世界人口の少なくとも半数が不可欠な保健医療サービスを利用できず、2030年になっても最大で3分の1が十分なサービスを受けられない見通しだ。
「AI医師」機能を備えた自律型移動診療所は、国連の持続可能な開発目標3に掲げられたユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に向けた鍵となる可能性がある。
需要主導型のアプローチとマルチステークホルダー・パートナーシップを通じて、後発開発途上国でこうした診療所を試験導入すれば、業界標準の策定と、その恩恵の拡大につながる。
国連(UN)の持続可能な開発目標3(SDG 3)は、2030年までに「すべての人にあらゆる年齢で健康的な生活を確保し、福祉を促進する」という普遍的な保健目標を掲げた。その実現には、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)と質の高い医療へのアクセスを確保し、誰一人取り残さない」ことが必要だ。
しかし、現時点で、世界人口の少なくとも半数が不可欠な保健医療サービスを利用できておらず、現在のペースでは、2030年になっても世界人口の最大3分の1が十分なサービスを受けられない見通しだ。
国連総会が「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:より健康な世界を築くため、ともに前進」をテーマに示したように、「多くの保健医療制度は、急速に高齢化する人口のニーズに対応する準備が十分に整っていない。さらに、保健医療製品の高価格に伴う経済的困難も、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成に向けた進展を妨げ続けている」。
そのため、公衆衛生制度を強化し、SDG 3の目標を達成するには、手頃な価格で場所を問わず受けられる医療の提供を加速させることが喫緊の課題となっている。
自律型移動診療所と「AI医師」がユニバーサル・ヘルス・カバレッジを実現する可能性
考えられる手段の中でも、手頃な価格でユニバーサル・ヘルス・カバレッジを提供する可能性を持つ自律型移動診療所(AMC)は、後発開発途上国のための国連技術銀行(UN Technology Bank)の関心を集めている。同銀行は、世界の46の後発開発途上国(LDC)における持続可能な開発のため、科学、技術、イノベーションの向上を総会から委任された国連機関である。これらの国々は成長に深刻な構造的障壁を抱え、世界GDPに占める割合は2%未満だ。
電気電子学会(IEEE)やジョンズ・ホプキンス大学の専門家、社会起業家との意見交換を通じて、AI医師を搭載したAMCが質の高い低コスト医療を提供する上で持つ主な利点を3つ認識した。
第一に、自動運転により、医療機器を備えた車両が医療サービスの届きにくい場所へ迅速に移動できる。第二に、移動診療所は現地で医療へのアクセスと知識共有を可能にし、アクセス上の制約を軽減する。
第三に、自律型移動診療所に搭載された人工知能(AI)医師は、機械学習を通じて時間とともに機能や精度を向上させながら、人による監督を最小限に抑えて、包括的なスクリーニングや検査、初期のプライマリ・ケア診断を提供できる可能性がある。これにより医療費を削減できるだけでなく、医療従事者が必要な症例、とりわけ十分な医療を受けられていない地域の症例に注意と資源を集中できる。
なぜ後発開発途上国で自律型移動診療所を試験導入するのか
では、どこからその恩恵を実感できるだろうか。技術の恩恵が上から下へ波及するという従来の考え方に反して、クリーンエネルギーを動力源とするAMCを後発開発途上国で試験導入し、プライマリ・ケアを提供することで、拡張可能な成果を得ることができる。まずは次の3つの柱から始める。
a)主要な風土病の治療を通じて、AI医師の機能を試験導入する。
b)自動運転車両に、遠隔地や農村部の地形を走行する訓練を施す。
c)地域社会や医療従事者とともに、現地の状況に即した解決策を開発する。車内での診断、患者の医療記録、必要に応じた次の段階の遠隔医療または対面診療への紹介を結び付ける医療提供パッケージを構築する。

