ウクライナの歴史について知っておくべきこと:ティモシー・スナイダー教授が「Radio Davos」ポッドキャストに出演

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  • ウラジーミル・プーチン大統領はロシア国民に対し、歴史が示すところでは、ウクライナには「真の国家としての伝統」がないと語ってきました。

  • 歴史学者のティモシー・スナイダー教授はこの見方に反論し、ウクライナがソ連崩壊後の独立を守るために戦うのは正当だと述べています。

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今年2月、ロシアはウクライナに侵攻し、人道危機と難民危機を引き起こしました。さらに、100年で最悪のパンデミックから回復し始めたばかりの世界を、これまでにない経済・地政学上の不確実性へと突き落としました。

今なお続く戦争の影響は世界中で感じられていますが、ウクライナそのものについては、ほとんど知らない人も多いでしょう。鉄のカーテンが崩壊するまで広大なソ連の一部だったウクライナは、1991年から独立国家です。

今回の「Radio Davos」ポッドキャストでは、著書に『Bloodlands: Europe Between Hitler and Stalin』 と 『On Tyranny: Twenty Lessons from the Twentieth Century』がある、米国の歴史家ティモシー・スナイダーの話を聞きます。

スナイダーは5月、ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会で、世界経済フォーラムのソーシャル動画プロデューサー、カテリーナ・ゴルディチュクのインタビューに応じました。

ティモシー・スナイダーが語るウクライナの歴史:全文書き起こし

カテリーナ・ゴルディチュク(世界経済フォーラム、ソーシャル動画プロデューサー):今日のウクライナについて、誰もがまず知っておくべきことは何だと思いますか?

ティモシー・スナイダー(イェール大学リチャード・C・レヴィン歴史学教授):ウクライナについて人々がまず知るべきなのは、私たちがウクライナをあまり知らない理由は、ウクライナがあまりにも多くの出来事の渦中にあったからだということです。ウクライナ史の悲劇はあまりに深く、私たちはその国自体を本当には捉えられずにきました。

ウクライナは帝国から生まれた国です。政治階級も政治的な機会も何度となく失ってきましたが、1991年、ソ連崩壊後、初めて自由な世代を迎え、その世代とともに民主主義を築く最初の機会を得ました。

ウクライナについてまず知っておくべきことは、21世紀が同国に機会をもたらしたということです。そして今、その機会を奪おうとする侵略者との戦争に直面しています。

ウクライナ史の悲劇はあまりに深く、私たちはその国自体を本当には捉えられずにきました。

ティモシー・スナイダー、イェール大学リチャード・C・レヴィン歴史学教授

カテリーナ・ゴルディチュク:おっしゃったように、今日知られている国境が形作られたのは1991年です。ウクライナの独立という考えは、年月とともにどのように変化してきたのでしょうか?

ティモシー・スナイダー:実際、ウクライナには非常に古い国民国家の理念があります。少なくとも17世紀までさかのぼりますし、ウクライナの歴史はさらに古くまで語ることができます。ウクライナの民族運動は19世紀に始まり、帝国主義に反対し、人々を歴史の主体と捉える、非常に典型的なヨーロッパの民族運動でした。

他の東欧諸国とは異なり、ウクライナは第一次世界大戦後の20世紀初頭に国家を樹立できませんでした。国家としての地位が持続的な形で確立されたのは、実質的に1991年以降です。

1991年以来、ウクライナは国民的アイデンティティを築いてきました。それは、私の考えでは、三つの基本的な理念を中心としています。一つは多元性です。国民は同質ではなく、異なる宗教や出自、言語を持つ人々から成り立っています。

ウクライナの特徴だと思う二つ目の理念は、未来です。隣国ロシア、少なくともその指導者たちが過去についての神話的な考えにとらわれている一方で、ウクライナの国民的理念は未来、若い世代が何を成し遂げられるか、そしてある種の欧州的な運命へと向かう傾向があります。

そして、[ウクライナの]アイデンティティの三つ目の要素は、ヨーロッパ志向だと思います。ウクライナの人々は、国民国家は重要であっても、それだけでは十分ではなく、安全な国民国家を築くには欧州連合とのより広範な連携が必要だと考えています。私もその考えは正しいと思います。

