新興国・途上国の世界GDP(世界の総生産)に占める割合が、初めて先進国を上回った。この転換点は2008年の金融危機後に訪れ、その後も勢いが続いている(図1参照)。これは、経済学者が繁栄への鍵を見つけたことを意味するのだろうか。
まず、世界の国・地域のうち豊かなのは4分の1にも満たない。なぜ豊かな国がもっと増えないのかは、長年にわたる経済学上の問いである。いま、その流れが変わりつつある。それでも、豊かな国になるのは容易ではなかった。世界銀行の推計によれば、1960年に中所得国だった101の国・地域のうち、2008年までに豊かになったのは十数か所にすぎない(Ageno et al. 2012)。赤道ギニア、ギリシャ、香港特別行政区(中国)、アイルランド、イスラエル、日本、モーリシャス、ポルトガル、プエルトリコ、韓国、シンガポール、スペイン、台湾である。
図1世界GDPに占める割合

出典:IMF。購買力平価(PPP)に基づく。
しかし、何億人もの人々が中間層に加わった。これまでになく多くの国や地域が成功を収めている。OECDの調査では、2030年には人類史上初めて、世界人口の半数以上が中間層になると推計されている(OECD 2012)。推計人口86億人のうち49億人にあたる。2009年には、約70億人のうち18億人が1日当たり10~100ドルを得ていた。この所得水準は、新たな世界の中間層を定義する指標である。各国で1ドルが買えるものに合わせて換算すると、冷蔵庫を買える程度の額だ。
現在の傾向が続けば、2030年には世界の中間層のおよそ3分の2、約30億人がアジアに暮らすことになる。国連はこれを、150年間見られなかった歴史的な変化と表現している(Yueh 2018)。欧州と北米の中間層が世界全体に占める割合は、半分強から3分の1へと低下する。
この変化はどのように実現したのだろうか。経済学者たちは、良質な制度を持つことに注目するようになった。新制度派経済学の父が予見したように、そうした制度の広がりが鍵だったとみられる。この分野の先駆的な研究を行ったダグラス・ノースは、労働者や投資といった測定可能な要因に焦点を当て、技術進歩の測定も試みる新古典派経済モデルに不満を抱いていた。そうしたモデルでは、なぜうまく成長する経済とそうでない経済があるのかを十分に説明できなかったからだ。
そこでノースは、労働や資本といった比較的測定しやすい投入要素を調べるという、経済学の慣れ親しんだ領域から踏み出した。そして、なぜ成功する国と失敗する国があるのかを理解するため、政治、心理、戦略、さらには歴史を分析に取り入れた。より成功している経済から学び、自国の制度を改善できない理由はないと強調した。これがようやく実現したのは1990年代だった。
1990年代初頭、中国、インド、東欧は進路を変えた。中国とインドは世界経済への統合に向けて経済を対外開放する一方、東欧は旧来の共産主義制度を脱し、市場経済を採用した。つまり、中国と旧ソ連では中央計画、インドでは輸入代替工業化を試みた後、これらの経済は旧来の手法を捨て、より成功した経済の政策を取り入れ、応用した。たとえば、中国は1990年以降の貧困削減の大部分を担ってきたが、「開放政策」により世界の生産ネットワークへの統合を目指した。国有企業が支配していた経済に競争がもたらされた。インドもまた、それまでの保護主義政策をやめ、輸出をより積極的に推進した。経済システムが全面的に変革されたのは、もちろん中東欧である。共産主義から資本主義へ移行し、これらの国々は市場に向けて経済を再編するまったく新しい制度を導入した。その多くがEUに加盟した。
こうして1990年代には新興国が急速に成長した。工業化を通じた成長は、開発を支える原材料への旺盛な需要を生み、やがて前例のない商品スーパーサイクルにつながった。こうした経済の多く、とりわけ中国が中所得国となるにつれて、経済成長は減速している。減速が進み、豊かになる前に成長が止まる可能性もある。しかし、これらの国々の成長によって、10億人が極度の貧困から抜け出した。国連は、成長が続けば今後10年ほどで極貧が終わり、歴史的な成果になると期待している。それが実現すれば、世界各国が採択した持続可能な開発目標の第1目標、すなわち、各国で1ドルが買えるものに合わせて換算した1日1.90ドル未満で暮らす人々を、2030年までに極度の貧困からなくすという目標が達成される。
ダグラス・ノースら制度派経済学者が説いたように、良質な制度や効果的な経済政策を模倣することが、この変化をもたらした。ベルリンの壁崩壊、1991年のIMFによるインドの救済、そして1992年の中国の世界経済への方向転換を経て、これらの経済は新たな進路を採用するようになった。他国の「最善の慣行」を取り入れて対外開放を進め、より成功した外国企業から学ぶことで、ノースが予想したとおり、これらの国々は大きな進歩を遂げた。成長政策を形づくるうえで、資本や労働、技術だけに目を向けず、より広い視野を持ったことを、彼は評価しただろう。
ノースはかつてこう述べた。「この20年、30年を通じて私がずっといらだちを覚えてきたのは、経済学者、実のところ社会科学者全般の視野が狭く、新しい領域をまるごと切り開こうとしないことだ」(North et al. 2015: 9)。そして彼の思想は、国がどのように豊かになれるのかという古くからの問いへの答えに、かつてないほど近づく助けとなった。