LDCでの試験導入の経験は、地域社会に恩恵をもたらすと同時に、自律型移動診療所の機能と診断精度の向上にも役立つ。最終的には新たな技術標準と業界標準の策定を目指し、特に次の4つの技術分野に取り組む。
自動運転:完全なドライブ・バイ・ワイヤ式シャシーとフェイルオーバー用バックアップシステムを備えた、改良型のレベル4自動運転により、要請に応じて医療サービスを提供する。
遠隔医療:車内で医療サービスを提供するため、医療センシングデータと動画ストリームという2種類のデータ通信を円滑に機能させる。医療センシングデータには、画像診断装置などの医療センサーが収集した生のセンシングデータの伝送が含まれる。一方、動画ストリームによって患者と遠隔地の医師との双方向コミュニケーションが可能になる。
医療機器と検査:複数の医療機器に共通する製造基準を整備し、車内でシームレスに検査を受けられるようにする。
統合ケアと紹介:電子医療記録を連携させ、統合ケアとAI医師の訓練を可能にする。
こうしたシステムのデモンストレーションを、次の図で見ることができる。

後発開発途上国における試験導入の実施、設計、拡大
試験導入を始めるには、まず対象国を選び、AI医師が診断・治療する風土病を1つか2つに絞る方法が有効だ。
例えば、デング熱は主要な熱帯病の一つだが、患者の体温測定や問診、コンピュータービジョン技術を用いて、AI医師が診断できる。
米国疾病予防管理センターが提案する治療プロセスに基づき、AI医師はデング熱患者に対し、発熱を抑えるアセトアミノフェンやぬるま湯での清拭などの対症療法を指示できる。こうした対応が比較的容易な風土病を対象にすれば、早期に成果を上げ、技術を初期段階で調整できる。
第二に、体温センサーなど低価格のセンサーを搭載したタブレット上でAI医師を使い、基本的な診断を行う方法を試す。こうしたAIタブレットは量産すれば1台100ドル未満の価格にでき、拡大に不可欠な費用対効果の高い解決策を提供できる。
第三に、このハイブリッド型医療プロセスを効率化し、標準化する。例えば、AI医師が検査を終え、結果からデング熱など特定の風土病が示された場合は、対応する薬を処方する。そうでない場合、自律型移動診療所は記録を転送し、患者を次の段階の遠隔医療または対面診療につなぐ。
このプロセスには、AMCの運用システムと地域の医療フォローアップとの間で、明確な役割分担と連携が必要となる。そのため、試験導入の段階で検証し、構築することが優先課題だ。
科学、技術、イノベーションの恩恵を実現するには、とりわけ国際開発の現場において、役割と責任を明確に定め、長期的なビジョンに沿ったマルチステークホルダー・パートナーシップが必要だと認識している。
持続可能なパートナーシップを築くにあたり、国連は試験導入候補国との連携を可能にするネットワークや調整を提供し、さまざまな開発現場で経験を活用するための知識仲介役を担うことができる。一方、試験導入国があらゆる段階で主導権と関与を確保できるよう、パイロット事業は需要主導型のアプローチで設計・実施しなければならない。
世界経済フォーラムは、包摂的なグローバル・ヘルス・エコシステムの実現にどう取り組んでいるのか
保健・医療センターは、アクセス、公平性、レジリエンス、備えなど、世界各地の保健医療制度が直面する課題への理解を深めるため、リーダーたちをつなぐ。
信頼に基づく対話と官民連携を通じて、同センターはパートナーが共通の優先課題について連携し、健康アウトカムの改善に向けた集団的な取り組みを進められるよう支援する。
一方、拡張性を考慮した設計を進めるため、産業界とテクノロジー分野のパートナー企業のリーダーたちは、AMCとAI医師システムの技術基盤の改善に注力し、さまざまな状況に適用できる業界標準の策定を目指す。
後発開発途上国で自律型移動診療所を試験導入するための実践的で革新的なアプローチとパートナーシップを探ることで、SDG 3の実現にもつながる、普遍的なプライマリ・ヘルスケア提供を変革するための実証的根拠と効果的な運用モデルを確立することを長期的なビジョンとしている。

