メンタルヘルスの問題を抱える人の約85%は治療を受けていません。その背景には、医療従事者の不足があることが少なくありません。
人工知能(AI)は、メンタルヘルスケアの改善や医療従事者不足の緩和に活用できる可能性があります。
生成AIの恩恵を最大限に生かすには、人間の医療従事者に取って代わるのではなく、その働きを補完するべきです。
メンタルヘルスは、世界的に重大な公衆衛生上の課題です。新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前から、メンタルヘルス障害または物質使用障害を抱える人は推定10億人に上っていました。パンデミックによって問題はさらに深刻化し、うつ病と不安障害が25~27%増加しましたと、世界保健機関(WHO)は報告しています。
一方、世界人口の約半数が、生涯のうちにメンタルヘルス障害を経験すると、ハーバード大学医学大学院とクイーンズランド大学の研究者らは明らかにしました。
問題をさらに深刻にしているのが、患者を治療する有資格者の不足です。WHOの「メンタルヘルス・アトラス」によると、世界では人口10万人当たりメンタルヘルス従事者が13人います。
先進国と発展途上国の間には、とりわけ大きな格差があります。高所得国のメンタルヘルス従事者数は、低所得国の最大40倍に達することがあります。
人材不足は、特に低・中所得国でケアへのアクセスを大きく制限しており、その結果、精神疾患を抱える人の推定85%が治療を受けていないと、International Journal of Mental Health Systemsに掲載された研究は報告しています。
需要と供給の隔たりは、代替策が急務であることを示しています。遠隔医療がさまざまな疾患のケアへのアクセスを広げたように、人工知能(AI)も、より多くのメンタルヘルス患者が治療を受けられるようにする可能性があります。オリバー・ワイマン・フォーラムが「生成AIがビジネスと社会をどう変革しているか」レポートのために16か国の1万6,000人を対象に実施した調査によると、多くの人が治療にAIを試す意欲を示しています。
AIツールがどの程度適用できるかは、患者の状態の深刻さによって異なります。基礎にある診断と、その時点で経験している症状の両方が関係します。しかし、多くの場合、AIは切実に必要とされるケアへのアクセスを広げる可能性があります。また、データを分析し、より個別化された知見や指針をリアルタイムで臨床医に提供して、患者の治療に役立てることもできます。
AIを活用したメンタルヘルス治療の広がり
メンタルヘルス治療にAIを活用する方法は、すでにさまざまあります。AIは、医学書、研究論文、電子健康記録システム、臨床記録など複数の情報源から知見を組み合わせて活用し、メンタルヘルスの専門家による治療法の提案や、患者の反応の予測に役立てることができます。
一方、自己診断アプリやチャットボットなど、生成AIを活用した対話型の治療ツールは、症状が比較的軽い患者が利用する際の障壁を下げます。
メンタルヘルスの管理にAIを試してみたいと考える消費者は少なくありません。実際、回答者の32%が、オリバー・ワイマン・フォーラムの調査で、人間に代えてAIを利用することに関心があると答えました。最も高いインドでは回答者の51%がAI生成の治療を利用する意向を示したのに対し、米国とフランスでは24%でした。
メンタルヘルスの専門家が人口当たりで少ない国ほど、メンタルヘルスの管理を人間のようなセラピストに相談したいという関心が高く、AIが特に新興市場でアクセスを広げられることを示しています。
若い世代は、この目的でテクノロジーを活用する意欲がより高く、Z世代とミレニアル世代の36%がメンタルヘルスにAIを利用することに関心を示しました。他の世代では28%でした。
この世代間の違いは、メンタルヘルスの問題の有病率や一般的な意識の差と一致しています。別のオリバー・ワイマン・フォーラムのレポートによると、Z世代はメンタルヘルスの問題に悩む可能性が約2倍高く、その結果、Z世代以外の人々と比べてセラピーを受ける可能性も2倍高くなっています。彼らの積極性とAI活用への関心が、将来、AI治療ツールの幅広い開発のきっかけとなる可能性があります。
生成AIには実際の感情がないにもかかわらず、消費者は信頼できる感情的な相談相手だと受け止めています。いつでも利用できることや、基盤となるデータのパターンを通じて共感を一貫して再現できることが、その理由かもしれません。
当フォーラムの調査では、人間と比べて生成AIのほうが、個人的な考えを打ち明けたり人生の助言を求めたりできる信頼できる相談相手だと感じたと回答した人は、5倍多くいました。少なくとも一つの状況でAIを好むと答えた人は5人中4人で、そのうち約15%は、AIのほうが人間より感情的知性に優れていると考えていると答えました。
AIを活用したケアは慎重に進める
ただし、リスクもあり、ケアの安全性と有効性を確保するには、AIツールを導入する前にその技術を十分に理解する必要があります。特に、AIを活用したメンタルヘルスケアは、人と人とのやり取りに直接取って代わるものではなく、多角的なアプローチの一部として捉えるべきです。
患者の状態の深刻さは、同じ症状の期間中であっても変動することを認識する必要があります。行動・メンタルヘルスの状態の幅広いスペクトラムを理解することは、AIツール導入の前提です。医療システムは、その知識を活用して、より個別化されたケアを提供できます。
また、デジタルヘルス企業は、アプリが患者の状態の悪化を検知した場合に、人間の専門家につなぐ機能を組み込む必要があります。患者が誤った助言を受けて実行し、自傷行為につながるような事態のリスクを減らすことが目的です。
機密保持とセキュリティも重要な課題です。データはマーケティング目的で販売されることがあり、実際にそうした事例も少なくありません。世界各地の規制当局は、人工知能企業やAI対応技術を提供する企業に対し、警告を発しています。
米連邦取引委員会は、顧客データの収集をさらに可能にするためにデータポリシーを緩和する企業を追及すると警告しました。一方、欧州連合(EU)加盟国は今年初め、人工知能法を全会一致で承認しました。同法は、AI規制に関する厳格な新基準と、違反者に対する高額な罰則を定めています。
データ収集やプライバシーの懸念に加え、セキュリティはすべての医療機関にとって最優先課題です。医療分野はサイバー犯罪者の主要な標的であり、消費者は端末にアプリをダウンロードする前にリスクを理解する必要があります。こうした欠点を認識し理解することで、患者と機密扱いの治療を受ける権利を守りながら、生成AIを安全に活用できます。
テクノロジーの恩恵を最大限に生かすには、生成AIは人間の医療従事者に取って代わるのではなく、その働きを補完するべきです。最終的には、AIと人間の医療従事者が協力することで、メンタルヘルスの専門家は共感に基づく個別化ケアにさらに注力でき、患者の治療成果、アクセス、効率性の向上につながります。


