをともすこと、休みなく働く医師や看護師に感謝して一緒に拍手すること、音楽を奏でること、国歌や一つの歌をみんなで歌うことだ。

先日、海外からのゲストとアペリティーボを楽しんだ際、窓から拍手を送る習慣がスペインなどほかの国にも広がったと知った。普段なら気にも留めなかったかもしれない近隣住民と出会う方法だ。沈黙を破るため、ただ一緒に微笑み合う。

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