カテリーナ・ゴルディチュク:未来志向だとおっしゃったことが、とても興味深いと思いました。また、国境が形作られたのは1991年だという話から、歴史は多くあるものの、よりどころにできる書かれた歴史が十分にないため、前を向いてより良い未来を築くしかないのかもしれないと感じました。歴史に強く結びついているように見えるヨーロッパの他の地域とは、とても対照的です。この点についてもう少しお話しいただけますか?私にはとても興味深い対比です。

歴史を大切にすることと未来を大切にすることの間に、緊張関係はありません。むしろ、自分たちの歴史に目を向ければ、未来を築く可能性は高まります。

ティモシー・スナイダー、イェール大学リチャード・C・レヴィン歴史学教授

ティモシー・スナイダー:歴史を大切にすることと未来を大切にすることの間に、緊張関係はないと私は本当に思います。むしろ、自分たちの歴史に目を向ければ、未来を築く可能性は高まります。自分がどこから来たのかを知らなければ、どこへ行けるのかも本当には分からないと思います。

今日のウクライナとロシアの対照的な点は、ロシアの指導者たちが過去の神話にとらわれ、それが未来を決めると考えていることだと思います。暴君が「あなたは何者で、何をしなければならないか」を告げるために使う神話と、構造だけでなく可能性も示す歴史とは異なります。ウクライナの人々は歴史を非常に重視していますが、ロシアの指導者たちとは違う形で過去を評価しているのだと思います。

カテリーナ・ゴルディチュク:今日、ウクライナの指導者や若い人たちの発言から、戦争に関する短い言葉をよく耳にします。ウクライナの領土は彼らにとって非常に重要だと言います。実際、ゼレンスキー大統領は、ウクライナの領土を少しでも明け渡すことはないと常に述べており、もちろん失った領土を取り戻したいと願っています。領土の独立はなぜウクライナにとってこれほど重要なのでしょうか。また、なぜヨーロッパにとっても重要なのでしょうか?

ダボス年次総会2022 - ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキー氏による特別演説 - ロシア語
ダボス年次総会2022 - ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキー氏による特別演説 - ロシア語
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ティモシー・スナイダー:帝国が崩壊すると国家が形成され、私たちは既存の国境に基づいて国家を承認する。これは20世紀の基本的な考え方です。国境を承認することは、国家を承認することに非常によく似ています。したがって、国家の領土を侵害することは、国家を承認しないこととほぼ同義です。国境は国家を象徴する価値を持つのです。だからこそ国境は、人々に自分たちがどこから始まり、どこで終わるのかを非常にはっきりと示すのだと思います。

もう一つの理由は、さらに象徴的なものだと思います。それは、何かを守り、譲らないという姿勢に関わります。侵略を受けたからといって自国の領土について譲歩し始めたら、いったいどこで止めるのでしょうか。さらなる侵略を招かないためには、どうすればよいのでしょうか?

ウクライナの例から、他国もよく考えるべきことだと思います。他国が「なぜウクライナ人はあれやこれを譲らないのか」と言うのは簡単です。しかし、例えば1938年のチェコスロバキアや1939年のモロトフ=リッベントロップ協定など、ヨーロッパの歴史を振り返ると、他人の領土を譲り渡すことは、良い結果よりも悪い結果につながる傾向がありました。ヨーロッパ諸国は自国の領土を譲り渡す話をしているのではありません。ウクライナの領土を譲り渡す話をしているのです。

ですから、国家は実際に非常に重要であり、国境も非常に重要です。欧州連合も国家間の協力の形ではありますが、各国と既存の国境を承認する協力の形です。人や物が国境を越えて移動できるようにすることはあっても、その国境をなくすわけではありません。

カテリーナ・ゴルディチュク:ダボスでの2日間、参加していたウクライナの政治家たちと話をしました。彼らは皆、今ウクライナにいる私の親族と同じように、ウクライナに関しては歴史が繰り返されているといつも言います。ウクライナと東欧の歴史の専門家であるあなたにとって、それはどういう意味を持つのでしょうか?

