世界各国の政府が、景気刺激策をエネルギー安全保障と気候目標に費用対効果よく合致させる方法を探るなか、2008年から得られる5つの重要な教訓を紹介する。
水素電解装置のような飛躍が期待される技術への投資から、資金面の支援が限られている小規模プロジェクトへの注力まで。
世界各国の政府は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最悪期を過ぎた後、経済を再起動させようと、大規模な景気刺激策を検討している。こうした巨額の支出プログラムは、一世代に一度の規模となる可能性が高く、今後数十年にわたって各国のインフラを形づくるだろう。
IEAが指摘しているように、新型コロナウイルス感染症の危機はエネルギー部門全体に大きな影響を及ぼし、クリーンエネルギーへの移行を加速させる取り組みを損なうおそれがある。政府は景気刺激策にクリーンエネルギーを組み込むことで、このリスクに対処し、短期的な経済効果と長期的な便益の両方を実現できる。以前の記事では、この点で行動すべき主な分野を紹介した。
時間が勝負だ。これは世界恐慌以来、最大の経済崩壊である。指導者たちは、公衆衛生上の制約が許す限り速やかに行動を起こし、何百万人もの労働者や企業が被った甚大な損害の修復に着手しようとしている。政策立案者は、きわめて短期間のうちに、非常に重大な結果をもたらす決定を迫られている。
IEAはすでに世界各国の政府を支援し、景気刺激策をエネルギー安全保障と気候目標に費用対効果よく合致させる方法の検討を進めている。その過程で、2008年後半の世界金融危機に続いて実施された大規模な政府の景気刺激策の波から得られる重要な教訓をいくつか紹介することが有益だと考えた。
経済面では、2008年の危機後にクリーンエネルギーへの支出を増やしたことが、より広範な景気回復にプラスに寄与した。とりわけ効率化プログラムは、深刻な打撃を受けた建設部門を下支えした。政府資金は主要な低炭素技術の開発も後押しし、この10年間に私たちが目の当たりにした風力発電と太陽光発電(PV)の目覚ましい成長を可能にした。一方、景気刺激策の資金でガス・電力網を改善するプロジェクトが実施され、エネルギーシステムのレジリエンスが高まった。

しかし、排出量の観点から見ると、2008年の金融危機からの回復は、エネルギーと炭素を大量に消費するものだった。2009年には二酸化炭素(CO2)排出量が4億トン減少したものの、2010年には17億トン増加に転じ、主にアジアの新興国にけん引されて、史上最大の急増となった。パンデミックを受けて今年は排出量が減少するのがほぼ確実だが、それは決して祝うべきことではない。今後10年間に排出量を構造的な減少軌道に乗せるため、2009年と2010年に起きたことから学び、賢明な政策判断を下す必要がある。
重要な教訓を5つ挙げよう。
1)すでにある仕組みを土台に、さらに大きな構想を描く
近年、主要経済国の多くでクリーンエネルギー投資はGDPの約1%を占めているが、2009年にはそれを大きく下回っていた。当時、政府はいくつかの分野で大胆な措置を講じた。2010年のある時期には、米国エネルギー省が再生可能エネルギー向けに提供したプロジェクト融資額は、民間のグリーン投資ファンド上位10社の合計に匹敵した。ドイツはエネルギー効率化への融資を危機前の数倍に拡大した。
今日の経済的ショックの大きさを踏まえると、クリーンエネルギー投資の推進は大規模に行う必要がある。既存の法的・制度的枠組みを持つ政策は、最も拡大しやすい。欧州と米国で再生可能エネルギー投資を促した2つの主要施策、すなわち固定価格買取制度と生産税額控除は、いずれも金融危機よりかなり前に導入されていた。しかし、危機対応の期間中に、その適用範囲は大幅に拡大された。
エネルギー産業の主要分野における財務面の弱さへの対応も必要だ。2008年の危機後、需要の低迷と価格の下落が重なり、エネルギー公益事業者や主要メーカーのバランスシートに深刻な負担がかかった。景気刺激策は、企業の重要な投資家が財務的に弱体化して通常の役割を果たせなくなった分野に多額の資金を投入し、この問題への対処を支援した。対象には、米国の風力発電やスマートグリッドのプロジェクト、欧州の洋上風力発電プロジェクトや天然ガス・電力の相互接続が含まれた。新型コロナウイルス感染症の危機ですでに公益事業部門に生じている財務上の弱さを踏まえれば、今回も同様に先を見越した財政対応が正当化される。
2)本格的な展開に備えた技術を選ぶ
2008~2009年、風力発電と太陽光発電(PV)は重要な転換点にあった。技術への理解は進んでいたが、製造規模はまだ小さく、コストも高かった。こうした分野のすべてのプロジェクトが成功したわけではないものの、景気刺激策を原資とする投資が好循環を生み、技術の急速な進歩に伴うコスト低下を後押しした。その結果、インドのような主要な新市場でも風力発電と太陽光発電への投資が魅力的になった。従来の高いコストのままでは、こうした市場で導入する余裕はなかっただろう。
今日、風力発電と太陽光発電は、世界のエネルギーシステムの広い範囲で、それ自体がコスト競争力を持つようになった。しかし、成長を続けるには、引き続き政策面の支援が必要であり、とりわけ大規模投資を受け入れる段階にある洋上風力発電でその必要性が高い。風力発電と太陽光発電(PV)の加速は、パンデミック後の景気刺激策の柱となり、クリーンエネルギーへの移行を加速する取り組みに重要な貢献を果たし得る。一方、リチウムイオン電池と水素電解装置という、クリーンエネルギーの進展に欠かせない2つの新興技術は、開発段階において2008~2009年の風力発電と太陽光発電に相当する位置にある。これらは、今後10年間に飛躍する技術となる可能性を秘めている。
