ASEANの強みは、その規模にあります。なかでも最大の強みは人口です。10カ国からなるこの地域には6億3,000万人を超える人々が暮らし、その94%が読み書き能力を持ち、50%は30歳未満です。30歳以下の人々のうち、90%がインターネットを利用できます。
若く、教育を受け、デジタルにつながった人々が、この地域を経済大国へと押し上げてきました。域内総GDPは2兆4,000億米ドルに上ります。規模を実感するために言えば、ASEANが一つの国だとしたら、世界第7位の経済大国となります。
しかし、今後10年間で、まさにこの強みがASEAN最大の課題となります。
人工知能の影響
近年、テクノロジーの導入はASEANの成長を牽引する最大の要因の一つとなっています。地域各地の企業はテクノロジーの導入を推し進めてきました。スマートフォンの普及拡大も相まって、生産性が向上し、まったく新しい産業が生まれ、地理的な国境に縛られない開かれた市場が広がりました。
こうした成長は雇用の創出にもつながり、収入を得る人が増えました。その一部が消費に回り、地域の経済成長をさらに後押ししました。好循環が生まれていたのです。
今後10年間で、テクノロジーの能力はさらに速いペースで拡大し、価格もいっそう低下するでしょう。その結果、導入が進み、より大きな成長機会が開かれます。
ただし、雇用への影響は、過去10年間に見られたものとは大きく異なる可能性があります。テクノロジーの最大の進歩が、人工知能(AI)の分野で起こるためです。AIを活用したテクノロジーは、あらゆる分野で大幅な生産性向上をもたらし、企業に大きな利益をもたらすとともに、地域の繁栄につながるでしょう。
しかし、労働市場には大きな影響が及びます。AIによって、多くのスキルセットや職務プロファイルが不要になります。労働者は新たなキャリアを切り開くか、失業に直面することになり、大きな変化が起きるでしょう。課題の規模は計り知れません。
シスコはオックスフォード・エコノミクスと協力し、ASEANにおけるAIの労働面への影響を分析しました。その結果、今後10年間で、現在の労働力の10%を超える最大2,800万人が、ASEANの経済規模上位6カ国で職を失う可能性があることが分かりました。最も影響を受けやすいのは、サービス業や農業に従事する低技能労働者です。国別に見ると、相対的な影響が最も大きいのはシンガポールで、最大21%の雇用が失われる可能性があります。次いでベトナムとタイが、それぞれ14%、12%です。インドネシア、マレーシア、フィリピンでは、労働市場の構造も一因となり、雇用喪失の影響は比較的小さいと見込まれます。

逆境に隠れた好機?
とはいえ、すべてが暗い見通しというわけではありません。この課題に適切に対処できれば、地域にとって大きな好機となる可能性があります。
新しいテクノロジーの導入により生産性が向上し、生産コストが下がれば、商品やサービスの価格も下がります。可処分所得が増え、購買力が高まることにもつながります。これにより需要が押し上げられ、新たな雇用が生まれるでしょう。シスコとオックスフォード・エコノミクスの調査ではさまざまな職種を評価し、サービス職と販売職の需要が最も大きくなると指摘しています。
労働モデルによると、地域の経済規模上位6カ国では、製造業、卸売・小売業、観光業が特に力強く成長すると予測されます。実際、10年間で見ると、雇用の喪失と創出という相反する影響は相殺されるでしょう。
ただし、こうして新たに生まれる雇用は、雇用が失われる地域とは異なる分野に生まれる可能性が高い点に注意が必要です。そのため、ASEANの経済規模上位6カ国では最大660万人の労働者が、変化する労働市場で生産的に働き続けるために、スキルを適応させ、新たなキャリアを築く必要があります。
この変化により、ASEAN全域の労働者は、現在よりも付加価値が高く、やりがいのある仕事を担うことになります。これは地域の長期的な成長を支えるでしょう。
リスキリングの課題
しかし、労働者が円滑に移行できるようにするには、多くの取り組みが必要です。現在、スキルのミスマッチが大きいことも、その理由の一つです。
シスコとオックスフォード・エコノミクスの調査では、35のスキル分野を分析し、ミスマッチがどこにあるかを特定しました。この点について、二つの観点から検討しました。第一に、今後10年間に創出される新たな雇用で必要となるスキルを調べ、職を失う可能性が最も高い労働者が現在持つスキルと照合しました。これにより、習得に最も時間がかかり、対応するために正式な訓練や長期的な研修が必要となる可能性のあるスキルが明らかになりました。
第二に、より幅広い労働力が直面するスキル上の課題を検討し、より形式にとらわれない職場内訓練で対応できる可能性のあるスキルを特定しました。
分析では、ASEANの主要6カ国すべてで、特に技術スキルとIT分野に深刻な人材不足があることが示されています。専門人材をより多く育成するため、正式な訓練と教育が必要です。推計によると、今後10年間に職を失う可能性のある労働者の約41%は、IT関連職に就く準備が著しく不足しています。
さらに、多くの労働者が、対人能力や顧客対応、対話型のスキルセットを必要とする職務へ移る必要があります。こうしたスキルの習得には、職場内訓練への取り組み強化、より柔軟なオンライン講座、場合によっては正式な学校教育や高等教育を補完(あるいは代替)する就業体験プログラムなど、多様な訓練方法が必要です。
すぐに効く単一の解決策はありません。政府、企業、教育機関をはじめとするすべての関係者が協力する必要があります。テクノロジーの革新が加速し、労働需要が変化するなか、市民がより容易にスキルを習得し直し、再訓練を受けられるよう、政府は教育政策を見直す必要があります。企業は将来必要となる人材を先取りし、従業員のリスキリングを進めて雇用喪失を最小限に抑える役割を果たす必要があります。教育機関も、政府や企業がこうした目標を達成できるよう支援する重要な役割を担います。
こうした取り組みによって、地域経済がテクノロジーによって開かれる機会の恩恵を受けるとき、その成功を当初から支えてきた人々、すなわち労働力が取り残されずに済みます。