ティモシー・スナイダー:歴史家として、私は歴史は繰り返すとは決して言いません。歴史が繰り返すなら、私たちには歴史を左右する力がないということになるからです。文字どおりに本当に繰り返すのなら、私たちはただの操り人形で、歴史はより大きな力だということになります。それは事実ではありません。

とはいえ、人々の言いたいことは分かります。ウクライナとこの地域の歴史には、何度も現れる基本的なテーマやパターンがあります。その一つが、ウクライナの「黒土」と、それを支配したり利用したりしようとする人々の試みです。これは古代にまでさかのぼります。近世にポーランドの勢力がウクライナにまで及んだ時期にも、非常に重要なテーマでした。20世紀には、スターリンとヒトラーがそれぞれの計画のためにウクライナの黒土を利用しようとしたことが中心的なテーマです。そして今、ロシアが黒海を封鎖し、世界を飢餓に陥れようとしていることも、大きなテーマとなっています。

ティモシー・スナイダー著『Black Earth』Image: timothysnyder.org

歴史にパターンがあると考えるもう一つの見方は、先ほど話していた国家の承認に関わるものです。ウクライナが実際に国家であると認められることは、1918年以降、ウクライナの人々にとって達成が非常に困難でした。そして今、再びロシア連邦という勢力が、ウクライナは本当の国家ではなく、その国境も現実のものではなく、そもそも本当の国民ではないと言っています。

ウクライナは本当の国民ではないという考えは、もちろん植民地主義的な考えであり、ヨーロッパの植民地史全体を想起させます。特に第二次世界大戦中のドイツ、つまりナチスのウクライナに対する姿勢を思い起こさせます。ウクライナ人は植民地の民にすぎず、既存の政府を倒せば喜んで従うようになる、という考えです。これは、2022年のプーチンの考えと非常によく似ています。ウクライナを支配しているのは何らかの人工的なエリートであり、ウクライナ国民など実在しないというのです。だから、そのエリートを破壊すれば、民衆は喜んで植民地化され、言われたとおりにするだろうというわけです。

カテリーナ・ゴルディチュク:ウクライナ国家の承認についてのお話が、とても興味深かったです。1991年より前に、今日とは領土が異なっていたかもしれませんが、ウクライナの人々が独立した国民、あるいは共同体だと感じていた時期はありましたか?その試みはどうなったのでしょうか?

ティモシー・スナイダー:はい、先ほど申し上げたように、ウクライナには国民について考える長い歴史があります。17世紀半ば、ウクライナのコサックはポーランド・リトアニア共和国に反乱を起こしました。実際には、地元の大領主に対する反乱でしたが、国民的理念に非常に近いものを抱いていました。経済的搾取や言語・宗教の違いを認識しており、現代の反植民地主義運動や民族運動に非常によく似ていました。

19世紀はウクライナ民族復興の時代です。歴史家のような活動家たちのおかげで、国民という理念が人々に根ざしました。ミハイロ・フルシェフスキーは、言語と文化、そして特定の生活様式が連続しているため、ウクライナの歴史も連続していると論じました。誰がその領土と人々を支配しているかにかかわらず、人々自身を軸に歴史を書くことができるのです。

ウクライナ国家の樹立を目指す試みとしては、第一次世界大戦後に大きなものが二つありました。一つは西ウクライナ人民共和国、もう一つはウクライナ人民共和国で、それぞれリヴィウとキーウを首都としました。しかし、他の勢力が多すぎたため、どちらもうまくいきませんでした。西ウクライナ人民共和国はポーランドに敗れました。ウクライナ人民共和国は、ロシアの赤軍と白軍が関与する非常に複雑な紛争の一部となり、最終的にはボリシェヴィキによって滅ぼされました。そのため、現在のウクライナの領土の大半はソ連の一部となりました。これまでもウクライナ国家を樹立しようとする試みはありましたが、今のところ、1991年の試みだけが持続しています。

カテリーナ・ゴルディチュク:こうした例は非常に象徴的ですね。帝国の間に挟まれ、戦わなければならなかったものの、最近まで成功できなかったという、冒頭のお話を理解する助けになります。

少し飢餓の話に移り、それが歴史の中でどのように響いているかを伺います。ウクライナでは、20世紀に起きた人為的な飢饉、ホロドモールについて常に学びます。当初はタブーで、誰もそのことを知りませんでした。しかし、ウクライナが独立してからは、あらゆる歴史書に載っています。そして今、再び小麦が利用され、ウクライナの人々だけでなく世界の人々も飢えさせようとしています。中東やアフリカでは、供給の一部が途絶えています。ホロドモールから何を学べるでしょうか。また、今日にどう生かせるでしょうか。もし何か生かせることがあるとすればですが。

