1870年以前、インドには鉄道がほとんどなかった。運河もあまりなく、人口のうち三大河川沿いに暮らす人々はごくわずかだった。そのため、物資を運ぶ必要があると、人々は荷物を1日に約20マイル運べる役畜を使っていた。
しかし、インドの植民地支配者だった英国は鉄道路線の建設を始め、さらに次々と路線を敷いた。1930年までに、インドには4万マイルを超える鉄道が整備され、物資は1日に約400マイル運べるようになった。
その結果はどうだったのか。MITの経済学者デビッド・ドナルドソンが、インフラ建設の経済的影響に関する新たな研究で示すように、鉄道は商業を促進し、農業の実質所得を16%押し上げた。
「鉄道がインドに到達した地域では、生活水準が向上したことを示しています」と、MIT経済学部の教授であるドナルドソンは語る。
このテーマに関するドナルドソンの論文「ラージの鉄道:交通インフラの影響を推定する」は、つい先ごろAmerican Economic Review誌に掲載され、より広い意味でのインフラの重要性についても示唆を与える可能性がある。論文で彼が指摘するように、発展途上国に対する世界銀行の融資の約20%はインフラ事業に充てられている。また米国では、道路、橋、鉄道、港湾、空港を建設・改修する価値について議論が続いている。
国ごとに事情は異なり、時代とともに状況も変化するが、ドナルドソンの研究は、インドが鉄道網の拡大とともに経験した成長は、特に貿易の増加によるものだったと示唆している。これは他の国や時代にも当てはまり得る一般的な知見だ。
「幻の路線」と成長の頓挫
当時のインド(現在のインド、パキスタン、バングラデシュに相当)への鉄道導入は1853年に始まったが、現存するインドの鉄道路線の98%は1870年から1930年に建設された。貿易、価格、生産量に関する情報を含む、単一の研究で定量化されたことのない過去の記録を用いて、ドナルドソンはまず235の地理的地区における線路網の拡大を図示した。次に、それらの地区間の貿易の拡大と、各地域を起点とする国際貿易の拡大を集計した。
ドナルドソンは、1900年のインドの耕作地の93%を占めていた17種類の作物を対象に、すべての農産物について1エーカー当たりの年間所得統計を分析した。また、農業生産性を推定する際には、降雨量のデータなどの要因も考慮した。
総じて、鉄道網の拡大は貿易コストを下げ、地域間の価格差を縮小し、取引される商品の量を増やした。
ドナルドソンは研究の中で、自らの結論に対する複数の留保点を想定している。たとえば、鉄道がなくても成長したであろう地域に路線が建設されていたとしたらどうか。この点を検討するため、英国が約4万マイルの鉄道路線を計画しながら建設しなかった地域で何が起きたかを調べた。彼が「幻の路線」と呼ぶ路線である。
「計画立案者が成長を予測するのに長けていて、いずれ急成長する場所に鉄道を敷いただけという可能性もあります」とドナルドソンは言う。「その場合、こうした相関関係は因果関係を示しません。しかし、さまざまなかなり個別的な理由から、計画立案者が路線を選定したものの建設を見送った場所では、鉄道が建設されるはずだった時期の前後に経済活動の体系的な変化が見られないことは、心強い結果です。」
そうした地域では、鉄道がなかったことで成長が妨げられたようだ。軍事上の理由で鉄道が建設された地域でさえ、貿易は拡大した。
もう一つの問いは、成長が物資を交換する能力の向上によってもたらされたのか、それとも、たとえば輸送の改善によって可能になった技術知識の普及が決め手だったのか、ということだ。ドナルドソンのデータによると、インド全土で貿易の開放度の変化は鉄道の到来と密接に連動している。一方、他の種類の技術変化はそうではなく、成長との明確な関連も見られない。
「鉄道にはほかにも影響があったかもしれません」とドナルドソンは言う。「しかし詳しく分析すると、貿易開放度の向上が、鉄道が生活水準に及ぼした影響において重要な役割を果たしたようです。」
インドの過去、私たちの現在?
正式に発表される前から、「ラージの鉄道」はこの分野に大きな影響を与えてきた。ドナルドソンは、論文の研究が一因となり、経済学分野で2017年ジョン・ベイツ・クラーク賞を受賞した。この賞は、40歳未満の最も優れた研究者に米国経済学会(AEA)が授与する。
「この論文は、方法論上のブレークスルーであると同時に、この分野で実質的に重要な論文として広く評価されています」と、AEAは2017年のドナルドソンの業績に関する受賞理由で述べた。
それでも、ドナルドソン自身が率直に認めるように、こうした知見をどこまで広く適用できるかは未解決の問題だ。数十年前のインドのインフラの変化は、今日の世界に関係するのだろうか。彼は、研究できる成長の事例はどれも歴史上の出来事であり、それを調べることで、今日にも当てはまり得る経済の仕組みに光を当てられると指摘する。
「経済学と経済史の違いについては、いくらか議論があります」とドナルドソンは言う。「しかし、私には大きな違いがあるとは思えません。歴史には学ぶ価値のある興味深い出来事がたくさんありますし、データを見るべきだと私が考えるように、データを見ようとすれば、常に過去を見ることになります。」
さらにドナルドソンが指摘するように、彼の研究は成長の原動力として貿易が果たす特定の役割を明らかにしている。そのため、輸送手段の形態が異なっていても、道路や港湾など今日の類似事業について、貿易への潜在的な影響という観点から評価することができる。