異なる政策設計を採用していれば、風力発電と太陽光発電の大幅なコスト低減は、より少ない費用で実現できた可能性もある。複数の国、特に欧州では、政策が太陽光発電(PV)のコストの急激な低下への対応に遅れた。その結果、持続不可能な「太陽光バブル」が生まれ、一部の投資家に思いがけない利益をもたらす一方、消費者の負担となる価格圧力を引き起こした。風力発電と太陽光発電の目覚ましい成功は、景気刺激策に支えられたすべての技術が同じ道をたどることを保証するものではない。景気刺激策の開始が早すぎ、技術が期待どおりに発展しなかった事例もあった。
3)大規模で非常に複雑なプロジェクトには慎重になる
欧州と米国では、景気刺激策の資金を、非常に大規模で複雑なエンジニアリングプロジェクトに投じる取り組みが盛んに行われた。こうした事業は、許認可や社会的受容の面で難題を抱えることが多かった。多くの場合、結果は期待外れだった。こうした過去の経験から得られた教訓は、現在、技術を拡大するための一部の手法に取り入れられている。例えば、炭素回収・利用・貯留への支援では、CO2の輸送に必要なインフラと、石油化学産業のような排出密度の高い発生源に重点を置く必要がある。同産業の活動と排出量は、現在の危機による大きな打撃を受けていない。
2008~2009年の経済状況を踏まえ、政策立案者は、建設をすぐに始められ、資金を吸収し、経済を刺激できる「すぐに着工可能な」プロジェクトを好んだ。当然ながら、景気刺激策の資金が、いずれにせよ実施されていたはずのプロジェクトに使われているのではないかという議論が生じた。この懸念は誇張されることがある。より大きなリスクは、投資がまったく行われないことだ。前進する方法の一つは、実施自体は比較的簡単でも、資金調達が制約されているプロジェクトに政策立案者が重点を置くことだ。住宅部門や自治体部門のエネルギー効率化プロジェクトはその好例である。自治体の建物の改修や中小企業が使う電動機の交換など、標準化された小規模な効率化プロジェクトを多数実施するほうが、単一の大規模で複雑な開発事業より停滞しにくい。
4)産業政策を自国の強みに合わせる
2009年に実施された環境重視の景気刺激策は、ほぼすべてがクリーンエネルギー設備の製造クラスター形成を促すことを目指していた。こうした設備をめぐる世界的な競争市場は、クリーンエネルギー技術のコスト低下を大きく後押しし、一部のクラスターは比較優位や技術波及効果から大きな恩恵を受けた。しかし、相互に結びついた製造拠点が、政策立案者の意図どおりに常に形成されたわけではない。例えば欧州では、風力発電と太陽光発電(PV)に対するよく似た導入促進策から、特に洋上風力発電を中心に、輸出志向の競争力ある風力エネルギー産業クラスターが生まれたが、太陽光パネルでは同等のクラスターは形成されなかった。風力タービンは機械工学を基盤としており、欧州諸国、特にドイツはこの分野で比較優位を持つ。一方、太陽光パネルは半導体エレクトロニクスの応用であり、中国はすでにこの分野で競争優位を持っていた。
5)より広い視野で考える
2008年の危機後、プロジェクトごとに資金を配分したことで、政策立案者は資源をめぐる激しい競争を引き起こし、地域の利害を慎重に調整する必要が生じた。地域の利害の捉え方は狭すぎることが多く、地理的な位置だけに注目していた。これは、エネルギーインフラ開発がもたらすエネルギー安全保障と、より広範な持続可能性目標の達成への幅広い便益、そして投資による経済的便益を見落としている。欧州では、景気刺激策の資金で整備されたインフラが、数年後のロシア・ウクライナ紛争の際に思いがけない利点をもたらした。EUのエネルギー安全保障を支える目的で設計されたプロジェクトが、ウクライナのエネルギー安全保障の維持に活用された。国境を越えた相互接続と洋上風力発電の両方を支える欧州の直流ケーブルシステムの便益を評価する際にも、同じ「大局的」なアプローチが有効だろう。
また、ある産業に救済措置が必要な場合、政府はより広範な政策目標に結びついた条件を課す機会を得る。好例は、2009年に米国政府が自動車産業を救済する際、車両の燃費基準を厳格化したことだ。
今回は何が違うのか
時間が限られている場合でも、政策立案者は前に進む前に過去を振り返ることで多くを得られる。10年前の経験には、政策に役立つ重要な知見がある。エネルギー分野の世界的権威であるIEAは、以前の危機への対応を詳しく調べ、今日にも関係する知見、つまり何がうまくいき、何がうまくいかなかったのか、そしてその理由を明らかにしようとしている。これは、複数の政府が復興計画を策定するにあたり求めた助言を提供するうえで役立つ。
しかし、現在の状況には、2008年と2009年に政府が直面した状況と異なる重要な点がいくつかある。経済危機ははるかに深刻で、脱炭素化の課題はさらに差し迫っている。エネルギー技術も進歩しており、クリーンエネルギーの未来を築くために欠かせない要素の一部は、より成熟し、拡大できる段階にある。
目の前の健康危機を乗り越えた後、エネルギー分野が直面する課題のなかで、最大の経済効果を実現し、多くの雇用を創出し、よりクリーンでレジリエントなエネルギーシステムを実現する復興を計画することほど重要なものはない。この重大な課題に取り組むにあたり、過去の教訓を心に留めるべきだ。