ティモシー・スナイダー:1932~1933年の飢饉であるホロドモールは、先ほど話したこと、つまり歴史があまりに暗く、私たちに見えなくなることがあるという点を示す非常に重要な例です。ホロドモールはソ連でタブーだっただけでなく、知ること自体が非常に困難でした。当時、記者たちはソ連領ウクライナを訪問することを許されていませんでした。

ホロドモールの最中に実際にソ連領ウクライナを訪れ、実名で記事を書いた記者は一人だけでした。ウェールズ人ジャーナリストのギャレス・ジョーンズです。『ガーディアン』紙には署名のない記事がいくつか掲載されました。しかし全般に、当時のソ連領ウクライナから一次情報を外に出すことは非常に困難でした。

1933年、飢えたウクライナ人を救おうとヨーロッパで支援を組織した人々、例えば ウクライナの活動家 ミレナ・ルドニツカのような人々は、ユダヤ系だったにもかかわらず、一般にナチスと呼ばれました。ソ連のプロパガンダでは、ウクライナの飢餓に言及すればヒトラーの同盟者だということになっていました。飢えたウクライナ人への支援を組織しようとすれば、ソ連は「ヒトラーの手先」と呼びました。ウクライナを案じる人をナチスと呼ぶこの考え方は、ホロドモールの時代までさかのぼります。

これは、何が起きていたのかを実際に語ることがいかに困難だったかを示す例です。そしてもちろん、ホロドモールの最中にソ連、ソ連領ウクライナで亡くなった人々は、たいてい何の痕跡も残すことができませんでした。飢餓による死はゆっくり訪れます。その前には、社会の崩壊や精神の崩壊を伴うこともよくあります。

ホロドモールを記録できた人はごくわずかでした。残された記録の多くは、別の理由で通りかかった人や、イタリア人、ポーランド人の外交官によるものです。周囲の国が飢えている中、本人たちは十分な食料を得ていました。記録は比較的少なく、写真もありますが、その数は限られています。これは、物事があまりに暗いと、その歴史を書くことが非常に難しくなる場合があるという基本的な点を示すためにお話ししています。

1991年以来、ホロドモールの歴史は確立されてきました。1980年代にグラスノスチが始まると、まだソ連領だったウクライナの人々は、生存者の証言を集め始めました。ホロドモール生存者の証言を収集する米国のプロジェクトもありました。そして1991年以降、ソ連の公文書館が公開されると、人々は資料を見つけられるようになりました。例えば、飢餓について話し合い、どうすべきかを検討していた地方の党幹部の記録です。

現在、ホロドモールについては非常に充実した研究文献があります。歴史学の分野で、確立されたテーマとなっています。

こうしたことをすべてお話しするのは、ウクライナの人々が、自分の家族の記憶と公に知られている歴史とを、何らかの形で一致させることが非常に重要だと思うからです。ウクライナの歴史家だけでなく、西洋の歴史家による重要な著作も出ています。アン・アップルバウムもこのテーマについて書いています。私も書きました。世界の知識の現状が、ウクライナの人々が親、祖父母、曾祖父母から聞いて知っていることと結びつく道が、今は開かれています。

これは今の戦争にも関係しています。ホロドモールはロシアで抑圧されているテーマだからです。ロシアの公式見解では、確かに飢餓はあったが、皆が苦しみ、その苦しみは等しかったとされます。ウクライナ人のほうがより苦しんだと主張すれば、ロシア嫌いであり、ロシアに敵対していることになります。場合によってはナチス呼ばわりされる。いつもの筋書きです。

そして、歴史の記憶におけるこの違いは、間接的にこの戦争の原因の一つとなっています。ロシアの記憶をめぐる政治のあり方では、スターリン体制下や、ひいては20世紀全般に、他の人々が苦しんだ可能性をロシア人が認めることは不可能なのです。

こうしたことから、一次資料に立ち返り、悲劇的な歴史を正しく捉えることが非常に重要だと学べます。また、飢饉はウクライナ史の固有の一部であると同時に、政治的飢饉という、より大きな国際史の一部でもあると学べます。飢饉、すなわちホロドモールは、ウクライナの人々が他の人々とつながる手段でもあります。例えば、グローバルサウスには、異なる政治体制のもとで政治的飢饉に苦しんだ人々がいます。これは非常に重要なことだと思います。ウクライナの歴史は、より大きな世界史へと実際に開かれているのです。

最後に、古典古代以来、ウクライナは世界の食料供給を支えてきました。1991年以来、世界第3位または第4位の農産物輸出国としての役割を担ってきました。今、ロシアが黒海を封鎖していることで、ウクライナの人々を再び飢えさせるだけでなく、世界を破綻させようとする動きがあります。何百万人もの人々を飢えさせようとしているのです。何を得ようとしているのかは分かりませんが、これが彼らのしていることです。

カテリーナ・ゴルディチュク:心に残ったのは、記憶をめぐる政治という考えです。家族との会話や読むニュース、そしてロシアに住む遠い親戚とのやりとりでも、よく目にします。彼らの記憶や理解は、私たちとは異なっています。

今日、家族が引き裂かれることがよくあります。ウクライナにいるか、ロシアにいるかによって、異なる歴史を知り、戦争の異なる現実を知っています。ロシアが言うところの「特別軍事作戦」についてもです。記憶をめぐる政治はなぜ重要なのでしょうか。また、偽情報とはどう関係するのでしょうか?

ティモシー・スナイダー:私たちには、歴史をもっと学び、記憶に頼ることを減らす必要があります。これは一般的な問題です。米国でも、人々は過去に何が起きたかについて異なる考えを持つため、互いに話し合うのが難しくなっています。そうした考えの違いは、異なる記憶文化に基づいています。誰もが自分も属していると感じられる歴史を作り出すのは、容易ではありません。

自分の国について話したのは、これはウクライナ人やロシア人だけでなく、誰にとっても問題だと明確にしたかったからです。

歴史が重要なのは、人々がそこから歴史に入っていける道を与えてくれるからです。例えば、スターリン体制の歴史があれば、ロシア人、ウズベク人、ラトビア人、ウクライナ人、ポーランド人など、誰もがスターリン体制の歴史に関わる道を持てます。場所によって同じ経験ではなかったかもしれませんが、スターリン体制というテーマには、さまざまな角度から入ることができます。

しかし、スターリンはテクノクラートだった、あるいは管理者だったと言うだけなら、スターリン体制の歴史を語る代わりに、自分たちの政治に都合のよい狭い神話を持ち出すことになります。もちろん、私が念頭に置いているのは、ロシア政府やプーチンによるスターリンの公式像です。血が流れたかもしれないが、基本的には優れた管理者であり、ロシアをうまく統治したのだから、そのように記憶すべきだというものです。現代政治にしか役立たない過去の語り方をすると、当然、他の人々は排除され、その人たちの家族の記憶も排除されます。

しかし私にとっては、そのさらに根本にある層があります。それは、何を記憶するかではなく、責任という考えに関わるものです。ロシアの記憶政策が機能する方法の一つは、「私たちは何に対しても責任がない」と言うことです。常に外部の人間が悪いことになります。今日のロシア政治で「ナチス」や「ファシスト」という言葉がどのように使われているかを見ると、それはナチスやファシストが何をしたかを具体的に指しているわけではありません。その言葉は単に「外部の人間」を意味します。ナチズムやファシズムが単に「外部の人間」、つまり「他人のすること」を意味するなら、私たちは決して間違ったことをしないことになります。責任は常に他人にあるのです。自分は常に無実だと定める完璧な神話があれば、責任を取る必要はありません。だから、何をしても、たとえ何の理由もなく隣国に侵攻しても、神話が自分は常に無実だと教えているため、無実のままなのです。その神話は、悪は常に外部からやって来ると教えています。

そして残念ながら、それは今日のロシアによるウクライナ侵攻で起きていることの説明の一つです。ロシア人は、ナチスやファシストを殺しに世界へ出ていくのだと心から信じて、ウクライナ人を侵略することがあります。自分たちがしていることこそファシズムであり、ナチズムなのだという考えが、彼らには思い浮かばないからです。完璧な政治的神話は、すべての責任を完全に取り去ってしまいます。責任をすべて相手側に負わせるのです。

カテリーナ・ゴルディチュク:ウクライナの未来についても、少しお話ししたいと思います。自国の歴史を知ることは大切です。そこから学ぶことも大切です。では、過去と現在を踏まえて、ウクライナの将来についてどのようなことが言えるでしょうか。

ティモシー・スナイダー:未来をあまり具体的に予測しようとするよりも、ウクライナが21世紀の民主主義国家として興味深いと思う点、そして実際に模範的だと思う点をいくつかお話ししましょう。

西側の人々がウクライナを見ると、しばしば戸惑います。これだけ多くの人々がいて、それぞれ異なる言語を話し、歴史も非常に複雑で、なんだか混乱している、と言うのです。しかし21世紀に民主主義が機能するのだとすれば、複雑で多文化的な状況のなかで機能しなければなりません。そういう意味で、ウクライナは21世紀の一つのモデルだと私は考えています。他の民主主義国家もおそらく、今のキーウのような姿に近づいていくでしょう。他の首都も、言語を切り替えることが増え、他者の言語的背景に応じて柔軟に対応する必要が出てくるでしょう。

ウクライナが21世紀の模範だと考えるもう一つの理由は、民主主義を守っていることです。ごく単純な話ですが、民主主義は歴史や大きな力、あるいは資本主義によって、なんとなく自動的にもたらされるものだという考えに、私たちは慣れてしまいました。しかし、それはまったくの誤りです。そんなことは、これまで一度もありませんでした。民主主義とは、人々が自ら統治することを選ぶことです。ですから、結局は価値観にかかっているのです。

そして価値とは、人が危険を冒してでも守ろうとするものにほかなりません。ウクライナはいま、その例を示しています。この戦争がどういう結末を迎えようと、ウクライナの人々は民主主義と一致する価値観のためにリスクを負っています。それは誰もがしなければならないことです。

民主主義はいま、あらゆる場所で後退しています。世界中で後退し、私の国のような国々でも後退しています。そして人々は、ある種のリスクを負わなければならなくなるでしょう。

ですから、喜んでお話しします。よろしければ、私を促してください。未来についてもっと話しましょう。ただ私としては、ウクライナの現在に焦点を当て、ある意味でそれがいかに模範的かを考えるのが興味深いと思います。

もう一つ、第三の観点は世代です。30代、40代の世代が台頭し、実際に国を運営することがとても重要です。長期的な問題に対処できる可能性があるのは、彼らだと私は考えています。

ロシアとウクライナの戦争はさまざまな形で捉えられますが、その一つは、70歳前後の人々が40歳前後の人々を破壊しようとしている世代間の戦争です。これはロシア政治の内部にも当てはまります。プーチン政権の狙いは、30代、40代のその世代の人々に、決して責任ある立場を担わせないことだと理解できます。優秀で、興味深い人々はみな、国外へ出るか、刑務所に入るか、黙っていなければならないのです。ナワリヌイとプーチンの闘争も、世代間の闘争です。ナワリヌイとプーチンの闘争も、世代間の闘争です。

ですから、ウクライナが興味深い第三の理由は、30代、40代の世代が実際に台頭し、国を運営していることです。これは非常によいことだと分かりました。とりわけこの戦争において、その世代は世界の人々と意思疎通ができるからです。また、その世代は世界の人々とうまく通じ合う価値観とコミュニケーションの方法を持っています。さらに、この世代にはウクライナとは何かという考えがあります。ゼレンスキーのことを念頭に置いていますが、彼だけではありません。ウクライナを、明確な政治的理念を持つ国民国家として理解すると同時に、国内に多様性や異質性があることも理解しています。これは非常に重要だったと思います。

カテリーナ・ゴルディチュク:ウクライナ人である私にとっても、本当に興味深いお話です。祖父母や先生についての記憶を振り返って分析すると、今日では人々は自分の意見を持ち、自分なりの考えを築き、民主主義とは何か、どう国を導くべきか、どう参加すべきか、あるいはそもそも参加するかどうかを考えることが、より許されるようになっています。若いときは、意見を持てる年齢になって、それを世間に伝えられるようになるまで、本当の意味で政治に参加するものではないとされがちです。

ティモシー・スナイダー:これはまさに転換点です。ウクライナにヤロスラフ・フリツァクという素晴らしい歴史家がいます。ヤロスラフ・フリツァク世界最高水準の歴史家であり、優れた若手歴史家を数多く育ててもきました。彼は何十年にもわたり、ウクライナの未来の鍵は、新しいポスト・ソビエト世代が台頭することだと言ってきました。彼らは台頭し、権力を担わなければならない。そして、それがいま実現したのです。

ですから、この戦争が持つ大きな意味の一つは、その世代に関わっています。その世代が運営する国は生き残れるのか。生き残るためにロシアとの戦争に勝たなければならないというのは、途方もなく高い基準です。あまりにも高いハードルです。しかし、この戦争を理解する一つの方法ではあります。

ウクライナの歴史において、これは非常に重要な世代です。以前、ウクライナ国家を樹立しようとした他の試みについて尋ねられましたね。今回の試みは、ウクライナ国内で実際に育った世代が生まれるほど長く続いた、初めてのものです。私が、まだユーロマイダンだった頃を思い返すと、ユーロマイダン2013年11月下旬、警察が初めて出てきて、路上にいた学生や若者を殴ったときのことです。親たちも、親だけではありませんが、外に出て、「私たちの子どもを殴るな」と言いました。しかし「私たちの子ども」という考えは、血のつながった自分たちの子どもだけを意味したのではありません。独立したウクライナで育った最初の世代、つまり私たちが育てた最初のウクライナの世代を指していたのです。この若者たちは一種の宝であり、守り、保護しなければならない。そうした人々がいま権力の座に就こうとしており、すでに権力を担っています。それはとても貴重なことです。つまり単に若者だというだけではありません。人生の主な経験が独立したウクライナである人々が、ウクライナで権力を担うのは初めてなのです。これは非常に重要です。

カテリーナ・ゴルディチュク:まとめとして、最後にお聞きしたいことがあります。最近、ユーロマイダン向けに書かれた記事についてです。タイトルは確か、「ウクライナが戦争に勝つべき10の理由」のようなものでした。ウクライナが戦争に勝つべき10の理由その記事について、また、なぜその文章を書き、そのようなタイトルを付けようと思われたのか、もう少しお話しいただけますか。

ティモシー・スナイダー:あの記事が生まれたきっかけは、ウクライナをテーマにした展覧会で講演をしたことです。会場は、ビエンナーレで、ユーロマイダンの親切な人たちがその内容を書き起こしてくれました。私があの主張をせずにはいられなかったのは、正しい側に立つだけでは不十分な時があると思うからです。勝つことについても考えなければなりません。

西側のウクライナに対する最初の反応は――多くの善意ある人々の功績でもありますが――正しい側に立ちたい、正しい側にいることを示したい、というものでした。私の通りにも、私の区画にも、アメリカ国旗はありませんが、ウクライナ国旗が二つあります。どちらもウクライナ人が住んでいない家の前に掲げられています。ちなみに、これはいまのアメリカ全土で見られることです。本当に目を引きます。地方にも大都市にも、アメリカ中にウクライナのシンボルがあふれています。実に驚くべきことです。

しかし、正しい側に立つだけでは不十分です。勝たなければなりません。ウクライナは勝てる、あるいは勝たなければならないという考えを、私は強く押し出す必要があると思いました。

この点で、ウクライナ人は私たちとは違います。最初から、ウクライナ人の友人たちは「心配しすぎだよ。大丈夫。私たちは勝つ」と言っていました。最初から、つまり2月25日、26日、27日頃から、友人たちはそう言っていました。これはかなり多くの人に共通する経験だと思います。ほとんどのウクライナ人は、自分たちが勝つと考えています。

賭けられているものは非常に大きいのです。そこには、「武力を持つ専制政権が民主主義を破壊できるのか」という問題も含まれます。そんなことは、長い間起きていません。そして、起きてはなりません。

ティモシー・スナイダー、イェール大学リチャード・C・レビン歴史学教授

しかし外部から見ると、ウクライナがロシアを打ち負かせるという考えを受け止めるのは容易ではありませんでした。そこで私は、ウクライナは勝てると主張することが非常に重要だと考えてきました。実際に勝てると信じています。しかし、勝たなければならないということ、賭けられているものが非常に大きいこと、そして「武力を持つ専制政権が民主主義を破壊できるのか」という問題が含まれていることも訴えたいのです。そんなことは、長い間起きていません。そして、起きてはなりません。

賭けられているのは、プーチンのような炭化水素資源の寡頭政治家が永遠に世界を支配するのか、といったことです。そうなれば、気候の破局が起き、私たちは誰一人生き残れないでしょう。これは非常に大きな賭けです。

先ほど話したように、世界が飢餓に陥るのか、ロシアが黒海を封鎖しているために、イスラム圏の多くの人々がこの秋と冬に飢えるのか、といったことも賭けられています。

世界中の極右で民主主義に反対する人々が、ロシアの勝利に歓喜し勢いづくのか。それとも、民主主義や票の集計などを支持する人々が、ウクライナの勝利に歓喜し、勢いづき、支えられるのか。そうしたことが賭けられています。

ウクライナの勝利という考えを広めたいと思いました。勝利を保証することはできません。確信も持てません。しかし、私たちが目指すべきなのはそれです。正しい側に立つだけではなく、勝利は可能だということです。そして可能性がある限り、西側の私たちは、それをできるだけ実現可能にするため、できることは何でもすべきです。

カテリーナ・ゴルディチュク:ティモシー、賭けられているものが大きいことを示し、それが世界の他の地域とどう関わるのかを具体的に説明してくださり、ありがとうございます。多くの人が忘れがちな点だと思います。最後の質問です。希望のメッセージ、あるいは世界の指導者たちに伝えたいことを聞かせてください。ダボスにいて、ウクライナの国会議員や大統領の話を聞いている人々に向けてでもかまいません。彼らはいま、何をすべきでしょうか。

ティモシー・スナイダー:今回のダボス会議は、これまでの会議とは少し違います。中心に一つの国があるからだけではなく、個人が中心にいるからです。ヴォロディミル・ゼレンスキーやクリチコ兄弟、ここにいる素晴らしいウクライナの国会議員たちは、国の代表としてだけでなく、ある立場を貫いた人々として話を聞かれています。

そして、その点こそが最も重要だと思います。ダボス、そして世界経済フォーラム全体の構想は、資本主義が私たちを救う、大きな力が私たちを救う、未来はすでに分かっていて、その未来にふさわしい条件や概念を見つければよい、という考えに常に支えられてきました。未来はやって来て、すばらしいものになるという考えです。

他の誰もと同じように、私も良い未来を望んでいます。しかし、良い未来とは民主主義的な未来であり、テクノクラートが支配する未来ではないと、私は長い間確信してきました。何もかもが自動的に私たちのもとへやって来ると想像するような未来でもありません。

また、その民主主義的な未来は、人々が下す選択にかかっており、そこには人々が負うリスクも含まれると、私は長い間確信してきました。今年のダボス会議が違う理由の一つは、リスクをあまり負っていない私たちが、より大きなリスクを負っている皆さんを認識し始めていることです。それは希望の源というより、物事のありようを認識することです。人間の主体性なしには、私たちはやっていけません。

これは、神話や記憶と歴史についての先ほどの会話に少し戻ります。プーチン氏が言うのは、2,000年前に何が起きたかを知っている、だから明日何が起きるべきかも教えられる、ということです。しかし、歴史はそのようには動きません。歴史の働きとは、物事の実際のありようを認識することです。たとえば、私たちを民主主義にしてくれる大きな力など存在しないと認識することです。それは本当ではありません。民主主義を実現するのであれば、それは私たちがそれを大切にし、その制度を尊重するからです。そして重要な局面では、その制度のためにリスクを負う覚悟のある人もいます。

ですから、これは厳密には希望ではありません。物事のありようを認識することです。しかし、その認識には、ウクライナの人々が私たちのためにしてきたことを認識することも含まれます。私たちはいま会話を交わし、さまざまな議論が行われていますが、そのすべてが可能なのは、ウクライナの人々が苦闘し、戦い、リスクを負っているからです。ウクライナの人々がそうしたことをしていなければ、今回のダボス会議ははるかに暗いものになっていたでしょう。この春全体も、そしてこれから何年、何十年も、はるかに暗いものになっていたと思います。

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